脳と体が痺れる!美食大国セネガルで出会ったクレイジーなうま味凝縮スープ

脳と体が痺れる!美食大国セネガルで出会ったクレイジーなうま味凝縮スープ

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/09/17

納豆の語源はセネガルにあり!? アフリカ納豆探検隊が食べた“驚きの美食”から続く

ノンフィクション作家・高野秀行さんが刊行した、4年ぶりの本格ノンフィクション『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた』が「突き詰めすぎて、もはやクレイジー」と大きな話題になっている。

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『幻のアフリカ納豆を追え!』

高野さんは日本で外国人に「納豆をたべられるか否か」を迫り、その答えで<日本人度>を計るような優越感を漂わせる風潮に疑問を抱いてきた。なぜなら、過去にアジア諸国の辺境で数々の納豆を見てきたからだ。納豆は本当に日本だけの伝統食なのか。未確認納豆と真実の姿を追い求める高野さんは、今回「納豆らしき発酵食品」があるという話を聞きつけ、アフリカNo.1の美食大国セネガルへ旅立った。

日本から13,000km離れた西アフリカの端の端。そこで、納豆探検隊が目にしたのは、想像を越えた納豆調理法、そしてどこまでもうま味を追い求めるセネガル料理の数々だった。その冒険の一部を『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた』から紹介する。(全2回の2回目/前編から続く)

前回のあらすじ:「納豆みたいなものがあるらしい。しかも名前は現地語で”ネテトウ”」…高野率いる納豆探検隊は、にわかには信じがたい噂を元に、アフリカNo.1の美食大国セネガルで調査を開始した。南国らしい開放感にあふれた首都ダカール、その市場では多種多様な「納豆」が至る所で売られていた。市場から戻った探検隊はセネガル人のマンボイさん(陽気なムスリムの女性)のお宅にお邪魔し、納豆料理ならぬネテトウ料理を見せてもらうことになった――

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マンボイさんとカディちゃんというお手伝いの女の子が二人がかりで作ってくれたのは二品。いずれもセネガルで代表的な家庭料理だという。一つは「スープ・カンジャ(オクラのスープ)」、もう一つは「チェッブ・ジョーラ(ジョーラ族の米料理)」。セネガル料理は基本的にワンプレートなので、一回に一つの料理しか作らないが、私たちに時間がないため一度に二種類作って見せてくれたのだ。

折しも時は十月、「今年は雨が降らないから一年でいちばん暑い時期かもしれない」とマンボイさんは苦笑する。狭い西洋式のシステムキッチンにプロパンガスのコンロを置いているため、厨房全体が竈(かまど)のような熱気に包まれた。

マンボイさんとカディちゃんは阿吽(あうん)の呼吸でくるくると動き回る。二人ともムスリムだが、とてもお洒落。別に私たちを意識しているわけでなく、日常的にお洒落なのだ。マンボイさんはパープルの布を頭に巻き、ベージュに赤のゆったりしたワンピース。まだ生まれて半年の赤ちゃんがいて、ときどきはその子を背中に布でおぶったままで作業を行う。赤ちゃんはお母さんの動きに従い、メリーゴーラウンドにのっているかのようにくるくる振り回されるが、意に介す風もなく熟睡、ちっちゃいピンク色の足裏が台所のあちこちで閃(ひらめ)く。

いっぽう、カディちゃんは白いTシャツにぴったりしたジーンズを穿いて、頭には白いターバンのような布、そして耳には銀色のかわいいピアスを付けていた。

この人たちが作るネテトウ料理は「凄い」の一言に尽きた。

うま味の固まり、オクラ納豆玉

まず、スープ・カンジャ。トマト味のカレーライスのような料理なのだが、入れるダシと調味料の種類の多さに圧倒される。

肉は使わず、「生の魚」「干し魚」「燻製の魚」と三種類の魚を入れるのだ。しかもそれらはすべて形がなくなるまで煮込む。つまりダシにしてしまう。こんな贅沢な魚ダシの料理は世界にも例がないだろう。

仕事も実に丁寧だ。生の魚はまず煮て十分火を通したあと鍋から出し、手で小骨まで全部とる。野菜もきちんと洗う。マンボイさんは市場のカット野菜は「洗ってないからよくない」と言う。ニンニクは一かけを半分に切り、芽の部分を取り除くといった具合。

グルメ国民ならではのこだわりはネテトウにも発揮された。半生の豆状のものも、潰してオクラ形に固めたものも、繰り返し丁寧に水で洗う。豆状のものなどは粘り気がすっかり洗い流され、ただの煮豆のようだ。でも味見すると納豆の風味は残っているのが不思議だ。

二種のネテトウは、大量のオクラ(これが主役である)、風味調味料であるマギー、タマネギ、唐辛子、ニンニクと一緒に、日本の銭湯や温泉にある手桶を一回り大きくしたような木の臼に入れ、杵で丹念に搗(つ)く。最終形態は味噌玉のよう。

この料理をレシピ的に説明するのは困難だ。見ていても目が回ってくる。

わかりやすく整理すると、「鍋」と「オクラ納豆玉」からなる。

鍋では三種の魚を煮崩れるまで煮込み、トマト・ピューレと「アジャ」というトマト風味の調味料(以上はすべてうま味)、さらにジャカスという白くて丸いナスに似た野菜と赤、緑、黄色の小さいパプリカを加える。野菜は彩り用らしく、切らずに丸ごと入れて形を残す。魚はうま味に消え、野菜は切らないで残すという発想が面白い。

それに臼で徹底的に搗いたオクラ納豆玉(これもうま味の固まり)を投入して合計一時間以上ぐつぐつ煮込む。

最後に――これは正直私たちには解せないのだが――赤いヤシ油を二リットルのペットボトル一本分、全部流し込んでしまう。これもコクを出すためなので、一種のダシあるいはうま味になるわけだが、「うわっ、全部入れるの?」と口をぽかんと開けてしまった。

日本の濃厚豚骨ラーメンもびっくりで、「うま味狂」がいるとすれば、それは日本人でなくセネガル人だろう。

納豆の炊き込みご飯

このクレイジーうま味シチューのスープ・カンジャがあとは煮込むだけになると、もう一品の「チェッブ・ジョーラ」にとりかかった。こちらは日本人にとってはスープ・カンジャよりさらに驚く料理だ。

チェッブ・ジョーラは別名「セ・ボン」と言われる。セ・ボン(C’est bon)はフランス語で「美味しい」の意味。「あまりに美味しいから『美味しい』と呼ばれるようになったの」とマンボイさんは屈託なく語る。

料理名が『美味しい』なんて世界でも他にないのではないか。しかもこの『美味しい』の主役は……なんと納豆だった。

まず、ネテトウにマギー、タマネギ、塩を加え、木臼でよく搗き、ネテトウ玉を作る。

次に米を炊く。このとき、米にネテトウ玉(と干し魚少々)を一緒に入れるのだ。

最初は意味がよくわからなかった。だが、ご飯が炊きあがり鍋の蓋を開けたとき、意味は一目瞭然、いや一「嗅」、瞭然だった。

「納豆の炊き込みご飯!」

「そうくるか!」

私と先輩は興奮して口々に叫んだ。ご飯にはうっすらと納豆の風味がついていた。このご飯を大きな平皿に盛り、ご飯からとりだしたネテトウ玉、鰺のフライ、そして別に作った三種のソース(たれ)をのせる。

ソースAはタマネギ、マスタード、酢、ニンニク粉、コショウ、唐辛子粉からなる「酸っぱいオニオンソース」。ソースBはネテトウ、マギー、タマネギ、塩を混ぜて、臼でたんねんに搗いた「ネテトウ・ソース」。そしてソースCは最も凝っていて、タマネギ、マスタード、酢、ニンニク粉、コショウ、唐辛子粉(ここまではソースAと同じ)に塩を加え、それに蒸したビサップという野菜を混ぜた「ビサップ・ソース」。

ビサップはアオイ科ハイビスカス属の一年生植物で、学名はHibiscus sabdariffa、フランス語ではオゼイ、英語名はローゼル、和名もローゼルという。ナイジェリアのダンクワリ村でも料理に使っていた。西アフリカ全体で、ひじょうにポピュラーな栽培植物であった。

実はこの植物の花を煮出したのが日本でも人気のある「ハイビスカス・ティー」である。西アフリカでは冷やして砂糖を入れ、ジュースにして飲む。「ハイビスカス・ジュース」と呼ばれる。だから本書ではこの植物を「ハイビスカス」と呼ぶことにしたい。その方が覚えやすいし、間違いではない。

このハイビスカスの葉はオクラやモロヘイヤと同様、とても粘り気がある。ネバネバは西アフリカの人にとって重要なポイントなのだ。当然納豆とも相性がよい。

最後のソースはカディちゃんが念入りに器の中でかき混ぜていたが、粘り気がすごく、まるで日本人が納豆をかき回している光景にそっくりだった。セネガル人は納豆に粘り気を求めない。セネガル納豆はうま味専門。代わりにオクラとハイビスカスの葉が十分な粘り気を生みだしている。食事にうま味と粘り気を求めている点では日本人と同じ。ただ、こちらでは「分業体制」なのだ。

すごく凝った手作りカレーライスのトマトシチューバージョン

途中、子供たちの面倒を見ながら、長丁場の料理でもマンボイさんたちは疲れる様子を見せない。ウォロフ語で誰かの噂話なのか何か話すと、シャイで無口なカディちゃんがクスッと白い歯を見せて笑う。マンボイさんはマナさんから習ったらしく、「シオ、チョット」とか「イタダキマス」などと日本語をしゃべって、茶目っ気たっぷりの流し目をくれる。

できあがった『美味しい』はパッと見は少しスペインのパエーリャにも似ていた。パエーリャではサフランライスを入れるところをこちらは納豆の風味付けをしたライス、魚介の代わりにネテトウ玉と鰺と三種の「たれ」である。最後にヤシ油を一回し。ごま油をかけるような具合だ。

「これで出来上がり~」陽気なマンボイさんがお皿を両手でもち、頭を揺らしながら歌うように言う。

「『美味しい』は早く作れていいわ~」とも。この凝った料理もセネガルでは「手早い」うちに入るらしい。

作り始めてからざっと二時間半。私と先輩は暑さと情報の洪水と驚きで半ば朦朧としていた。でもとにかく食べてみたい。

クレイジーうま味料理「スープ・カンジャ」はあえて言語化すれば、「すごく凝った手作りカレーライスのトマトシチューバージョン」。

「生魚」「干し魚」「燻製魚」の三種類の魚、マギーとアジャという二つの人工調味料、そしてネテトウ、二リットルのヤシ油。過剰なうま味が渾然一体となって疲労困憊した脳と体を直撃する。ほとんど無意識的に「むちゃくちゃうまい」と呟いていた。

ネテトウの味はわかるような、わからないような。でも、ネテトウがなかったら、おそらくこの味の厚みは出ないんだろうなと思う。

それに比べると、『美味しい』はもっと素朴。なんといってもご飯はうっすらと納豆の風味がする。ネテトウ玉は一口目こそアジアの味噌納豆を彷彿させる。でもアジア諸国では納豆をご飯に直接かけることはあまりないから、ご飯と一緒にかきこむとその味はミャンマーやタイを離れ、故郷の島国のそれに近づいてきて、「そうそう、こんな感じ!」と言いたくなる。しかも口の中で噛んでいると、どんどん日本の納豆の味へ進化していく。飲み込むとほわ~んとした、あの間が抜けたような、ホッとさせるような、裏も表も知り尽くした家族のような香りがこみあげてくる。まさに納豆。そうとしか言いようがない。

ネテトウ玉をオクラソースに合わせれば私の大好物であるオクラ納豆だし、緑の野菜はそうでなくても日本人をホッとさせる。揚げた鰺とご飯も日本人の琴線に触れる。

納豆、鰺、ご飯なのだから、朝の和定食を食べているようなものだ。「ふるさとの味だ、懐かしい」と思うのだけど、ここはふるさとでもなんでもなく、アフリカの端っこにある国なのだった。それに故郷では納豆の炊き込みご飯など、残念ながら全く一般的でない。

「納豆はアフリカから輸入しているの?」

「ネフナ!(美味しい)」と、私がマンボイさんに習ったばかりのウォロフ語で言うと、マンボイさんはいたずらっぽい顔をして答えた。「超オイシイ!」

いや、まったく。この料理は『美味しい』じゃなくて『超美味しい』に改名した方がいいかもしれない。

「参りました」と先輩のカメラが向けられたときに言った。「ここにも納豆先進国がありました」

今回紹介したセネガルの納豆はあくまで一例に過ぎない。私たち納豆探検隊はナイジェリアやブルキナファソなど、西アフリカ各地のほか、韓国にも足を運び、数々の未確認納豆の存在を明らかにした。探索の最中に見つかったのは、韓国の限界集落に伝わる隠れキリシタン納豆やブルキナファソでつくられるハイビスカスの種が原料の納豆など、食べ方もその味も、想像を遥かに超えたものだった。そして、取材を通じて幾度となく納豆観が覆されていくにつれ、私は、否応もなく「西アフリカは世界最大の納豆地帯じゃないのか?」という、恐ろしい疑念に襲われるようになったのだ。もし本当なら、私たち日本人の常識は木っ端みじんに打ち砕かれることになる。その答えは『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた』を読んで確かめてみてほしい。

面白いのは「日本にも納豆がある」と言ったときの反応で、目を見開いて驚き、「アフリカから輸入しているの?」と訊いてくるのである。大笑いしたが、思い返せば、日本でも「外国にも納豆がある」と言うと、少なからぬ人が「日本から伝わったの?」と訊くから考えることは同じだ。

納豆は自分たちだけが食べている臭くて美味い独特の伝統食品――。

アフリカ大陸の西側の民族とアジア大陸極東の民族が同じことを考えている。それがたまらなく面白い。

(高野 秀行)

高野 秀行

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