物理学者が本気で解説!クリストファー・ノーランと「時間」の科学

物理学者が本気で解説!クリストファー・ノーランと「時間」の科学

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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クリストファー・ノーラン監督の全世界待望の最新作『TENET テネット』の日本公開の時が目前に迫っています! 私はこの作品の翻訳と広報の科学監修を務め、幸運にもその魅力を世界に先駆けて体験することができました。

本記事では、同じくノーラン監督の作品である『インターステラー』に触れながら、時間に関する科学で軽く準備運動をしておきましょう。それは、時間のジェットコースター『TENET テネット』の衝撃に備える安全バーになる……はずです。なお、『TENET テネット』本編のネタバレは一切無いのでご安心ください。

『TENET テネット』は「!」と「?」の超連打

まず、皆さんが最も気になるであろう『TENET テネット』の率直な感想です。

ずばり「!」と「?」。「な、なんだこの映像はッ!!」という人生初めて見る奇怪な映像に脳の常識が崩壊する衝撃「!」と、「え?えぇ??……………」という脳が思考停止命令を出すギリギリを攻める混乱「?」。

この「!」と「?」のマシンガンに全身穴だらけにされ、気が付けば映画館の椅子に張り付けられてしまいました。映画館から生還した関係者の最初の会話は、口をそろえたように「むずかしかった」のようです(笑)

その後、映画について「あのシーンは、このシーンは」と異様なまでの議論がなされ、誰しもが「もう2、3回見よう」という結論に至ります。この“読後感”は、劇的な目覚めを体験させた『インセプション』、深い感動と余韻に包まれた『インターステラー』、そのどちらとも異質なものでした。

こんな映画、他に見たことがありません。全く新しい映画の誕生です。

同じ作品を50回以上鑑賞、さらに海外にも遠征

クリストファー・ノーラン監督は徹底した秘密主義で知られ、『TENET テネット』の予告編も情報が断片的で実に謎めいています。横転していた車が突然起き上がって後ろ向きに走り出すシーン、銃撃の痕から弾丸が逆行して銃に戻るシーンなど、「時間の逆行」を示唆する衝撃的なシーンが何度も登場します。

私が『TENET テネット』の翻訳や広報の科学監修を務めることになったきっかけは、実は『インターステラー』にあります。私はこれまでにインターステラーを約50回視聴し、世界最大のIMAXシアターで観賞するためだけにシドニーまで15万円かけて日帰りしたこともありました(大変幸運なことに、『TENET テネット』の公開を記念して、日本初のフル画角IMAX版『インターステラー』が公開中です。一生後悔することのないように、今すぐ映画館へ!)。

その後、インターステラーを科学的に解説する講演会の依頼が殺到し、約100回約5000人に届けてきました。その中には、数百人を対象とした普通の講演会から、質疑応答中心のディープな会、ブレインストーミングやディベートを行う双方的な中級編、さらに3日連続で自由研究を行い最後に発表する主体的な上級編まで、様々なタイプがありました。

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『インターステラー』公開時のクリストファー・ノーラン photo by gettyimages

年頃の男女数人がお酒を飲みながら、一切色めいた話もせずにインターステラーの話だけを3時間して解散というインターステラー合コン(?)もありました。このような経験から、数百もの質疑応答や初心者が陥りがちな誤解が蓄積されていきました。この経験をフル動員して、インターステラーの時間の科学をわかりやすく紹介します。

ポイントは「重力は時間を遅らせる」の一つだけ

『インターステラー』のストーリーを大雑把に復習すると、地球が滅亡する前に第2の地球を探せ、という感じです。とはいっても我らが太陽系にはあまり良い候補はありません。そこで、“彼ら”が用意してくれたワームホールで別の銀河系にワープすることになりました。

その先で待っていた第2の地球の最初の候補。それが「ミラーの惑星」です。ミラーの惑星は全球が海に覆われた地球も顔負けの海の惑星で、有力な候補に見えました。

ところが、非常に大きなリスクを抱えていました。なんと、ミラーの惑星が周回しているのは太陽のような恒星ではなく、太陽の10億倍も重たい超巨大ブラックホール「ガルガンチュア」だったのです。

映画の主人公クーパーは、『2001年宇宙の旅』のモノリスのような形をした優秀なAIロボットCASE(ケース)のアドバイスを無視して、荒々しい操縦でミラーの惑星に「軟」着陸します。そして叫びます。「ここでの1時間は、地球の7年だ! ゴー!ゴー!ゴー!ゴー!」。

いったいこれはどういうことなのでしょうか……?

これを理解するために覚えておくべき物理学の法則は、

「重力は時間を遅らせる」

という一文だけです。これだけで『インターステラー』で起こる時間のトリックはすべて説明できるのです。

物理学者でも誤解しがちなポイント

ミラーの惑星は超巨大ブラックホールであるガルガンチュアの目の前を周回しているので、とてつもなく強大な重力を受けています。そのためミラーの惑星の時間の進み方は地球に比べて約5万倍も遅れ、ミラーの惑星に1時間いるだけで地球では7年もたってしまうのです。

ミラーの惑星にクーパーと共に降り立ったブラントは「体が重い」といい、親切なCASEは「重力は地球の1.3倍です」と教えてくれます。しかし、このやり取りが多くの人にある誤解を植え付けてしまいました。それは、ミラーの惑星の時間が遅れる理由はミラーの惑星の重力が地球の1.3倍だから(誤解1)というものです。

特に、相対性理論のことを少し知っている方ほど騙されやすく、私の知り合いの物理学者も同じような誤解をしていました。しかし、この1.3倍の重力というのは、クーパーたちが気にしている時間の遅れとは一切関係ありません。わずか1.3倍の重力が時間に影響を与えるなら、地球の6分の1倍の重力のお月様に行ったら大変なことになってしまうでしょう。

人が直接体感できるような時間の遅れを考えるときは、ミラーの惑星も地球も月も、ずばり無重力と考えて大丈夫です。超巨大ブラックホール「ガルガンチュア」のような重力の強い天体のことだけを考えればよいのです。

氷河のように時の止まった、高さ2000mの津波

第2の地球を夢見て着陸したミラーの惑星でしたが、彼らを出迎えたのは先発隊としてこの惑星にたどり着いたミラー博士の宇宙船のものと思われるバラバラになった機体のごく一部でした。なんと、ミラーの惑星では高さ2000mの超巨大津波が1時間に一回襲いかかり、来訪者をことごとく破壊していたのです……!

よく、「これぐらい着陸する前に調べておけよ(笑)」というご指摘を受けます。しかし、クーパーの肩を持つとすれば、これは避けがたいトラブルだったのです。

「ミラーの惑星の1時間は、地球の7年」を思い出しましょう。ということは、1時間に一回襲いかかる超巨大津波は、地球から見ると7年間かけてまるで氷河のようにゆっくり動いていたということです。外から見て誰も気が付かなかったとしてもおかしくありません。

ミラーの惑星で時間が5万倍ゆっくり進むというと、かなり多くの人がある誤解を抱きます。それは、時間がゆっくり進む場所にいると、全てがスローモーションに見える(誤解2)というものです。

しかし、人間の感覚や思考も、突き詰めれば脳の電気信号の集まりであり、物理現象のひとつだと考えられています。時間がゆっくり進む場所では、人間の感覚や思考も例外ではなく、まったく同じだけゆっくり進みます。

ゆっくり進む人がゆっくり進む世界を見るので、普通の速さで進むように見えるのです。そういうわけで、正しくは「時間がゆっくり進む場所にいても、スローモーションには見えない」になります。実際に、クーパーらはミラーの惑星でいつも通りに過ごしていました。

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時間がゆっくり進んでもスローモーションのように見えるわけではない photo by gettyimages

昔ばなしのような現象は本当に起こります

ミラーの惑星で約3時間も足止めされたクーパーらは、23年もの月日を無駄にします。そこで目にしたのは、自分と同じ年齢に成長してしまった愛娘マーフからのビデオレターでした。

さらに、クライマックスでは超巨大ブラックホールの事象の地平面近くを通過しますが、さらに強い重力だったため、51年もの月日があっという間に過ぎ去ってしまいました。そして、寿命を迎えつつある娘のマーフに再会します。

浦島太郎のような話ですが、これはおとぎ話ではなく、物理学的に実際に起こる現象なのです。日本ではそのまま「ウラシマ効果」と呼んでいます。

ガルガンチュアの超重力は、消せる

「重力は時間を遅らせる」のはわかったけれど、そんなに強い重力ならガルガンチュアの超重力のせいで、ミラーの惑星では生活できない(誤解3)のではと聞かれます。

ここで注意が必要なのは、重力があることと、重力を体感することは別だということです。地球のおかげで重力があり、我々は重力を体感しています。しかし、なぜ重力を体感できるのかと聞くと、答えに困る方も多いと思います。

答えは、地面に立ち重力に逆らっているからです。もし地面がなくなったら重力も体感できなくなります。

バンジージャンプをやったことがない人でも、遊園地のジェットコースターや高層ビルのエレベーターが急降下したときに、体がフワッと浮かぶ“無重力”体験をしたことがある人は多いでしょう。このように、重力は存在していても落下すると体感できなくなるのです。アインシュタインの言葉を借りれば「重力は消せる」のです。

宇宙ステーションは地球の重力を受けていますが、地球を周回しながら自由に落下し続けているため無重力状態になっています。これと同じく、ミラーの惑星もガルガンチュアの超重力を受けていますが、ガルガンチュアを周回しながら自由に落下し続けているため無重力状態になっているのです。

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宇宙ステーションは地球の重力を受けているが、一緒に落下している人からすれば「無重力状態」となっている photo by nasa

そのため、「ミラーの惑星でもガルガンチュアの重力を体感せず生活できる」ことになります。「重力が時間を遅らせる」と繰り返してきましたが、少し正確に言い直しましょう。地面に踏ん張って「重力を体感すると時間が遅れる」わけではありません。ただそこにいて「重力があると時間が遅れる」のです。

テネットとの関係は?

最後に、インターステラーと『TENET テネット』の関係を考察してみましょう。

『TENET テネット』の予告編では「時間の逆行」が登場しました。一方で、インターステラーではブラックホールの重力により時間が遅れましたが、「時間の逆行」を引き起こすことは決してありませんでした。ミラーの惑星でブラントも「時間は伸びたり縮んだりするけど、過去には戻れない」と明言しています。

だとすると、インターステラーのブラックホールを超えた新しい仕掛けが『TENET テネット』に用意されていてもおかしくありません。それが、主人公の技なのか超能力なのか、はたまた組織の技術なのか宇宙人の仕業なのかは全くわかりません。

まもなく日本公開される『TENET テネット』。『インターステラー』の時のように、ファンの皆さんと話し合える時を心から楽しみにしています。

ブラックホールは宇宙最強のコマだった?
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