ビートルズとインドで過ごした8日間をなぜ今まで語らなかったのか? ポール・サルツマン監督に聞く

ビートルズとインドで過ごした8日間をなぜ今まで語らなかったのか? ポール・サルツマン監督に聞く

  • マイナビニュース
  • 更新日:2022/09/23
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●マハリシのアシュラムでビートルズとともに瞑想

ポール・マッカートニーのライブにリンゴ・スター登場

今もなお、音楽史に燦然と輝くロックバンド、ザ・ビートルズ。彼らの代表作と呼び声の高い“ホワイト・アルバム”こと『ザ・ビートルズ』の誕生秘話を紐解くドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(9月23日公開)を手掛けたポール・サルツマン監督を直撃した。インドで8日間、ビートルズの4人と過ごしたという監督に、当時を振り返ってもらいつつ、ビートルズとのレアなエピソードを話してもらった。

時代は1968年までさかのぼる。当時23歳だったポール・サルツマンが、北インドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)を訪れ、そこでビートルズのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターと出会い、ともに瞑想を学んだという。

まずは「思い立ったが吉日」とばかりに、何事においてもひるむことなく即行動に移すという監督の勇気や行動力に驚かされる。そもそもインドへ行くことになったのは、突然、内なる声に導かれ、自分を見つめ直したいと思ったからだが、なんと彼は、カナダの国営スタジオであるNFBが、インドでドキュメンタリー映画を撮影するという情報を聞きつけ、経験もないのに録音技師として撮影に同行したのだ。

「昨日のことのようによく覚えています。当時の僕は、スピリチュアルなことは一切信じていなかったのに、初めて心のなかの声を聞きました。それは『インドに行ってみてはどうだ』という魂の声でした。それでNFBの監督に、売り込みに行ったわけですが、最初に監督から断られた時は『そうですか……』と肩を落としましたが、その後すぐに彼が『録音技師なら欲しいんだけどできる?』と言われたので、その場で『絶対にできます!』と即答しました。そんな技術は勉強すればどうにかなる! と思ったので。何よりも、インドへ行きたいという思いが強かったです」

そして、渡航中に、サルツマン監督は最愛の恋人から別れを告げられてしまう。絶望したサルツマン監督が、誘われるがままに訪れたのがマハリシのアシュラムだった。「そこでの経験が、自分の人生に大きく影響を与えました」という監督。「自分にとっては、ビートルズに出会えたことよりも、彼らと共に瞑想することで、暗闇から立ち上がることができたことが大きかったです。それは1968年の出来事でしたが、瞑想と言われても一体なんのこと!? と言われそうな時代でした」と当時を懐かしむ。

「帰国後、お金がなくて、家賃を払うために、カナダの雑誌にアシュラムでの経験を書こうとしましたが、書きながらも、なんだか気乗りしなかったんです。なぜそう感じるのかと魂に問いかけてみたんですが、その時にこれを書くことはちょっと時期尚早だなと感じました。それで、もう少し自分のなかできちんとその経験を咀嚼(そしゃく)してから書くべきだと思い直したんです」

その後、当時サルツマン監督が撮影した写真は、地下室の倉庫にしまいっぱなしとなったが、32年後に監督の娘がその存在に気づいたことで、今回の映画を作ることに発展した。「決して隠していたわけでもないのですが、気がつけばそこから32年も時間が過ぎていました」とサルツマン監督は述懐する。

アシュラムでの世紀の出会い。監督自身は、失恋の痛手から立ち直るためにアシュラムの門を叩いたが、ビートルズの4人がそこを訪れたのも、父親的存在だったマネージャーのブライアン・エプスタインが1967年に急逝したことで、精神的な礎を失ったことが大きかったのではないかと言われている。まさに運命に導かれたような印象を受けるが、サルツマン監督は「心の声に従えば、“Magic”は起こります」と力強く語る。

「つまりそういうレベルで起きる出来事に、偶然はないと僕自身は捉えています。地球上で起きているいろんなことは、ある意味、必然なのかなと。私は15年くらい前から、そのことについて“Magic(不思議な力)”という言葉を使っています。僕自身は“Fate(運命や宿命)”という言葉はあまり好きじゃなくて。ある分厚い辞書で“Magic”について調べたら、25もの意味があって、最後に『リアルなものだけど、いまだ解明されていない』と書かれていました。人間というのは、心の声に耳を傾ければ、きっと偶然ではない奇跡のようなことが起こるんだと、私も信じています」

それにしても、サルツマン監督が、世界が誇るビートルズ4人を前にして、浮き足立つことなく、一般人のように接することができたこと自体に驚かされる。そのことを監督にツッコむと「劇中でも言っているとおり、最初に彼らを目にした瞬間は『ビートルズだ!』と心のなかで叫びました(笑)。もちろん、声には出さなかったけどね」とおちゃめに語る。

「以前、モントリオールで心のなかの声が聞こえたと言いましたが、4人と会ってから2回目にその声を聞いた時は、はっきりと『ヘイ、ポール』と自分の名前を呼ばれたんです。その時はまさに『おい、ちゃんと聞けよ』と言われた気がしたのですが『ビビることはないさ。彼らだって同じ人間じゃないか』とさとされまして。それからは、彼らと普通に過ごせるようになりました。彼らは8日間、僕と親しく付き合ってくれたので、一緒に写真を撮ってくれと言えば、おそらくOKをしてくれただろうし、サインをくださいと頼めば書いてくれたんじゃないかと思います。でも、私は一切ねだりませんでした。また、カメラで彼らを撮ったのも2回だけです。僕はこれまで有名人を54枚ぐらいで撮ってきましたが、そのうちの40~50枚くらいがビートルズのものです」

●ビートルズに感謝「私の人生を変えてくれた」

とりわけ、ジョン・レノンから「愛とは時につらいものけど、必ず次のチャンスが来る」という言葉をかけてもらったというエピソードが胸に染み入るが、本編に収録できなかったようなほかのエピソードについても聞いてみた。

「彼らと別れる時に、『さよなら』と挨拶をしたら、ジョンから撮った写真を送ってほしいと言われました。それで、アップル・コア(ビートルズが設立した会社)に電話をしても、きっとつないでくれないだろうからと、彼が自宅の電話番号をくれたことは覚えています。その後、1970年の大阪万博で、IMAX映画を手掛けることになったので、彼らの写真を大きく引き伸ばしたものを使うことになり、その時に使った4枚の写真をそれぞれメンバーに送りました。でも、結局彼らほどのビッグスターが、新しい友達を必要としているわけがないと思ったし、自分自身もそうなりたいと思わなかったので、名刺も渡さなかったです」

そこは、人づきあいにおけるサルツマン監督ならではの紳士的なマナーだったに違いないが、実に好感が持てる。「だからあくまでも一方通行なやりとりで、僕が彼らに写真をプレゼントしただけです。僕はそれでいいと思ったので、それ以上のことはしていません」と言うが、そういう監督だからこそ、ビートルズの4人は彼に心を許したに違いない。

実際、サルツマン監督がアシュラム内で撮影したジョンやポールの表情は、実に無防備で自然体なものばかりだ。「アシュラムでは、音楽や仕事の話なんて一切しませんでした。したのは瞑想についての話や、食べ物、ファッションの話題くらいです。確か、ジョンとポールは、いつかタージマハルへ行ってみたいと言っていた気がしますが、それ以上の特別なトピックはありませんでした」

映画の最後に「ジョン・レノンと、ジョージ・ハリスンを偲んで」というクレジット表記が入っているが、サルツマン監督は2人について「本当に感謝しかありません」としみじみ語る。「あなたたちが私の人生を変えてくれましたから、愛情を込めてそう入れました。今でも愛しています」と言ったあとで、「ドウモアリガトウゴザイマス」と日本語でも感謝の意を示してくれた。

ビートルズがインドでマハリシの下で講義を受け、そこでインスパイアされたことで、これまでにない多種多様な楽曲が収録された傑作、ホワイトアルバムが誕生したのだから、なんとも感慨深い。

また、サルツマン監督が撮った、ビッグスターではない“素”のビートルズの写真を見ると、いかに4人がその8日間、スターという看板を下ろして、いち人間として過ごしていたのかが手に取るようにわかる。『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』は、まさにビートルズのファンでなくても、新鮮な驚きや感動を与えてくれる映画となっている。

■ポール・サルツマン
1943年生まれ、カナダ人のプロデューサーでディレクター。2度のエミー賞を受賞。1968年、インドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラムで瞑想を学び、ザ・ビートルズ、ミア・ファロー、ドノヴァン、ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴらを撮影した写真は、著書『The Beatles in Rishikesh』(Viking Penguin、2000)として出版され、2018年に50周年特別版として再出版された。1970年の大阪万博のために製作された最初期のIMAX映画では、第2ユニット監督とプロダクション・マネージャーを務めた。1973年に、プロダクション「サンライズ・フィルムズ」を、2011年には、非営利団体Moving Beyond Prejudiceを設立。1960年代に学生非暴力調整委員会 (SNCC)とともに南部の黒人有権者を組織して以降、平和のための活動家、提唱者としても活動している。

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山崎伸子

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