[上皇后・美智子さま]10/20、米寿に! 皇室入りを決めたきっかけは上皇陛下の家庭への熱い想いだった|漫画家...

[上皇后・美智子さま]10/20、米寿に! 皇室入りを決めたきっかけは上皇陛下の家庭への熱い想いだった|漫画家...

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  • 更新日:2021/10/14

漫画家・小説家の折原みとさんは、現在、女性週刊誌で美智子さまの漫画を連載中だ。上皇陛下との運命的な出会いからご成婚を経て、現在に至るまでのご足跡を、20代女性の目線を通して描いている。折原みとさんの創作意欲をかきたてたのは、二人三脚で歩み続けてきたおふたりのお姿だった。書籍『美智子さまの63年 皇室スタイル全史 米寿のお祝い完全版』への寄稿文から、一部を抜粋してご紹介します。

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壮絶でドラマチックな長い長いラブストーリー/折原みと 寄稿

「美智子さまの漫画を描きたい!」
そう思ったキッカケは、時代が「平成」から「令和」に変わる頃に観た、皇室特別番組だった。

「茨の道」を歩む覚悟をされた美智子さま

昭和32年、おふたりは軽井沢のテニスコートで出会われ、上皇さまは美智子さまに恋をした。
「皇室」と「民間」というお立場の違いからプロポーズを固辞されていた美智子さまだが、ご結婚を決意させたのは、皇太子時代の上皇さまの、このお言葉だったという。
「僕は家庭を持つまでは、絶対に死んではいけないと思っています」
当時の皇室の慣習により、3歳3カ月でご両親のもとを離れ、家庭のあたたかさを知らずにお育ちになった上皇さま。
未来の「天皇」になるという重い宿命を背負い、孤独に耐えてきた上皇さまのために、「あたたかなホーム」をつくりたい。
その想いが、美智子さまに「茨の道」を歩むお覚悟をさせたのだ

上皇陛下は何度も電話でお気持ちを伝えられた

大企業の令嬢に生まれ、美貌にも才能にも恵まれた女性には、いくらでも輝ける人生の選択があっただろう。
それでも、美智子さまが皇室に入る決意をされたのは、上皇さまのひたむきな愛と情熱にお心を打たれたからだ。
結婚の申し込みを正式に断られながらも、上皇さまはあきらめず、美智子さまに何度も、電話で直接お気持ちを伝えられたという。
上皇さまにとって美智子さまは、それほどまでにかけがえのない「運命の人」だったのだ。
まさに「世紀のロマンス」。「究極の少女漫画」のようなラブストーリーではないだろうか。

上皇さまを才覚と愛情で支えられた美智子さま

あれから62年。
おふたりは、昭和、平成、令和へと至る長い旅を、ともに歩んでこられた。
いつも静かに上皇さまに寄り添い、その強さと、才覚と、あたたかな愛で支えてこられた美智子さま。
その愛に支えられながら、「天皇」という重責を果たされた上皇さま。

平成31年1月、時代が令和へと変わる少し前。葉山御用邸にご静養にいらした両陛下を、沿道で旗を振ってお出迎えした。
御用邸に到着後、おふたりはその裏の海岸でマスコミの取材を受け、地元の人たちとも、気軽にお言葉を交わされる。
思いのほか間近で拝見した美智子さまの、まるで菩薩(ぼさつ)のような微笑み。そして、その美智子さまに注がれる、上皇さまの安らぎと信頼に満ちたまなざしが印象的だった。

壮絶でドラマチックな、長い長いラブストーリー。その最終章とも言える日々が、どうか穏やかで、やさしい光に包まれていますように。

折原みと/Profile

(おりはら・みと)
1985年、少女漫画家デビュー。1987年に小説家としてデビュー、1991年に刊行した小説『時の輝き』が110万部のベストセラーとなる。漫画、小説にとどまらず、エッセイ、絵本、詩集、料理本、CDなど、幅広く活躍中。「週刊女性」(主婦と生活社)で漫画『孤独なあなたの愛し方~美智子さまが教えてくれた幸せの法則』を連載中。

(抜粋)

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編集協力/金丸信丈、半田明日香(株式会社ループスプロダクション)
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