インド型変異ウイルスの正体と予防策

インド型変異ウイルスの正体と予防策

  • JBpress
  • 更新日:2021/05/08
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インドでの感染拡大が脅威となっている(写真はガンジス川)

今回は、私たちが国際連携して進めている研究プロジェクト成果をお伝えしましょう。

ドイツのミュンヘン工科大学と東京大学のAI生命倫理研究コアの医療統計解析から、インドの変異ウイルスは、実は致死率が低いという事実を紹介します。

日本は大型連休の「人流」をどこまで抑えられるかが話題ですが、グローバルにはインドの感染爆発が国際社会の最大懸念事項となっています。

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インドのケースから日本が学べること

いま日本各地で問題になっている主要な変異株のなかでは「英国株」と呼ばれる「N501Y」というミュータントは感染力が従来の1.5倍程度、強い可能性が指摘されています。

このN501Yといった呼称が、変異の正体を現していることは、すでに報じられていますのでご存じの方も多いと思います。

念のため説明しますと、N501Yとは、ウイルスを構成するたんぱく質の「501番目のアミノ酸」が「N→Y」(N=アスパラギンからY=チロシン)に変化したことを意味します。

いまインドで数多く確認されている「問題のウイルス」は正体不明時には「B.1.617」と呼ばれていました。Bはベンガル、インドで見つかったウイルスということです。

このウイルスを分析してみると「G142D」「L452R」「E484Q」「D614G」「P681R」など多数の変異が観察されました。

このうち

L452R 452番目のたんぱく質が L→R L=ロイシンからR=アルギニンに変化

E484Q 484番目のたんぱく質が E→Q E=グルタミン酸からQ=グルタミンに変化

という2つの変異がウイルスの表面で人間の細胞に侵入するエリアで重要な(悪い)働きをしているという「正体」が分かりました。

それで「二重変異体」などと言われるわけですが、変異は決して2つだけではなく「影響のありそうな変異が2つ(以上)あって厄介だ」という警鐘をここから読み取るのが賢明です。

この中で

L452Rという変異は、日本人の約6割が持つ白血球抗原「HLA―A24」が作る免疫細胞が「こいつは悪い奴である」という認識を免れてしまうことが分かりました。E484Qについては影響を調べている最中です。

これは何を意味するのでしょうか?

まず、この結果は、必ずしも日本人の60%が、いきなりこの変異ウイルスに「弱い」ことを意味しません。

しかし免疫が「こいつは異物だ」と認識する率は減る、言ってみれば警官のパトロール網を逃れて細胞に侵入してしまう悪者ウイルスが増える可能性があります。

結果的に「感染力」が高い可能性があります。

インドで観測され「感染力」の激増

さて、この感染力をインドの医療統計に関して観察してみましょう。「感染力」を比較するために、他の国でのデータを参照してみます。

医療統計からみると、世界最悪のコロナ被害国は米国で、累積3300万人以上が罹患し、そのうち60万人ほどが死亡しています。

しかし、5月2日時点での新規感染者数は3万人ほど、日本とは被害のケタが違いますが、ワクチン接種完了率は30%を超え、当初型のウイルスに関してはひとまずの収束を迎えています。

ただし、現在普及しているワクチンが問題の変異株などに有効であるかは全く分かりません。とはいうものの、5月2日全米での死者数は312人。

1月のピーク時には1日4000人を超える犠牲者が出ていたのですから、9割減の抑え込みに成功していることになります。

これに対してインドは世界第2位の感染大国ですが、米国と比較すると約2000万人の累計罹患者、合計20万人ほどの犠牲者で、米国より大幅に少ない。

これはインドと米国の人口の差を考えれば、「十分低い比率に抑えられている」と従来はやや楽観的に考えられていたわけです。

すでに報道される通り、4月末には1日の新規罹患者が40万人を超え、350万人ほどが治療を続けており、1日あたりの死者数が3700人ほどを数えています。

つまり「感染力」は明らかに高くなっているわけです。

低下する「臨床致死率」

いままでコロナ史上最悪の罹患状況は、今年1月米国の1日あたり30万人ほどであったのに対し、インドの1日あたり40万人は桁外れに状況が悪い。つまり、べらぼうな「感染率」の上昇が確認されている。

ちなみにコロナ被害第3位のブラジルでは、今年3月のピーク時でも1日あたり10万人を超えることはありませんでした。しかし、1日あたりの死者数は4000人を超えています。

つまりコロナ被害ワーストスリーの米国、インド、ブラジルのいずれも、最悪の状態で1日当たり4000人ほどの死者が出ているわけです。

しかし、1日当たりの新規感染者数を見ると、ブラジルが最高10万人、米国が最高30万人そしてインドは現在最高記録40万人を超えたところで、米国、ブラジルと同様1日4000人程度の死者・・・。

何かに気づきませんか?

以下の分析は、東京大学とミュンヘン工科大学のAI生命倫理コアの分析結果を、分かりやすく噛み砕いてご説明します。ピアレビューが通るまではこのコラムに記すことができませんでした。

まず、先に示した例で概算してみましょう。

米国で1月の新規感染者と死者の最悪の状態での割合を「致死率(Lethality)」として計算してみると

約4000人/約30万人 = 1.3%

これに対してブラジルのケースでは

約4000人/約10万人 = 4%

となり、米国よりはるかに状況が悪いことが分かります。

このような概算は、病原体の毒性から医療の水準、医療崩壊の度合いなど、細かな内容が分からなくても実情を反映するので、現象論的な分析と呼ばれるものです。

その詳細なメカニズムは分かりませんが、現象論的にブラジルの致死率は米国のそれより約3倍深刻と知れ、適切な対策を講じ、致死率が低下を目指すことになります。

同じ計算を現在のインドのデータについて行ってみると

約4000人/約40万人 = 1%

2021年4~5月、巨大な人口を擁するインドで感染爆発状況が発生していますが、致死率に関するかぎり、実は米国の最悪状況よりも低い。

さらに言えば、米国に関して、2021年5月2日時点でのデータの単純計算ですが

312人死亡/30701人新規罹患 = 1.02%

つまり、比率でみると米国とインドの現状と変わりないことが分かります。実際には7日平均など統計操作を加えますが、実は概算でも定性的には大きな違いはありません。

ここから直ちに「インドの変異ウイルスは毒性が低い」などと早計な結論を出すことはできません。

あくまで「現象論」的パラメータですので、大局から保険衛生政策を構想立案、実行完遂するための「AI生命倫理」の観点から分析であることを強調しておきます。

先月、米ニューヨーク大学での私のAI倫理講義の話題をご紹介しましたが、私自身は医学者でも生命科学者でもなく、あくまで医療統計をもとに「根拠に基づく保険衛生政策EBP=Evidence-Based-Policy」を立案する持ち分です。

過不足なくその範囲で言えることを記します。

変異ウイルスは、より多くの人に感染する可能性があります。罹らない方が良いに決まっていますが、従来と同様の防御では、変異前ウイルスならOKだった対策で、やられてしまうリスクが考えられます。

あらゆる伝染病は、病原体に触れさえしなければ決してうつりません。個人生活でも、また政府や自治体の政策も、従来以上に接触を減らす方向で用心する必要があります。

現実には「コロナ慣れ」ないし「ソーシャル疲れ」の著しい日本社会では大型連休で「人流」が減りません。結果的に感染者は従来以上のペースで増加すると覚悟しておく方がいい。

しかし、この時期に変異ウイルスに罹患してしまっても、重症化しないよう早期から対策を徹底すれば、統計的な致死率は低い可能性があります。

少なくともインドの先行事例はそれを示している。

ただし、その規模が問題です。弱毒か否かは分かりませんが。低致死率でも大規模な感染が社会経済に甚大な影響を及ぼすリスクは高い。

「第1波ウイルス」に関して、ワクチンによってウイルス抑え込みに成功している米国でも、致死率そのものはインドより高い状況が続いている地域があります。

インドの事例から日本が学べること。それは、コロナをあまく見ず、二の舞を踏まぬよう基礎研究を徹底して推進すること。

そのようにして得られた根拠に基づいて有効な対策を打ち続けられる、基礎病理と臨床治療、保険衛生政策三者分断のタコツボ化と一日も早く決別し、フットワークの良い「根拠に基づく防疫(Evidence-Based-Prevention)」に徹することに尽きます。

伊東 乾

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