「学校内予備校」に保護者や教員からの意外な評判 費用無料の背景に教育費切り詰めの“経済格差”

「学校内予備校」に保護者や教員からの意外な評判 費用無料の背景に教育費切り詰めの“経済格差”

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  • 更新日:2023/01/25
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都立松原高校「進学アシスト校事業」の授業風景。(写真/AERA編集部・川口穣 2019年撮影)

東京都教育委員会(都教委)は進学実績の向上を図るため、新年度から民間の塾講師を都立高校に招いて受験指導を行う。いわば「学校内予備校」の開設である。受講費用は全額を都教委が負担する。実施校は一部に限られるが、教育費の捻出に悩む世帯にとっては朗報だろう。今回の受験講座は、都教委が昨春まで都立2校で実施してきた「進学アシスト校」の拡大版である。これについて「都立高校が予備校講師を招くなんて、本末転倒」「逆に教師の負担が増える」という声もある。では、実際はどうだったのか。まずは進学アシスト校に指定されていた都立松原高校(世田谷区)に聞いた。

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松原高校は京王線桜上水駅から徒歩5分ほどのところにある生徒数600人弱の中堅校である。

2019年、進学アシスト校に指定され、3年間、塾講師による講座が設けられた。さらに松原高校は、昨年度末に事業が終了した後も独自で予備校と契約を結び、引き続き講座を実施している。それは進学アシストが生徒や保護者に好評で、教員の理解も得られていたことを意味する。

「今回、大学入学共通テストを受験した3年生は本校が進学アシスト校であることを知ったうえで入学してきた初めての生徒なんです。なので、進学アシストでどのような効果があったのか、検証できると思っております」

松原高校の土崎祐一郎副校長は、そう語る。

■教員からの反発は?

では、実際に手ごたえをどう感じているのか?

「本校の場合、指定校制度を使って進学先を決める生徒が多かったこともあって、以前は大学入試センター試験(現・共通テスト)を受験する生徒は40人ほどでしたが、今年は100人近くに増えました」

一般受験で中堅以上の大学を目指す生徒を増やすことで、学校の特色の一つにしたいと考える松原高校としては、十分な成果だったに違いない。

4年前、進学アシストの業務を受託されたのは学校内個別指導塾を運営する「スクールTOMAS」である。

気になったのは、高校が塾講師を受け入れることへの教員の反発だ。

それについて尋ねると、「教員からの異論は特にありませんでした」と、土崎副校長はあっさり言う。

教科は英語、数学、国語の3教科。1講座60分の授業が学校休業日の土曜日午前中に行われた。

「担当の方は各教科1人なので、1時間目は1年生が英語でしたら、2年生は数学で、3年生は国語。同様に教科をずらして、2時間目、3時間目を実施しました」

学校からみれば外部に当たる塾関係者を学内に入れることになるので、当然、学校側の教員の一部も出勤が生じることになる。本来、休日である土曜日に出勤しなければならないことで教員の負担が増えたのではないか?

「講座の当番は教員のボランティアというわけではありません。当番は順番でまわってくるかたちにしました。休日出勤については振り替えで休みをとってもらいました」

■終了後も独自に予備校に依頼

進学アシストが始まった19年度の4月に受講希望者を募ると、1年生45人、2年生42人、3年生21人が手を挙げた。

「受講に際して、選抜試験は行っていません。希望した生徒全員が受講しました。ただ、3年生はすでに自分で学習塾を選んでいたこともあって少なかったです」

受講期間は基本的に5月から翌年1月までだが、受験を控えた3年生は12月で受講を終えた。

「講座を始めた最初の年度の生徒は『じゃあ、やってみるか』みたいな感じで、まだ進学に向けての意識はそれほど高くはなかったと思います。しかし、それ以降は学校説明会などで、本校は進学アシスト校の指定を受けて、進学への準備活動に力を入れています、と伝えてきました。生徒たちもそれを理解したうえで入学しています」

昨年度、進学アシスト事業が終了すると、「もう、進学アシスト校ではなくなるんですか、みたいな雰囲気になった」。そのため、今年度は城南進学研究社に依頼して、引き続き講座を開設している。

「以前のように無償ではないんですが、学習塾に通うよりは少しプライスダウンしています。今回は『受験英語講習』ということで、土曜日に90分授業を年間15回組みました」

■来年度から実施校を拡大

都教委の高等学校教育課学校経営指導担当の加野哲朗課長によると、新年度から始める新事業は、従来の進学アシストをベースにしたものという。

「これまでとは学校を変えて中堅校、もしくはややそれよりも上くらいの都立高校で実施することを想定しています。まだ予算査定中なので学校の数は申し上げられませんが、従来の2校よりは増やしたいと考えています」

事業を委託する企業は入札によって選定される。

「どの教科の講座を開設するか、などは予算規模で変わってくるので、現段階では検討中、ということになります」

進学アシストを受ける生徒や保護者にとって、最大のメリットは金銭的な負担がないことだろう。

都教委が昨年4月に公表した「都立高校の現状把握に関する調査の結果について」によると、「高校の選択理由」(11年、16年、21年に調査)は、都立高校に在学中・卒業した人は「教育費が負担できる範囲だから」が常に上位に挙がった。

ちなみに、私立高校の場合、10年以上前から一貫して「大学等の進学に実績があるから」が選択理由の上位である。

■世帯年収増加のからくり

学力格差は経済格差、といわれる。

ベネッセ教育総合研究所の「学校外教育活動に関する調査2017」によると、世帯年収によって通塾費用には大きな開きがある。

1カ月あたりの教室学習活動の費用は、世帯年収400万円未満が3300円。400万~800万円未満が6100円。800万円以上が1万3800円。つまり、年収800万円以上の世帯は、400万円未満の世帯の4倍以上も塾などに通う費用を支出している。

一方、厚生労働省の「2021(令和3)年 国民生活基礎調査の概況」によると、児童のいる世帯の平均所得金額は、11年は697万円。20年は813万5000円で、16.7%増加している。一見すると、子育て世帯の所得は右肩上がりに増えているかのようだ。

ところが、である。

この数字を押し上げているのは、主に世帯所得金額1000万円以上の裕福な家庭だ。その金額の世帯が占める割合は11年に15.6%だったのに対して、21年は24.8%に増加している。

21年の年収800万円未満の子育て世帯は全体の59%を占める。つまり、この10年で、一部の富める子育て世帯はますます富み、中間層以下の大多数の世帯との二極分化が著しくなっている。

■コロナ禍で何が起こったか

NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの理事長、大西連さんは子育て世帯の貧困の深刻さが増すのを肌で感じている。

毎週土曜日に東京都庁下で行っている生活困窮者への食料品配布で、最近、子ども連れを目にするようになった。昨年末に取材した際、大西さんは、こう語った。

「私は路上での支援活動を10年以上やってきましたが、初めて目にする光景です」

大西さんは、コロナ禍が中間層の子育て世帯の家計にダメージを与えているに違いないと語る。

「例えば、子ども2人の4人家族です。夫は正社員でコロナ以前に年収400万円稼いでいました。妻がパートで100万円稼いでいました。世帯年収500万円って、別に貧困層でもなんでもない中間層の人たちです。それがコロナになって、夫の年収が350万円に下がりました。妻はパートを辞めました。そういうパターンが結構あると思います」

さらに、大西さんは、こう続けた。

「家計補助的な労働をしていた人が辞めると、その家庭では何が起こるか? 子どもの習い事を減らす。塾には行くけれど、夏期講習はやめるとか。子どもの育成や進学という観点で見ると、マイナスになることが、じわじわと効いてくる。そういう目に見えづらい影響が子育て世帯にすごく出てくるんじゃないかな、と感じています」

経済的な理由で十分な受験対策ができず、進学や希望する進路をあきらめる生徒を減らすのに進学アシストは有効に機能する。それを一番実感していたのは現場の教員だったのではないか。だからこそ、彼らは塾講師をすんなりと受け入れたのではないか、と感じた。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)

米倉昭仁

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