絶対王者・羽生結弦をめぐる「大メディアフィーバー」に潜むもの

絶対王者・羽生結弦をめぐる「大メディアフィーバー」に潜むもの

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/02/16
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3ヵ月の「不在」から、羽生結弦が帰ってきた。「挫折」を経たことで、彼の「物語」はとてつもなく大きなものになるかもしれない。歴史的決戦を前に、ジャーナリスト・森田浩之氏が大フィーバーを考察する。

羽生結弦フィーバーが起きている

羽生結弦をめぐって、日本のメディアが大フィーバーを繰り広げている。

羽生が昨年11月に負傷して以来、3ヵ月ぶりに姿を見せてからというもの、メディアの報じ方がすさまじい。

2月11日に調整先のトロントから韓国入りしたとき、NHK『ニュース7』は番組のほとんど冒頭の項目で「羽生選手、韓国到着」を伝えた。

空港での報道陣とのやり取りも、1分半ほどのものだったが、すべて放送したようだ。新聞各紙は翌日の朝刊で、羽生の韓国入りを一面で報じた。

翌12日、羽生が現地での初練習を行うと、NHK『ニュース7』はなんとその模様を生中継した。

時間は午後7時5分ごろ。もともとカメラが取材に入っていたとはいえ、番組の時間にあまりにぴったりで、NHKと羽生側で打ち合わせができていたのではと勘ぐりたくなるほどだった。

この日の『ニュース7』では、「羽生、初練習」の第1報を伝えた後、他のいくつかのニュースを報じ、その後再び羽生の練習の模様に戻った。

練習といっても、この日はほんの足慣らし程度のもの。アナウンサーも映像にかぶせる言葉に困ったのか、「(羽生が)上着を脱ぎました」と2度言っていた。羽生が平昌のリンクで上着を脱いで滑ったことが、7時のニュースの大きな項目になってしまった。

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羽生の「物語」は壮大なものになる〔PHOTO〕gettyimages

13日午前、羽生は本番の舞台となるリンクで練習した後、記者会見に応じた。しかも、このスケジュールは前日からテレビや新聞で喧伝されていた。

記者会見の一問一答もメディアのサイトにノーカットでアップされており、誰でも羽生自身の言葉に接することができる。

こんなアスリートが今までいただろうか。

「戻ってきてくださって、ありがとうございます」

もちろん羽生は、まだ平昌で栄冠を勝ち取ったわけではない。

けがを(おそらくは)克服してオリンピックに出場できる見通しとなり、現地入りし、氷上でいくらか滑っただけだ。それが微に入り細に入り報じられている。いま羽生をめぐるメディアは、やや躁状態に陥っているかのようだ。

彼の一挙手一投足がこんなにも報じられるのは、3ヵ月という羽生の長すぎた「不在」によるものだろう。この3ヵ月という時間が、羽生を求める「飢餓感」のようなものを生み、それが爆発したように思える。

ただ羽生の不在によって飢餓感をおぼえていたのは、ファンや視聴者よりも、どちらかといえばメディアかもしれない。

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〔PHOTO〕gettyimages

13日の午前中に羽生は本番のリンクで調整し、その後に約20分の記者会見を行った。

そこで印象的だったのは、数人の日本人記者が質問の前に「戻ってきてくださって、ありがとうございます」と言っていたことだ。

これは「私たちの前に、勝負の場に、戻ってきてくれてありがとう」という意味だろう。しかし「けがから復帰されて、おめでとうございます」という祝福の言葉を受けるならまだわかるが、このように感謝されるアスリートはめったにいないはずだ。

この会見には英語の通訳がついていて、「戻ってきてくださって、ありがとうございます」という日本語を字義どおり、“Thank you so much for coming back.”と訳していた。

会見場にいた外国人ジャーナリストには、日本の記者たちが何に感謝しているのか、よくわからなかったかもしれない。

時代を超えたヒーローの語られ方

ここまで羽生が持ち上げられるのは、もちろん実績と人気があるからだ。しかし今、羽生の「物語」はそこにとどまらない。

右足首の負傷から3ヵ月にわたって試合に出られなかったという「挫折」を経たことで、彼の「物語」はさらに壮大なものになる可能性がある。

ジョーゼフ・キャンベルというアメリカの神話学者がいる。彼はその著書『千の顔をもつ英雄』(邦訳・早川書房)の中で、ヒーローの語られ方に時代や文化を超えた共通の枠組みがあることを指摘している。

キャンベルによれば、世界の英雄伝説には「セパレーション(旅立ち)→イニシエーション(通過儀礼)→リターン(帰還)」という3段階の構造がある。

「セパレーション」の段階では、ヒーローは冒険への使命を受け、日常の世界から危険な世界へと旅立つ。

「イニシエーション」では、魔の領域に突入したヒーローがさまざまな試練に直面する。そこでヒーローは超自然的な能力を獲得し、ついに偉業を達成する。

最後の「リターン」で、ヒーローは元の世界に帰還する。彼は冒険で得た収穫物を人びとに与える。それによって共同体は活気に満ち、祭りが行われ、社会の秩序が保たれる。

この英雄伝説の基本構造がわかると、古今東西、いかに多くの小説やオペラや映画に、キャンベルの言う物語の形式が使われているかが見えてくる。

あのジョージ・ルーカスも映画『スター・ウォーズ』シリーズを構想したときに、キャンベルの分析から影響を受けたことを認めている。

平昌での本番を直前に控えた羽生の「物語」は、キャンベルの英雄伝説理論のなかでは「イニシエーション」の途中なのだろう。

オリンピック連覇という壮大な目標への旅立ちの後に、彼を襲ったのは右足首の負傷という「試練」だった。

いま羽生はそこから立ち直り、「偉業」を達成して「イニシエーション」を完璧なものにしようとしている。

いや、「イニシエーション」を完璧に終わらせたいと思っているのは、羽生よりも日本のメディアかもしれない。

「イニシエーション」が完了すれば、次の段階の「リターン」で彼の属する共同体は祭りをとり行い、活気に満ちる。

メディアはその「リターン」のときを期待して、「イニシエーション」の完了をやや興奮ぎみに待ちわびている。

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〔PHOTO〕gettyimages

「どの選手よりも一番勝ちたい」

そんな日本メディアの前のめりの姿勢をよそに、羽生は持ち前の「メディアジェニック」な感性を静かに発揮しつづけている。

「メディアジェニック(mediagenic)」とは、以前の記事(〈絶対王者・羽生結弦は「メディア対応」も世界一〉や〈羽生結弦が『情熱大陸』の「感動の文法」にハマらなかった理由〉)で書いたように、「メディア映えする」「メディアをうまく利用できる」ことを指す。

今のアスリートはおしなべてメディア対応がうまくなったが、羽生のそれは他の選手を圧倒する。

今回のオリンピックでも、その才能は存分に発揮されている。たとえば、韓国入りした空港で記者対応をしたときに、羽生にこんな質問が飛んだ。

「今のコンディション何%ですか」

羽生は「えーっと……」と答えはじめた。これを見ていて、まじめに「85くらいですかね」などと答えるつもりなのかと心配になった。

しかし、そこは羽生。目をくりくりと動かして、ほんの一瞬だけ間を置いた後に、こう切り返した。

「……そうですね。まだ滑っていないのでわかんないです。ただ、団体戦も見ていましたけれども、(自分は)どの選手よりも一番勝ちたいという気持ちが強くあると思いますし……」

周りがそうと気づかない程度に、話題を違う方向に持っていっている。「メディアの子」とでも呼びたい羽生のメディアジェニックな能力は、相変わらず高い。

羽生結弦の決戦がついにはじまる

メディアの「羽生フィーバー」は、16〜17日の男子シングルの本番で頂点に達する。「絶対王者」とまで呼ばれた金メダル候補が、3ヵ月の不在を経てオリンピックのリンクに帰ってくるのだ。

しかし、羽生はどれだけのパフォーマンスができるのか。それがメダルに──それも彼が狙っていると公言する金色のメダルに見合うものになる可能性はあるのか。

練習を見た記者や専門家がさまざまなコメントを出しているが、本当のところを知っているのは彼の最も近いところにいる数人だけだろう。

だから、メディアはフィーバーする。羽生がまともに滑ることができるかどうかも、100%はわからない。ましてメダルを取れるかどうかなど、当然わかるはずはない。

この状況で羽生が本当に金メダルを獲得すれば、メディアでは大変な「物語」が作られることになるだろう。

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〔PHOTO〕gettyimages

先述した神話学者キャンベルの理論に基づくなら、「イニシエーション」がそこで完了し、「リターン」の段階に入る。

羽生が代表する共同体は、歓喜の声で埋め尽くされる。ファンはもちろんそうだろうが、メディアもそのときを待っている。

もし羽生が金色のメダルに手が届かなくても、メディアはさまざまな物語を用意する。

たとえば団体戦の男子ショートプログラムで1位になった宇野昌磨が金メダルに輝き、羽生自身は別の色のメダルになっても(さらにメダルを取れなかったとしても)、素敵な物語はいくらでも作られる。

アスリートをめぐる物語は、共同体が重要視する価値観を表すものになることが多い。

社会学者のアービング・ゴフマンらの理論を借りれば、価値観は抽象的なものなので、共同体が称賛することはむずかしい。そのため、価値観を表すシンボルが必要になる。

このシンボルが、ときに人のかたちをとる。そのひとつがヒーローであり、ときにはスポーツヒーローなのだ。

羽生が、日本という共同体で重要視されるある種の価値観を体現する存在であることはまちがいない。何しろ記者会見で、こんな質問を向けられるのだから。

「わが子を羽生選手のように育てたいというお母さんが多いのですが、どうしたら羽生選手のように育つと思いますか?」

今回のオリンピックで羽生の成績がどうあろうとも、メディアは多くの人が納得できる「英雄伝説」をつむぎ出すだろう。

3ヵ月の不在を経た羽生結弦の決戦は、いよいよ金曜日から始まる。

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