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Jリーグの統一フォント導入から考える「スポーツxSDGs」

Jリーグの統一フォント導入から考える「スポーツxSDGs」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/07/23
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Jリーグが5月末に開催した理事会後の定例会見で、村井チェアマンが自身の報酬の一部返上を発表する一幕があった。

今シーズンのユニフォームに圧着する背番号や選手名のシートの納品に遅延が発生した問題について、「大混乱をきたした責任を自分が取らなければならないといけない」として、報酬の30パーセントを3カ月間自主返納する決断に至ったという。

なぜこのような事態が発生してしまったのか?

2021シーズンから、全クラブ共通のオリジナルフォントに刷新

Jリーグは今シーズンから「Jリーグオフィシャルネーム&ナンバー」の新規導入を決定し、ユニフォームの背番号と選手名は全クラブ共通でJリーグが定めるオリジナルフォント(書体デザイン)に刷新されることになった。導入対象はJリーグ公式試合のすべて(カップ戦等含む)で、Jリーグに所属する全57クラブは「J.LEAGUE KICK(Jリーグ キック)」と命名されたこの新フォントの使用が義務付けられることになった。

選手が実際に着用するユニフォーム分については問題なく供給されたが、在庫や流通管理の手違いによりクラブが販売するためのシート納品に不備が生じたのだという。

そもそもJリーグは1993年に開幕して以来30年近くネーム&ナンバーのデザインはクラブごとに任せてきた歴史がある。ここにきて、新規制作にかかるコストのみならず、多大な労力そしてリスクを冒してまでフォントを刷新・統一しなければならない理由とは何だったのか。

これには、Jリーグが掲げる「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進」そして「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」という理念が大きくかかわっている。

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(c) J.LEAGUE

新フォント「J.LEAGUE KICK」採用の目的は

このフォントを採用する最たる目的は視認性の向上である。Jリーグが「視認性」という問題に取り組もうとしたきっかけは、サッカーの視聴環境の多様化にある。

かつてはTVかスタジアムの2つしかなかった選択肢が、今ではPCやタブレット等のデバイス、そしてスマートフォンでの視聴需要が高く、実にJリーグ視聴者の8割近くがスマホの視聴体験を持つ。またコロナの影響でデジタル配信の重要性が一層高まり、様々な追加機能やマルチアングル等テクノロジーが発達する中、視聴者の「見やすさ」を担保できているかとの疑問が浮上したという。

特にサッカーという競技は野球やバスケットボール等の他競技と比べても、広い視野の中で同時に大勢のプレイヤーの動きを素早く追わなくてはいけない競技であるため、敵・味方の判別や、どの選手がどこにいるかを瞬時に見分けるために、ユニフォームの情報は非常に重要な要素となる。いかなる視聴環境でも、特に画面の小さなスマホでもクリアに選手のネーム&ナンバーを識別することがファンの視聴ストレスを軽減することに異論はなく、Jリーグとしてはこれを追求すべきと判断したのだ。

実は視認性の問題は以前から存在しており、Jリーグ公式戦のマッチコミッショナー報告において、2013~18年の間、背番号に関する報告が45件、25例の番号で視認性不良が指摘されていたという事実もある。2017年にはJ2岐阜対松本戦において、深緑色の岐阜のユニフォームと、濃い灰色の松本のユニフォームが、日差しの強さとピッチの芝の緑色の影響も受けて見えにくさが助長され、味方と相手選手を見間違えてパスミスをするに至った。この試合は急遽ホームの岐阜が後半アウェイの白いユニフォームに着替えて試合を続行する珍事となった。

7月15日にはセリエAが同様の理由で、フィールドプレーヤーの緑色ユニフォームの着用を2022-23シーズンから禁止すると発表している。

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(c) J.LEAGUE

こうした視認性の改良に取り組む中で、色覚マイノリティの人への識別性の担保という課題にも直面することとなった。

スポーツにおける色の識別性については、海外でも度々議論を呼んでいる。2014年に欧州チャンピオンズリーグで赤いユニフォームのリバプールと緑色のルドゴレツが試合をした際、「見分けられない」との苦情が多数噴出、これをきっかけにイングランド・サッカー協会では専門家のヒアリングを基にガイドラインを策定した経緯がある。

しかしながら今年1月のプレミアリーグ、リバプール対マンチェスター・ユナイテッド戦において、またも赤いユニフォームのリバプールと深緑色を着用したマンチェスターUを区別できないと、数百件の苦情が寄せられる事態が発生している。この件は試合前にリーグからユニフォームについて指摘が入ったものの、マンチェスターUがソックスを緑から白に変更することで許可されてしまったそうだ。

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Photo by Matthew Peters/Manchester United via Getty Images

欧米では日本より多い12人に1人が色の識別が難しい色覚特性を持つと言われていて、多くのスポーツ組織で色に関するレギュレーションを設けるなど、対応が進められている。

こういった先行事例を参考にしながら、Jリーグでも様々な色覚特性を持つ人にとっても快適なサッカー観戦を目指すことになった。専門家の監修のもと、視認性に対応したユニバーサルデザインを取り入れた、Jリーグ独自のフォントが制作されることとなったのだ。

人によって異なる「色覚特性」とは?

視覚において、日本人男性の20人に1人(5%)が色覚マイノリティとされていて、300万人以上が色覚特性の違いから日常的に「見えにくさ」を感じている。5%という数字がピンとこないかもしれないが、全国の多い苗字上位である「佐藤さん」「鈴木さん」「高橋さん」「田中さん」を合計すると全人口のほぼ5%に相当するという。また、AB型男性の人数にもほぼ匹敵するそうだ。そう考えると、とても身近な存在に感じないだろうか。

色彩の認識をつかさどるのは網膜の細胞だ。人間の網膜には青・緑・赤の3種類を感知する機能(錐体)がある。3種類すべて揃っている人をC型(一般色覚)といい、日本人女性は99%、男性は95%がC型の色彩感覚を備えている。しかし、3種の錐体のうちどれかが無い、あるいは何らかの理由で他の錐体と感度が重複する等の状態の色覚特性を持つ人がいる。

なおこうした色覚の遺伝子はX染色体に含まれていて、X染色体を2本もつ女性はどちらか1つに異常があってももう片方で補完できるが、対して男性は1本しか持たないため、男性の方がこのような色覚特性を持つ割合が高いそうだ。

見え方の違いによってP型、D型、T型と大まかに3つのタイプに分けることができ、特に赤系の光を感知する錐体と緑系の光を感知する錐体は本来非常に似ていることから、この2色を見分けることが難しいP型・D型がほとんどを占める。

実際に異なる色彩感覚を再現できるシミュレーターで12色の色鉛筆の写真を変換してみた。多くの人がC型の見え方をしているが、D型・P型では赤・茶・緑を見分けるのが難しいことが分かってもらえるだろう。

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「J.LEAGUE KICK」のカラーユニバーサルデザインを監修したNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)のウェブサイトでは、こういった色覚シミュレーションツールをはじめ、さまざまな情報が提供されている。子どもがP型・D型色覚である家族から、ユニフォームの色分けに関する相談を受けることも少なくないという。学校やクラブ、そして日常生活の場においても、色覚の多様性に対応することが求められている。

視認性の改善でメリットを受けるのは?

視認性の改善でメリットを受けるのは視聴者だけではない。選手のプレーの質向上も期待される。現役選手の中に色覚特性によるハンデと戦っている選手がいる可能性も高い。

CUDOでスポーツにおけるカラーユニバーサルデザインの問題に取り組む伊賀星史氏が、先述の欧州サッカーの事例に加え、かつてNFL(米ナショナル・フットボール・リーグ)で最長連続シーズンTDパス記録を樹立したビニー・テスタバーディ選手のエピソードを紹介してくれた。実は彼はデビュー当初、色覚特性の違いでパスミスを連発していた。しかしそのことを公表してからポテンシャルを開花させ、40歳を超えても現役で活躍した。このように色覚特性の違いを周囲も理解し対応することで、隠れた才能を伸ばせる可能性があるのだ。

また審判においても、選手の背番号や選手名の見間違いや見逃しを防ぎ、より公正で的確なジャッジを可能にするだけでなく、ゲーム中とっさに選手を呼び止める際に番号で呼ぶ代わりに瞬時に選手のネームを読み、名前を呼ぶことで双方にとって圧倒的にコミュニケーションが快適になるのだという。

実況・解説者やメディアも含め、あらゆるステークホルダーにおいて「見やすさ」の向上は、総合的なスポーツのコンテンツクオリティを向上させることに繋がるのは明白で、ファンの拡大にも貢献する。Jリーグも競技力向上、サッカー文化の醸成、発展のためにと考えたのだ。

SDGs達成にもつながる、スポーツによるソーシャルイノベーション

Jリーグの今回の取り組みは、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の観点から見ても、非常に社会的意義のあるプロジェクトと言える。たとえばGOAL8「働きがいも経済成長も」、GOAL10「人や国の不平等をなくそう」、GOAL16「平和と公正をすべての人に」、GOAL17「パートナーシップで目標を達成しよう」といった目標達成に寄与するだろう。

スポーツリーグが「色覚特性」という課題へ取り組むことで、そもそも色覚に多様性が存在することを社会に広め、多くの人へ気づきを与えたはずだ。

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(c) J.LEAGUE

昨今、共生社会やダイバーシティ&インクルージョン(D&I)といった言葉が盛んに聞かれるようになった。多様性を受容し、すべての人が障がいの有無やジェンダー、国籍、あらゆる特性やバックグラウンドを問わず参画し、楽しみを享受できる社会づくりの重要性が謳われている。様々なマイノリティを抱える人が、数の合理性を理由に世の中で置いていかれがちになるケースは少なくない。

目に見えるバリアフリー対応はだいぶ進んできた印象があるが、一方で耳が聞こえにくく音以外で情報保障を必要とする人や、文字の認識が難しい学習障害、外出時一般のトイレが使用できない内部障害を抱える人等、特に見た目で違いが分からない特性についてはまだまだ社会の理解とケアが十分とは言えない状況だ。

また、障害者だけではなく現在国内に288万人いると言われる在留外国人も、言語の問題や宗教の問題など、配慮が必要な対象だろう。

スポーツも例外ではない。こういった課題に積極的にアプローチすることで、スポーツを「する」「見る」「支える」、すべての裾野を広げることにもなり得るだろう。

Jリーグで今回の「J.LEAGUE KICK」を担当したクリエイティブオフィサーの橋場貴宏氏は「これまで300万人以上のポテンシャルを取りこぼしていたことに気付けたことは非常に有意義だった」と語る。社会のためにも、サッカー、スポーツ界の発展のためにも、より多くの人へ門戸を広げ、すべての人がスポーツにアクセスできるような取り組み、そして社会課題解決に繋がる取り組みを今後も期待したい。

>> セリエAでは緑色ユニフォーム禁止へ Jリーグはいかに「視認性向上」や「色覚マイノリティ対応」に挑んだか(7月22日公開予定)

中澤薫◎ITベンチャーでのBtoB営業やPR等を経て、ニューヨーク大学大学院へフルブライト奨学生として国費留学(スポーツビジネス修士)。NYのスポーツマーケティングコンサルファームで経験を積み、帰国後はプロリーグや非営利団体等複数のスポーツ組織において主にマーケティング業に従事する傍ら、フリーライターとしても活動。

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