武士の身分を剥奪、首級を晒され...明治時代、日本の法律整備を急いだ江藤新平の最期

武士の身分を剥奪、首級を晒され...明治時代、日本の法律整備を急いだ江藤新平の最期

  • Japaaan
  • 更新日:2021/07/20
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激動の幕末維新を乗り越えて時は明治。西欧列強に肩を並べるべく近代化を推し進めていた日本にとって、きちんとした?ルールの整備はすべての基本となるものでした。

明治新政府で司法制度の整備を担当した元佐賀藩士・江藤新平(えとう しんぺい。天保5・1834年生~明治7・1874年没)はフランスの民法を採り入れるべく、その翻訳に取り組むのですが……。

「誤訳も亦妨げず、唯速訳せよ」

「文中にある『フランス』を『日本』に置き換えるだけでもよいから、とにかくすぐに訳すのだ!」

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日本の近代化・司法整備に大きく貢献した江藤新平。Wikipediaより

新平はフランス民法の翻訳に際して巧遅よりも拙速を貴ぶ方針をとり、しばしばそう発破をかけたそうですが、現実にはそんな簡単にはいかないものです。

「そうはおっしゃいますが、日本語とフランス語では微妙なニュアンスが違いますし、そのまま適用するのはトラブルの元になりかねません」

「そうです。日本の根本ルールとなる民法だからこそ、充分な時間をかけてでも間違いのないように翻訳すべきではないでしょうか」

翻訳に当たっていた官僚たちは口々にそう言いますが、新平には新平の考えがありました。

「誤訳も亦(また)妨げず、唯速訳せよ」

【意訳】多少のミスを気にすることなく、とにかく早く翻訳しなさい!

そもそも人間が完璧でない以上、その人間が作ったルールなんて不備があって当然。たといそれを完璧に翻訳できたところで、その不備を忠実になぞるだけ……つまり翻訳は巧みであっても、世の役には立たない自己満足に終わってしまいます。

ルールなんてものは実際に使っていく中で改良・洗練されていくものですから、まずは最低限使える状態にまでは仕上げなくてはお話しになりません。

「どんな形でも、とりあえず日本語にさえしておけば、みんながツッコミを入れて改善しやすくなるだろう」

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翻訳に没頭する江藤新平(イメージ)萬斎芳幾「東京日々新聞 六百五十六号」

民法の概念を逸早く世に広め、実際に運用することでフィードバックを集め、より日本の実情に即した形に作り上げていく第一歩としての翻訳ですから、大事なのは「ミスがないこと」よりも「みんなが理解して運用し、改善できるようにすること」なのです。

「自分たちが完璧な翻訳を成し遂げようとするのではなく、天下万民が法律の概念を理解し、力を合わせてよりよい社会を作っていく意識を醸成することこそ、我々にとって真の功績と言えるだろう」

「「「はい!」」」

自分だけがいいカッコをするより、みんなが参加できる公正な社会を目指す新平の理想に共感した官僚たちは、夜を日に継いでフランス民法の翻訳に心血を注ぎ、ついに完成させたのでした。

踏みにじられた新平の理想

そんな新平は裁判制度や警察制度の整備に尽力したのですが、不正を嫌うあまり藩閥政治の中で孤立してしまいます。

当時、明治政府の中で力を持っていた長州藩閥の山県有朋(やまがた ありとも)や井上馨(いのうえ かおる)らが関与していた汚職事件を厳しく追及。もみ消しを図る大久保利通(おおくぼ としみち)と対立した結果、明治6年(1873年)に閣僚を辞任しました(明治6年の政変)。

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月岡芳年『皇国一新見聞誌 佐賀の事件』

故郷の佐賀に帰った新平はしばらく静養していたものの、明治維新に大きな功績を上げながら、新政府に報いられなかった不平士族に担ぎ上げられ、彼らの暴発を抑えきれず、とうとう兵を挙げざるを得ませんでした(佐賀の乱。明治7・1874年)。

ますらおの 涙を袖に しぼりつつ 迷う心は ただ君がため

【意訳】大の男が情なく未練の涙に袖をぬらしているのは、ただ天皇陛下=日本国の行く末を思うゆえなのです。

これは新平が詠んだ辞世ですが、天下の政権をほしいままにする大久保は、自分たちに真っ向から逆らった新平が許せません。

そこで彼の整備した法律を踏みにじるかのように、まともな裁判もせず処刑を決定。除族(じょぞく)の上で梟首(きょうしゅ)とします。享年40歳。

除族とは武士の身分を剥奪する(士族から除く)こと、梟首とは斬首した首級を晒すことで、大久保は悪趣味にも、千人塚に晒された新平の生首写真を大量にばらまかせました。

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晒された新平の首級写真。「俺様に逆らう者はこの通りだ!」大久保の高笑いが聞こえてきそうである。

「江藤醜態笑止なり」……大久保は日記にそう書いたそうで、この振る舞いが全国の心ある者たちをして憤激せしめ、不平士族による決起挙兵が相次ぐことになります。

新平の目指した公正な社会が実現するまでには、まだまだ遠い道のりが続いているのでした。

※参考文献:
斎藤孝『幕末維新 志士たちの名言』に刑文芸文庫、2014年2月
毛利敏彦『江藤新平 急進的改革者の悲劇』中公新書、1987年5月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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