戦没京大生の肉声 ノート4冊分の日記に込めた戦争、学問、恋愛

戦没京大生の肉声 ノート4冊分の日記に込めた戦争、学問、恋愛

  • 産経ニュース
  • 更新日:2020/09/15

京都帝国大(現京都大)在学中に学徒出陣し、終戦直前に戦死した1人の青年の日記が今年、1冊の書籍としてまとめられた。青年の名前は林尹夫(ただお)(享年23歳)。終戦の年の7月、米軍機の攻撃を受けて四国沖で散ったとされる。高校時代から戦死する直前まで続けた日記には、戦争に対する懐疑や学問への思い、異性への恋情などを率直につづった。戦後75年、戦争の記憶の風化も懸念される中、戦時下の若者の等身大の肉声に再び注目が集まっている。 (桑村大)

学問への期待も

《僕の生涯は学に捧げられた。最もよしとえらびし道に僕はゆくのだ》

大正11(1922)年、神奈川県で事業家の次男に生まれた林は、昭和15(1940)年4月、旧制第三高等学校(現京都大)に入学した。語学の才能に恵まれ、高校時代から独仏の原書を読みこなしたといい、この年に始まった日記には、学問の世界に身を置く喜びが、希望に満ちた言葉で残されていた。

しかし、戦火は林を逃さなかった。京大文学部西洋史学科に進んで間もない18年12月、学徒出陣で徴兵され、海軍に入隊する。その死の直前まで書き続けた日記はノート4冊分にのぼった。厳しい軍隊生活の中での読書の記録や、心の支えとなった恩師や友への思いもつぶさに残した。

ノートは平成9年に遺族から立命館大国際平和ミュージアム(京都市北区)に寄贈された。日記を調査した学習院大の斉藤利彦教授(教育史)は「当時の等身大の若者の姿を伝える貴重な日記だ。戦争の実相や記憶を証言できる人が減っている今だからこそ、林がつづった言葉に重みは増す」と指摘する。

「美しい京都のために」

林は早くに敗戦を予測し、日本への失望や懐疑も包み隠さなかった。

戦況が悪化する中、同盟国のドイツが昭和20年5月に無条件降伏すると、《敗の確信、あ々実に昭和十七年頃よりの確信が今にして実現するさびしさを誰か知らう》と記し、それでも戦い続けなければならない状況を嘆いた。

検閲の危険性を侵してまで、本心を日記に書き続けた。避けられない死に対して、恐怖、葛藤しながらも、林は戦争で死ぬことを「宿命」ととらえていた。そのうえで愛する家族や祖国のために死を受け入れようと自身を奮い立たせた。

《俺が血肉をわけた人と親しき人々と美しい京都のために戦はうとする感情がおこる》

新しい日本の建設と自由のためなら《死することを光栄とする》とまで記した。斉藤教授は「自分の死が新しい日本を切り開くための礎になることを願っていたのでは」と分析する。

林は20年7月28日、四国沖に接近していた米軍機動部隊の偵察を命じられて出撃中、室戸岬沖の上空から「ツ・セ・ウ(敵戦闘機の追跡を受ける)」と打電し、6人の搭乗員とともに消息を絶った。再び学究生活に戻れるはずの終戦のわずか19日前だった。

「厳格な規律が強制される軍隊において、日記は自己の内面を表現し、精神の自由を確認するためのものだった。林にとって日記を付けることは生きている証だった」と斉藤教授は指摘する。

戦友が隠した日記

戦死後、日記は上官に没収されないよう戦友が隠し持ち、長野県に疎開していた兄の克也氏に届けられた。その一部は42年、克也氏の手によって「わがいのち月明に燃ゆ 一戦没学徒の手記」(筑摩書房)として出版されたが、掲載されたのは清書した約700枚の原稿のうち550枚程度にとどまる。

未刊行の部分には、若者らしい性愛に対する生々しい感情や、軍隊の同僚に向けた過剰な親愛の情を吐露する部分も少なくない。

《わたしがあなたをどれほど愛し恋焦がれてゐるか、あなたは少しも知らない。否、知らうともしない。真情を吐露して受け入れられぬ寂しさは実に限りないもの》

4冊目のあるページにはこう紙いっぱいにつづった後、大きく斜線を数本引き、「ナンテウスツペラナ!」と書きなぐった。

ノートを所蔵する立命館大国際平和ミュージアムの田鍬美紀学芸員は「読み進めるにつれ、感情豊かに日常をつづっていたころから一転、死を目前にして生きることを諦めざるをえなかった絶望の深さが真に迫って伝わってくる」と話す。

戦後75年たった今年、京都の出版社「三人社」(京都市左京区)が林の命日の7月28日に合わせて「戦没学徒 林尹夫日記 完全版」(2420円)として刊行した。編集を担当した山本捷馬さんは「戦後75年、戦争の記憶が遠ざかる中、改めて戦争に巻き込まれた林の生の言葉を今の読者に届けたかった」と話している。

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林尹夫の日記の一部。親愛の情を吐露したあと「ナンテウスツペラナ!」と書き殴られている=京都市北区の立命館大国際平和ミュージアム(永田直也撮影)

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