私は縁の下の力持ちになる。でも、穏やかに暮らせる日はきっと来ない

私は縁の下の力持ちになる。でも、穏やかに暮らせる日はきっと来ない

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2023/01/25
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学生時代は、音楽バンドに打ち込んできた。ジャズバンドで、私はビックバンドに対し、少人数で行うコンボの形で行なっていた。固定のバンドがあるわけではなく、あっちこっちでゆるくつながっていたので、 根無し草と言ってよかった。

たかだかサークル活動ということもあり、一人本気で音楽に向き合おうとする私は、最初は「頑張っても無駄」「バカみたい」と陰口を叩かれた。

隣の部屋との間には扉が一枚あるだけだから、全部聞こえていた。わかって言っていたのかもしれない。

それでも続けていたら、少しずつ、できることが増えた。仲間ができ、学外では親友もできた。後輩にはついてきてくれる子たちもいた。やる気のある子にはこちらから声をかけた。

同期では、普通に話しかけてくれる人もいたけど、同じように音楽に打ち込もうという人はいなかったから、私がその子たち皆を見るしかなかった。

同期との差は開いたけど、味方でいてくれる友人もいた。学内では誰も一緒に組んでくれなかったし、陰口を叩いていた人たちは、何か言いたそうにはしていたけど、特に何か言われたりということはなくなった。

いつの間にか、「この地域の、二十代のこのパートの中では一番うまいね」と言われるようになった。

確かにそうかもしれないけど、上手い人は皆東京にいるから、この地域にはいないだけの話で、それでも上の世代には私なんかより上手い人がゴロゴロいる。同年代だって、他のパートも含んだら私が一番ではないだろう。だから実は大したものじゃない。

私は分かっていたけど、周りはそういう事情をよく知らなかったらしい。勝手に持ち上げられ、あまりいい気分はしなかった。

仕事にしたらいいと言われたし、そういうお誘いもあった。しかし私には、お嫁さんになるという夢があったので断った。

ひいき目なしに住みやすい、出身地の静岡。でも人口流出が止まらない

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彼氏に「これはやめようと思う」と話すと、急に態度が変わった。お嫁さんになりたいなんて言ってないのに、突き放された。彼は私の周りの人たちとばかりつるんで、サークルに顔を出さなくなった私のことは、少しも気にかけなかった。

見兼ねた友人が、私の彼氏に一言言ってから、他の男性を紹介してくれた。かねてより私に興味を持ってくれていた人らしい。私もすぐに彼を好きになり、彼氏と話をつけてから、付き合うことになった。

新しい彼氏は、私のことを大事にしてくれるし、肩書きのことなどは全く気にしていなかった。私の気持ちも固まった。

しかし、バンド活動はやめるときっぱり言ってから、途端に周りが冷たくなった。

輪の中にいても空気扱い。喋る気も失せた。当時はテレビもネットもほとんど見なかったから、世間の流れにはついていけなかった。声をかけられるのは、そのことを揶揄される時だけだ。

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練習室にいると、隣の部屋からはまた悪口が聞こえてきたが、頭がそれを受け付けなくなり、意味を理解できず、右から左に聞き流すばかりになった。

心配してくれる人もいたが、私の悪口に反論すれば、その人がひどく言われることになる。気にしなくていいと言ったが、1人だけ「それは友達じゃない」と、言い返してくれた人がいる。

離れてからあまり連絡は取っていないけど、本当に友達だと言える人は、他にそういない。彼を通して、彼氏は私の状況を把握していたらしい。だから彼氏も、私の周りにいた友達のふりをした人たちを憎んでいる。

自分の名前で検索をかけない方がいいと言う人もあったが、言われなくてもそのつもりだったし、何が起こっているか、大体の想像はついていた。

どうせ面と向かって言えない悪口が書かれているんだろう。後輩たちは実力主義の世界で私の方を慕ったし、その後輩たちの方が、同期たちよりよほど上手い。私の先輩たちだって全員ではないけど、上手いかどうかはともかく、偉そうな人ばかりだったから、その真似をしたかったんだろうけど、私のせいでできなかった。その鬱憤を晴らしたかったんだろう。

もう検索しても大丈夫と言われたけど、やっぱりまだ怖くて、調べることはできない。だから自分の名前が割れることはしたくないし、今回も、こんなぼかした書き方しかできない。

それにしても、ここまで悪く言われた理由がわからなかった。彼氏も言わなかった。それでも質問責めにして、やっと教えてもらった。

皆、私の肩書きを使って、知り合いだとか友達だとか言って、いい思いをしていたらしい。それが無くなることへの反発と、もう一つの方が本当の理由だけど、皆この立場が羨ましかったらしい。

私は特別努力をしたわけではないと思う。好きなことを好きなだけして生きてきた。ただ、言われるまで気がつかなかったけど、耳だけはよかったかもしれない。

皆が遊んでいる間にも練習して、行き帰りの電車の中でも呼吸を意識し、姿勢を整え、楽器に必要な筋肉がつくよう心がけていた。いつも頭の中で音楽を流して、これはいいと思ったら試してみる。誰もいなくなった練習室にこもって譜面をにらみ、音や指の確認をし、一人でカップ麺をすすった。

不思議と孤独も不安もなかったが、こういう姿を見て、皆は笑っていたんだろう。

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私が練習するのを無駄だと言っていた人たちが、そのくせ上手くなりたいとか思っていたとは驚いた。

ジャズには理論がつきものだけど、私の尊敬する人たちは、プロを含めそういうことは言わなかった。「ハズレの音を出してしまっても、上手くリカバーできたら気持ちいい音になる」と、世界的アーティストが言っていて驚いた。だから理論も大事だけど、それしか言わない人を信用していなかったし、案の定、そういう人で上手い人はいなかった。

だから私は、椅子に踏ん反り返って講釈をこく人たちのことを白い目で見ていた。同期も先輩も、そんなのばかりだった。

他大学の友人の所に遊びに行った時も、それは感じた。私たちのところだけではないらしい。ここは実力主義の世界だから、どんなに口が上手くても、楽器が上手くなきゃしょうがない。

実力主義というと怖いものに聞こえるかもしれないけど、実力もへったくれもないのに負けん気だけは強い、本当のクソガキの頃から、周りの人たちにはよくしてもらってきた。お世話になった人より上手くなったとも言われたけど、その人のことはずっと尊敬している。これは一生変わらないと思う。皆で手を繋いでゴールする世界より、順位をつける世の中の方が優しいのかもしれない。

言葉の力の大きさも知ったけど、ここは楽器で語り合う場所だ。意見があるなら楽器で言え。それが私たちだったから、言葉で何かを伝えることを私は知らなかったし、今も上手くはない。

私は私を攻撃した彼らを軽蔑しているけれど、人間として否定することまではしていない。多分、そこまで相手にしていないんだと思う。私たちとは別種の人間。

それでも分かり合えるけど、あの人たちとは関わり合いになりたくない。それでも、こういう人間はいつの時代もいる。どこにでもいるものとして生きていくしかない。

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もう疲れたから、私は表舞台に立つことをやめた。楽器もやめた。こんな狭い田舎では、また同じことの繰り返しだし、私はもう手を抜いて音楽をすることはできない。その一方で、体を張って戦うことだけが、何かを成し遂げる方法ではないとも知った。

私はもう戦わなくていい。代わりに戦ってくれる人たちを裏で支え、その人たちが褒められるのをにっこり眺めていよう。特等席で彼らの活躍を眺められるだけでなく、私の場合は彼氏を裏から操作できるという特権付きだ。この権利を使わない手はない。

後輩には、特に可愛がった子が男女数人ずついた。この世界に身を置く女の辛さというものを知っていた私は、「女の子ばかり可愛がる」と男の子たちから文句を言われたものだが、それでも女の子は皆、音楽に打ち込むことをやめた。いっそ厳しくしたほうがよかったのかもしれないが、女の子はやはり可愛い。男の子たちも皆可愛いのだが、彼女らをきつく叱ることは私にはできなかった。

「裏方に徹します!」と言った子は本当に気がきく子で、私たちの先回りをしてなんでも動いてくれた。その行動以上に、彼女の気持ちに助けられた。私も彼女に負けていられない。

彼氏がまた、とんでもない依頼を持ってきた。

このサポートもまた私がしなければならないらしい。

やっと大人しく生きられると思ったのに、神様も私を休ませてはくれないらしい。でっかい企画をぼんぼん持ってきては、「あとは頼む」と任されてしまう。

戦略を立てて彼に伝えると、「あとは任せろ」と持ってかれてしまう。そしていつの間にか成果を上げ、私には全て事後報告。いつの間にか、すごい人とお友達になって、さらに大きい企画を持ってくる。細々とつつましく暮らすはずだったのに、私の夢は無残にも打ち砕かれた。

私が穏やかに暮らせる日はきっと永遠に来ない。彼と共に、一生働き詰めだ。それでも喜びの声を聞くと、こんな人生も悪くないと思う。そういう運命だと割り切って、次の企画に励もう。次は世界規模だけど、皆がいるから、きっと大丈夫。

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もんしろ

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