保阪正康「読書が持つ三つの役割と、歳を重ねて気づいた芥川の文章の魅力」

保阪正康「読書が持つ三つの役割と、歳を重ねて気づいた芥川の文章の魅力」

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2022/06/23
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来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第17回は、ノンフィクション作家の保阪正康さんに伺います。

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保阪 正康(ほさか・まさやす)

1939年12月、札幌市生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。評論家、ノンフィクション作家。出版社勤務を経て著述活動に入る。主に近代史(特に昭和史)の事件、事象、人物に題材を求め、延べ四千人の人々に聞き書きを行い、ノンフィクション、評論、評伝などの作品のほか、社会的観点からの医学、医療に関する作品を発表している。現在、個人誌『昭和史講座』を主宰。2004年菊池寛賞、2017年『ナショナリズムの昭和』で和辻哲郎文化賞受賞。著書に『昭和陸軍の研究』、『東條英機と天皇の時代』、『昭和史七つの謎』、『昭和史の大河を往く』シリーズほか多数。

文学に親しんだ少年時代

私の読書歴をふり返ると、小学校の高学年になって子供向けの小説、評伝などに厭き、父親の本棚の全集に手を伸ばして、武者小路実篤や芥川龍之介、さらに伊藤左千夫などを読むようになった。

私は芥川の作品が好きで、分かっても分からなくてもとにかく読んだ。中学生の時に手にした『河童』は、特に、分かったような分からないような気持ちになった。生まれてくる時、この世に生まれてきたいか否かを事前に実際に確かめるとしたら、自分の出生に自分が責任を持つことになるのだろうか、と思ったりもした。

高校時代、私は極めて内向的であった。周囲は懸命に受験のために勉強の日々を過ごしているというのに、私ときたら小説を読んだり、脚本を書いてみたり、好き勝手な生活をしていた。そんな時も純文学の作家を中心に、小説類はよく読んだのである。気軽に読みたい時は、大体が芥川の作品を手に取った。また夏目漱石、森鴎外などは言うに及ばず、新感覚派やプロレタリア作家まで手に取った。そのうち社会科学系の書を少なからず読むようになったが、こちらは読書を深めるほどには至らなかった。

読書が持つ三つの役割

少年期にはこうした読書傾向を持ち、そして青年期、壮年期には一般書や歴史書を読んだことになる。むろんその間に、ベストセラーの書も読んだりと、とにかく本を離さない生活を送ってはきた。そこで感じたのは、読書には、年代に応じての関心事を満たすための書、あるいは職業上の必要から読む書、そして自らの生き方を確認するために読む書、という三つ役割があるのではないか、ということである。

私の場合、50代からの読書は、自らの生き方を確認するための書が多かったように思う。それと少年期に読んだ作家でも、その頃には関心を深めなかったが、高齢になって改めて読んで感動するというケースもあった。 そういう作家が何人かいるのだが、ここではやはり、あえて芥川龍之介をあげておきたい。

芥川のエッセイや紀行文は、少年期には読んでいなかった。ところが全集などでこうしたジャンルの作品を読んで、改めて芥川の文章の先天的才能に驚かされた(今は岩波文庫から『芥川竜之介紀行文集』山田俊治編として刊行されている)。文章に惹かれるだけでなく、文章の持つイメージの無限の広がりに、高齢であるだけに感嘆する。私は50代を過ぎたなら、こうした作家の名文に親しみ、その才能を受け止める余裕を持ってほしいと思う。老いても感性を持続させる道である。

作家の試みを読み解く楽しみ

これらの紀行文は、いずれも芥川らしく、長編としては書かれていない。まるでエッセイのような趣である。例えば1918年7月22日、29日に『大阪毎日新聞』に書いた「京都日記」では、宿が分からず戸惑っている車夫の様子を書きながら、京都の街に多い竹藪について描写している。その竹藪についての芥川の筆が感動させる。

「不思議に京都の竹は、少しも剛健な気がしない。如何にも町慣れた、やさしい竹だと云う気がする」

などの表現は、高齢に差しかかる世代にはよくわかる実感なのである。

芥川には、中国を新聞社の海外視察員として見て回った紀行文もある。これは『支那游記』として一冊にまとめられている(前掲『芥川竜之介紀行文集』にも収録)。この紀行文は文体の上でも幾つかの新しい試みを行なっている。そうした試みを読み解くのも読書の楽しみであろう。

芥川は日本語の流れを時代の中で受け止め、それをさらに自らの感性と才能によって独自の文体として作り上げる途次だったのであろう。その志の半ばで死を選んだのは、時代を予兆していたのだろうか。暴力に憎悪を持っていたこの作家は、明らかに軍事の暴力とロシア革命以後の左派の革命暴力を予感し、そして恐怖を味わっていたのだと思う。

老いると、それが理解できるのだ。

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『芥川竜之介紀行文集』山田俊治編(岩波文庫)

芥川の国内旅行記と中国紀行を収録した一冊。1921年、「大阪毎日新聞」視察員として中国(上海、杭州、南京、北京など)を訪れた芥川は、それまでの伝統的な中国像にとらわれることなく、現地の実情や対日観を冷静に見つめ、紀行文として新たな方法を試みた。芥川の作品中でも特異な文学ルポルタージュ。詳細な注解付き。

保阪正康

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