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ベテラン記者コラム 大相撲の十両炎鵬が喫した「不戦敗」 智に働けば角が立つ?

ベテラン記者コラム 大相撲の十両炎鵬が喫した「不戦敗」 智に働けば角が立つ?

  • SANSPO.COM
  • 更新日:2021/07/22

さきの大相撲名古屋場所で、東十両5枚目の小兵力士、炎鵬(26)が物言いのついた貴源治との一番で脳しんとうの症状があり、取り直しの取組に臨めないと判断され「不戦敗」となった。

日本相撲協会は1月の初場所後に審判規則の一部を変更。「立ち合いが成立する前に脳しんとうなどで相撲を取れる状態でないと審判委員が判断した場合、当該力士を不戦敗にできる」との項目を加え、十両以上の関取に適用されるのはこれが初めてだった。炎鵬は相撲を取る意思を示したが、審判委員が土俵上で協議。危険と判断した。

力士を守り、重大化を未然に防ぐ。安全に直結する規則に異論をさしはさむ余地はない。だが、心情的には少しだけ引っ掛かる。「不戦敗」の黒星が、番付の昇降に重くかかわってきたとしたら…。

前頭筆頭で7勝7敗の千秋楽。炎鵬と同じような状況で不戦敗となり新三役がかなわなかったり、十両最下位で7勝8敗となり、幕下へ転落となるなど転機にかかわる可能性もある。

ルールに従わなければ秩序は崩壊するが、大相撲には江戸時代から大正末期まで「預(あずか)り」という制度があった。江戸時代の幕内力士は有力大名のお抱えが多く、物言いがついて勝負をつけることができない場合には、上位力士のめんつや禍根を残さないための配慮として、勝負結果を審判委員らが文字通り預り、あえて勝敗を決めなかった。幕末のころまで、同体の場合には「無勝負」とするものもあった。

取組中にどちらか一方または双方の力士が負傷などのために、その後の取り直しなど取組の継続が不可能になったときに宣告される「痛み分け」もある。現在は行司の申し合わせで、相撲が取れない力士の「不戦敗」とされる。

昭和30年秋場所。関脇若ノ花(のちの初代横綱若乃花)が横綱千代の山と対戦。水入り、2番後取り直しも2度の水入りで計4度の水が入り、合計17分15秒にもおよぶ熱戦は、規定によって「引き分け」とされた。

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貴源治(右)との一番で脳しんとうを起こした炎鵬

この内容が当時の出羽海理事長(元横綱常ノ花)に高く評価され、場所後に大関昇進が決まる。最終的に10勝4敗1分けで、当時は直近3場所の合計で30勝以上が目安とされていたが、28勝で昇進を果たした。

「預り」や「痛み分け」は再考に値しないか。夏目漱石は小説「草枕」の冒頭で、「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ」と連ねた。白星、黒星とは賢く付きあっていきたい。(奥村展也)

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