【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「THE MOLE(ザ・モール)」

【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「THE MOLE(ザ・モール)」

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  • 更新日:2021/10/14
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ごく普通の市民が北朝鮮の武器密輸の実態を暴くドキュメンタリー (C)2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

「これ、本当にドキュメンタリーなの?」とにわかには信じられない異形の作品である。なにしろ監督は、あのマッツ・ブリュガーだ。「あの」って言っても知らない人が多いと思うが、2019年に「誰がハマーショルドを殺したか」という謎めいてはいるがとんでもない傑作を発表し、日本でも話題になった映画監督である。

少し脱線して「誰がハマーショルドを殺したか」について触れておくと、この映画は国連事務総長が1961年にアフリカで墜死した事件を題材にしている。遺体の写真には、胸ポケットにトランプのカードが差し込まれ「あれは死のカードだ」と証言する警官とか、「サイマー」という謎の組織がAIDS感染を意図的に広めた陰謀の話とか、ホラ話とも何ともわからない話が怒濤のように出てきて、いったいどこまでが事実なのかさっぱりわからないという内容だった。

そのブリュガー監督がつくった本作。やはり得体の知れなさに満ち満ちている。主人公はウルリクという料理人で、北朝鮮の闇を暴こうと(なぜ料理人がそんなことに足を突っ込んだのか!)、KFAという北朝鮮との交流団体に潜入する。時間をかけて会長ら幹部の信頼を得たウルリクは、武器や麻薬を製造し輸出している北朝鮮の秘密組織に接触するところまでこぎ着ける。商談にまで踏み込み、ついにアフリカのとある島に武器や麻薬を製造する工場を建設する契約を取り交わすことに成功する――。

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ほとんどゴルゴ13が出てきそうな話である。さらに驚天動地なのは、監視国家として有名な北朝鮮国内での撮影をおこなっており、なんと秘密組織の面々とピョンヤン近くにある豪華な秘密施設で会食し、商談するシーンまで撮っていることだ。これ、本物なの?……と、にわかには信じがたいシーンが連発し、観終わった瞬間には「超絶面白かった!」と感じつつも「これはさすがにフェイクだろうなあ」とも感じた。

ところがこの作品をもとに、国際社会も動き出しているのである。そもそも本作のもとになるドキュメンタリー作品は、イギリスのBBCや日本のNHK BS、北欧のテレビ局などでも放送されている。BBCとNHKのお墨付きがあったというだけでも驚きなのだが、この放送を受けてスウェーデンとデンマークの外務大臣が共同声明で、「北朝鮮の活動に関する『THE MOLE』の内容を深く憂慮している」「われわれは国連の制裁委員会にこのドキュメンタリーについて警告する任務を自国の国連大使に課すことにした。EUでもこの問題を提起する」と述べているのだ(AFPの2020年10月13日の報道)。

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北朝鮮が覚せい剤やニセ100ドル札を製造し、ひそかに輸出していたというのは以前からよく知られている事実である。わたしは当時全国紙の事件記者だったのでよく覚えているのだが、1990年代には驚くほど高精度なニセ100ドル札「スーパーK」が出まわり、この事件にからんで「よど号」ハイジャック犯だった田中義三(故人)が北朝鮮大使館員らとともにカンボジア国境で逮捕されるという出来事も起きている。

同時期には、純度の高い覚せい剤が大量に日本に流入したこともあった。北朝鮮の工作船が日本の暴力団と日本海上で受け渡ししていたとされ、この工作船が海上保安庁に見つかって銃撃戦になり、最後は自爆して沈没するという壮絶な事件も2001年に起きている。

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こういう事件の数々を見れば、本作で描かれているような武器・麻薬の密輸出を北朝鮮がやっているであろうことは容易に推測できる。したがって本作で描かれている話は陰謀論などではなく、間違いなく現実に起きていることなのだろう。

それにしてもまだにわかに信じがたい、この衝撃的でうさんくさい映像の数々……。フェイクニュースやポストトゥルース時代を逆手に取ったようなマッツ・ブリュガーの手腕には、われわれ観客はただ翻弄されるのみである。

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■「THE MOLE(ザ・モール)」

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2020年/ノルウェー=デンマーク=イギリス=スウェーデン合作
監督:マッツ・ブリュガー
2021年10月15日から、 シネマート新宿・シネマート心斎橋ほかにて全国順次公開

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