ブランドバックも、旅行もいらない。消費に自分の気持ちが伴ってきた

ブランドバックも、旅行もいらない。消費に自分の気持ちが伴ってきた

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2023/01/25
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私の1番の成長は、消費に自分の気持ちがしっかりと伴ってきたことだ。

去年は、綺麗なレストランで高価なご飯を食べることが多かった。それはたまの贅沢ではなく、発作のように「そうせざるを得ない」ような感覚で、今思えばストレス発散のために必要不可欠なものだったのだと思う。食べた後はしみじみと美味しいと感じるよりは、すっきりした、気持ちがおさまったという感覚だった。

ディズニーランドやシー、旅行などに行くこともそれに近かった。身体は疲れ果てて次の日は1日動けなくなるが、気持ちはスッキリするので、それが楽しいと思っていたのだ。

「汚い字」と揶揄った数日後、同じ書道教室に通う子が話しかけてきた

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しかし、今年の秋、ディズニーシーに行った時、以前のような満足感を得ていない自分に気づいた。

ついこの前までは数週間前から行くのを楽しみにしていたのに、前日になってもそんな気持ちは湧いてこない。「入場券を買っているのだから1日中めいっぱい乗り物に乗るぞ」という気持ちもなくなり、「疲れたから早く帰りたい」と思うようになった。

単に老いた結果、体力が追いつかなくなっただけではない。改めて振り返ると、以前は週3回ほどあった外食も月3回ほどに減っていた。

さらに他の変化で言えば、彼氏にクリスマスプレゼントに何が欲しいと聞かれても、去年はブランドバッグをもらってとても喜んだが、今年は特に欲しいものがない。一通り好きな服やバックも持っているし、特に必要なものはない。それよりは彼氏と一緒に家でゆっくり映画を見たり、料理を一緒に作ったりする方がずっと楽しい。

おそらく、自分のストレスを暴発させるのではなく、自分の本当に満足する行動を出来るようになったのだと思う。頭で考えて「これをすればスッキリする」「これをすれば自分を保てる」という思い込みを捨てて、「他の人から羨ましがられる」とか、「これをしている自分だと品位が保たれた気になる」とか、そういう形骸的で空虚な欲求もいらないと思うことができるようになったのだ。

他人が良しとするものと、自分に合っているものは違う。知らず知らずのうちに、他人が良しとするものの沼に溺れてしまっていた。

嫌いなもの、好きなもの、そういうものを自分のツボに合わせてしっかりと選んでいくことが大事だと今はとても思う。

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今年のクリスマスは、高価なレストランを予約せず、好きなものを買って、家で映画を見ながらゆったりと、ある意味贅沢な時間を過ごすことにした。クリスマスの雑踏に巻き込まれたり、ケーキを予約していなかったので全然なかったり、うまく行かないことも多かったが、自分たちが払ったお金や労力に満足感が見合っているか、自分たちなりに満足するには何が必要かを感じ、話し合うのはとても楽しい。

「足るを知る」というが、歳をとるごとにそれが分かってきたのかもしれない。新卒で会社に入り貯金もあまり出来ず欲しいものも買えなかったところから、自分の好きに使えるお金が増えて、使う喜びを感じた。そこからさらに、自分のスタイルや基準を作っていく。私もそういう時期に差し掛かっているのかもしれない。

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はるまよ

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