ニューヨークに「ビースティ ボーイズ スクエア」が誕生

ニューヨークに「ビースティ ボーイズ スクエア」が誕生

  • タイムアウト東京
  • 更新日:2023/09/19

ニューヨーク市が、ロウアーイーストサイドのラドローストリートとリヴィントンストリートの交差点を「ビースティ ボーイズ スクエア」と命名することを正式に承認してから約1年。2023年9月9日、この新名称とヒップホップ誕生50周年を祝う除幕式とブロックパーティーが開催され、市関係者や市議会議員のクリス・マルテらとともに、ビースティー・ボーイズのマイク・ダイアモンド(マイクD)とアダム・ホロヴィッツ(アドロック)が参加した。

この場所は、同グループの2ndアルバム「Paul's Boutique」の見開きジャケットにフィーチャーされたことでよく知られている。また、同作に収録された楽曲の歌詞にはニューヨークを代表するアーティスト、地名、スポットなどへの言及があることから、ニューヨーク文化が最も色濃く反映されたアルバムとみなされることが多い。

この象徴的な場所の名称をグループの名前を冠したものにするために、ほぼ10年にわたる働きかけがあった。きっかけは、2012年にメンバーの一人、アダム・ヤウク(MCA)の死去。尽力したのは、音楽とヒップホップの支持者で、ブルックリンの「クリストファー ウォレス ウェイ」やスタテン島の「ウータン クラン ディストリクト」の命名にも関わった、ルロイ・マッカーシーだ。

ニュースサイト「DNAinfo」の報道によると、彼の当初の要請は2014年に却下されている。命名に必要な全ての要件を満たしていないとして、ロウアーイーストサイドのコミュニティー委員会が反対票を投じたのだ。それから5年間、マッカーシーがこの提案を再び委員会に持ち込むことは禁止されたが、2022年にようやく要請が認められていた。

Shaye Weaver / Time Out Tokyo Editors

Shaye Weaver / Time Out Tokyo Editors

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