冤罪で苦しむ人の「光」に 精神鑑定で明るみになった「正義感」|#供述弱者を知る

冤罪で苦しむ人の「光」に 精神鑑定で明るみになった「正義感」|#供述弱者を知る

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2020/11/22
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供述弱者という視点で浮かび上がってきた障害。刑事の取り調べで付け込まれた障害の特性には、負の側面だけではなく〝光〟もあった。

2017年4月20日、新聞記者から精神科医に転身した小出将則医師(59)と臨床心理士の女性による獄中での精神鑑定で、西山美香さん(40)の軽度知的障害とADHD(注意欠如多動症)、愛着障害が判明した。2004年に誤認逮捕されて以来、13年もの間、殺人犯という濡れ衣を着せられてきた西山さんにとって、判明した障害は、忌まわしい汚名をそそぐカギになる。

知能、発達、愛着障害に関連する全ての検査が終わった時点で、許可された午後3時までに20分ほどの時間が残っていた。面会室で小出君は初めて事件のことを直接西山さんに聞いた。その質問には隠されたある目的があった。

獄中鑑定、「解離性障害」の可能性は

小出医師 「事件当日のことを覚えていますか?」

西山さん 「はい。看護師のSさんと巡回でおむつ交換していたら(死亡した)TさんのところでSさんが『あっ』と言った。私はその時は病室の奥のベッドの○○さんのところにいた。いつも私は奥のベッドから回るので。Sさんは『呼吸器のじゃばら(チューブ)が外れていた』と言った。Sさんは当直で仮眠中だったもう1人の看護師のKさんに指示して、痰(たん)の吸引を始めた。私は『えっ』と思った。なんで心臓マッサージをしないのかなって。そういうときは、いつもはまず、心臓マッサージをするから。それでも黙って見ていた」

小出医師 「はっきり覚えているね。動転して記憶が飛んでることはない?」

西山さん 「はい。覚えてます」

小出医師 「この事件の場面に限らず、記憶が飛ぶという経験をしたことは?」

西山さん 「ないです」

実は、会話の中で彼は西山さんに「解離性障害」がある可能性を調べていた。解離性障害とは、記憶がすっぽり抜け落ちたり、自分の行動に現実感や実感がない状態に陥ったり、自分が自分でないような感覚になったりする症状。中でも解離性同一性障害は、いわゆる多重人格で、自分の中にいくつもの人格が現れ、ある人格が表れているときには別の人格のときの記憶がない、という症状が現れる。

もちろん、私たちはすでに「西山さんは無実だ」という確信を持っていた。だが、同時に西山さんが殺人を実行したとの想定で、すべての可能性を考え、その芽を摘んでおくことも必要だった。想定し得る可能性として残ったのは「本人がやったことを全く記憶していない」という解離性障害だった。

「面談できれば解離の可能性は確認できる」

精神鑑定が許可された時点で、小出君はそう言った。私はその確認を彼に託した。

鑑定を終えて面会室から出てきた小出君にIQと発達障害の鑑定結果を聞いた後、せき込むように「解離はどうだった?」と聞いた。彼は「大丈夫。解離はない」と答え、こう続けた。

「彼女には時間軸に沿った明確な記憶があった。記憶の脱落や整合性のとれない説明もない。事件以外の場面でもそのような兆候はなかった。両親の聞き取りも合わせ、間違いない」

安心する一方で、つくづく、冤罪の立証ほど理不尽なことはない、と思わざるを得なかった。本来、立証を尽くさなければならないのは、有罪と決め付けた側のはずである。ところが、警察と検察の捜査では事実誤認や致命的な矛盾がさらけ出されているにもかかわらず、平然と有罪の主張を繰り返し、裁判所も安易に認め続けてきた。

逆に、無罪を証明する側が直面するのは、ないことを証明することほど難しいことはない、という現実だ。巨額の公費で行った捜査と裁判の不始末の事後処理を強いられているようで、理不尽なことこの上ない。

解離性障害の可能性を確認するやりとりの後も、面会室では小出君と西山さんの会話が続いた。取材班は350通余の手紙と裁判資料、家族や恩師らを通じての取材でしか西山さんのことを知らない。小出君から伝え聞く彼女の言葉には、知られざる彼女の等身大の姿が見えてくる貴重な内容があった。

小出医師 「友だちは多くないよね」

西山さん 「はい。どうしたら友だちができるのか分からず、お金を渡したら友だちになってくれるかなと思って渡したこともありました。あと、小さいころ、近所のおばちゃんが『兄ちゃん2人は良くできたけど、この子はちょっとなあ。DNAの型を調べてみた方がええんと違うか』とお母さんに言ったことがあった。お母さんが反論しなかったから、すごく傷ついた」

DNAの件は初めて聞く話だった。後に母令子さん(70)に聞いたが「全く覚えていない」と驚いていた。おそらく〝たわ言〟として相手せず、記憶にもとどまらなかったのだろう。近所のおばちゃんの〝たわ言〟は幼い西山さんの心に深い傷を残し、その後も長く尾を引く罪深い一言になった。

刑事は「よき理解者」だった 過剰な自責の念

さらに会話は続いた。

小出医師 「ものごとにこだわる方かな?」

西山さん 「はい。何か一つ決めたらやり遂げないといやです」

小出医師 「いまのこだわりは?」

西山さん 「井戸先生です。一生懸命やってくれるので信用できます」

こだわりを聞かれて知人の名をだすところは、人間関係を重視する西山さんの特徴と言えるだろう。井戸弁護士と比較する形で「1審の時は弁護士と信頼関係がなかった。弁護士に『否認していたら印象悪い。罪を認めれば9年ぐらいになる』と言われた。控訴のときも『忙しいからなかなか来れない』と言われ、一生懸命やってくれなかった」と打ち明けた。

井戸弁護士は「それが事実なら美香さんのお父さんが1審弁護団を許せないという理由は分からなくもない。無実を確信できなかったのだろうか」と当時の状況を推し量った。

人間関係では信頼できるかどうかを最も重視する西山さんは、事件の渦中、信頼の対象は取調官の刑事だった。それがあだになった。

小出医師 「A刑事に対する当時の気持ちは?」

西山さん 「好意というより、よき理解者。初めて友達ができたときの感情。この人を信用した方がいいと思った」

その後の会話では、責任感の強さと併せ「正義感が強い」という意外な素顔が浮き彫りになった。

小出君に事件直後のことを聞かれた西山さんは「最初に私を取り調べた刑事さんには『患者さんが亡くなったことには責任を感じています』と話しました」と言った。手紙にも患者の死亡について「巡回中に(異変に)気づかなかった自分に責任がある」とたびたび書いていた。

過剰とも言える自責の強さは、虚偽自白の直前のうつ状態の中で「自分のせいにすればいい」という誤った判断を導いた。一方で、それは人に頼まれたことや自分の仕事には責任を持ちたいという西山さんの良い一面とも言える。

刑務所の面会室では、西山さんのある言葉が小出君の印象に強烈に残った。

「坪井裁判官だけは許せない」

面談を終えた小出君は、刑務所の外で待っていた私と角記者に書いたメモに目を落としながら「坪井裁判官って誰かな?」と聞いた。

思い当たったのは第1次再審請求審で棄却した1審・大津地裁の裁判長、坪井祐子裁判官(現大阪高裁判事)だった。7度にわたる裁判で「有罪」を認定してきた裁判官は24人に上る。なぜ、ことさらに1人の名前を特定して「許せない」とまで語るのか、私と角記者にもすぐには理解できなかった。

後にわかるのは、この場面こそが、西山さんの「理不尽なことが許せない」という特徴的な一面を表している、ということだった。

坪井裁判官と他の裁判官との違いは、別の事件で検察と〝裏取引〟をして有罪に導いた過去がある、という経歴だった。坪井裁判官は、同じ滋賀県の事件で2018年に大津地裁が再審開始を決定した日野町事件(1984年発生)の1審・大津地裁の裁判官を務めた。この時の無期懲役の有罪判決は今も「いわく付きの判決」と語られる。

判決を起案する陪席裁判官(=坪井裁判官)が法定外での担当検事との打ち合わせで「起訴事実の殺害場所や時刻、被害品をぼやかしたほうがいい」と有罪判決に導く〝裏取引〟を持ちかけたことを毎日新聞が報じ、衝撃が広がった。裁判所はコメントしなかったが、検察官が認めた。

冤罪で苦しむ人たちのために 西山さんのいまの姿

西山さんは、獄中にいたときから他の冤罪事件にも強い関心を持ち、同じ滋賀県内で起きた日野町事件は裁判の内容についても詳しく勉強していた。

出所後の西山さんに発言の真意を聞くと「裁判官なのにそんなことをするのが許せないと思うんです。自分の裁判じゃなくても、やっぱり腹が立ちます。許せません」と、坪井裁判官に対しては自分が棄却されたことよりも、日野町事件のことに憤っていた。

そのことを小出君に伝えると、彼は「なるほど、そういうことか。それも彼女の特性の一つだよ」とうなずいた。

「検査でわかったADHD(注意欠如多動症)の特性としては、集中力が持続しなかったり、感情にムラがあったり、急に予定変更をするとパニックになる、などがあるが、彼女の場合はASD(自閉スペクトラム症)の傾向も実は出ているんだよ。その特徴として、人によっては正義感が強く出るケースがある。曲がったことが許せない、というね。彼女がその裁判官を許せないと言ったことに、これで納得できたよ」

不正義は許せない、という特徴とともに、もう一つの彼女らしい性格を私たちは後に知ることになる。それは、小学校の通知表に担任教師たちが書いた「(他人に)優しい」という一面だった。自責の感情が強い傾向のある西山さんは、自分の苦しみよりも自分の周りの人が苦しんでいる状況に、より苦痛を感じる。

出所後、苦しみながらも再審への道をあきらめなかった彼女が、繰り返し私たちに訴えたことがある。それは、両親への思いだった。

「再審を続けることは本当に苦しい。だから、何度もやめたいと思う。自分のことだけだったらやめられる。でも、冤罪のせいで一番苦しんでいるのが両親なんです。だから、両親のためを思うと、やめられないんです」

苦しむ人のために間違っていることを正したい。そんな彼女の行動原理は、ことし3月の再審で晴れて無罪になった後も変わらない。出所後から、冤罪被害を訴えながら再審が果たされない人たちのために街頭で署名活動をしたり、講演に応じたり、という救援活動を続けているのも「助けたい」という思いがその背景にある。

西山さんの軽度知的障害と発達障害、愛着障害は、事件で刑事たちにその〝弱み〟に付け込まれ、冤罪という苦しみを強いられた。だが、その特性は必ずしも負の側面ばかりではない。彼女の生来の性格は、冤罪被害者を支援するという役割を受け入れたいま、逆に〝光〟となって不遇な境遇の人たちを照らそうとしている。

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西山さんは発達障害が分かった当初はショックを受けたというが、いまは前向きに歩んでいる(Christian Tartarello撮影)

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