コカインを世界に蔓延させた「麻薬王パブロ・エスコバル」の正体

コカインを世界に蔓延させた「麻薬王パブロ・エスコバル」の正体

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/03/21
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世界にドラッグを蔓延させた男

今、コロンビアの第2の都市メデジンでは、パブロ・エスコバルゆかりの地(といっても抗争による爆破跡やパブロ・エスコバルが射殺された家のことだ)を巡るツアーが外国人に人気だ。パブロ・エスコバルの風貌をしたガイドが案内するツアーまである。パブロ・エスコバルの墓をバックに”自撮り”する旅行者も多い。

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パブロ・エスコバルの墓は、観光客の撮影スポットになっている。photo by GettyImages

Netflixドラマ『ナルコス』の人気によってコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルの知名度は世界的に急上昇した。

パブロ・エスコバルは1970年代半ば、後に世界最大となる麻薬組織メデジン・カルテルを結成。コカインの密造・密売ルートを確立し、アメリカ及び世界にドラッグを蔓延させた。

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1988年のパブロ・エスコバル photo by GettyImages

反政府ゲリラとも連携し、敵対組織や政治家、警察官など“殺した数”は数千人とも言われる。コカインで巨万の富を築き上げ、世界7位の大富豪となった。コロンビア史上最高の金持ちだ。

ただし、コロンビアにおいてもしあなたがパブロ・エスコバルの名前を興味本位で口にすれば、十中八九コロンビア人に嫌がられるだろう。

コロンビア人にはメデジン・カルテルに身内を殺された者も少なくない。だから、ドラマにかぶれた外国人観光客がパブロ・エスコバル巡りを楽しんでいる姿は、一般のコロンビア人にとっては決して心地よいものではない。見られたくない汚点を他人に曝け出しているかのようなものなのだ。

その一方、パブロ・エスコバルを今なお熱狂的に尊敬するコロンビア人も存在している。貧困地域にはパブロの顔がプリントされたTシャツ(チェ・ゲバラの顔がプリントされたTシャツみたいなのを想像してほしい)を着ているコロンビア人がいたり、パブロがプリントされた旗が軒先に掲げられている光景も目にする。

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パブロ・エスコバルのグッズが土産物屋に並ぶ。photo by GettyImages

パブロ・エスコバルという人物は一体何をしたのか。”極悪人”と片づけてしまうと真相は決して見えてこない。”人間”パブロ・エスコバルを知ろうとしなければならない。

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パブロ・エスコバルが作った貧困地域の街 photo by GettyImages

コロンビアのいま

筆者は3年ほど前からコロンビアのメデジンに住んでいる。

以前はライターをしながら2年間、世界中の国々を旅していた。最初の1年は新鮮だったが、次第に単なる移動の繰り返しとなり「惰性で旅をする必要なんてあるのか?」と疑問を感じた。もうどこかに定住してしまいたいと思った時に、たまたま滞在していたのがコロンビアだった。

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コロンビア第二の都市、メデジン。人口は250万人。photo by iStock

コロンビアは年中春の様な温暖な気候であり、街を行き交う人々はめっぽう優しい。コロンビア人の特徴を一言で表すとするならば「若干シャイだがフレンドリーな人たち」である。朝6時に起床して出勤する働き者が多いのも意外だった。

またメデジン料理はコメが主食で、口にあう。ついでに明るいラテン女性も魅力的なので気に入った。滞在すればするほど、グイグイとこのコロンビアという土地に惹かれていった。

そんな話をすると、「コロンビアは麻薬と内戦の国ではないのか」と問われるが、その様な北斗の拳状態は少し前の話。今のコロンビアの街は綺麗で水道水が飲めるくらいインフラも整っており、中南米の中では“そこそこ”平和な国の1つである。

麻薬組織メデジン・カルテルはすでに1993年のパブロ・エスコバルの死に伴って壊滅している。

2016年にはコロンビア政府と反政府左翼ゲリラFARCとの間で半世紀ぶりの和平合意が成立し、サントス前大統領はノーベル平和賞を受賞。コロンビアは政情が安定し治安が改善傾向にあるため、外国人、とりわけ米国人からの旅行者が増えている。

コロンビアにはカリブ海を臨む美しいビーチやリゾートも存在する。そのためリタイアした米国人の移住先としても人気になりつつある。外国人向けの不動産ビジネスも盛んだ。

麻薬王がコロンビアに遺したもの

ただし、コロンビアで猛威を振るった麻薬産業は消滅したわけではない。メデジン・カルテルのような巨大な組織は解体して存在しないものの、目立たない小さな組織に分散して地下に潜った、とみんな知っている。

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photo by GettyImages

そして今なおコロンビアの治安を脅かす要素であり続けている。警察が入り込めず、実質麻薬組織が自治権を握っている地域も存在する。

幼少期から金貸し、強盗、殺し屋、麻薬密輸へ

パブロ・エスコバルが生まれたのは1949年12月1日。生きていれば今年で70歳だ。日本で同年に生まれた有名人には大竹まこと氏、松崎しげる氏、武田鉄矢氏などがいる。つまり、さほど昔の人物ではない。

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メデジン・カルテルの共同創設者の一人でカリブ海の密輸ルートを握っていたカルロス・レデル photo by GettyImages

パブロはメデジン近郊で畜産業を営む父と教師の母の下で育った。幼少期より漫画や宝くじを売ったり、お金を低利子で貸したりとビジネスの才覚があったらしい。

メデジン市内の大学に進学したが、学費を払えずに中退している。その後、強盗や車泥棒、果てには殺し屋、ドラッグの密輸業者として仕事をするようになった。

パブロが闇社会に足を踏み入れた理由として当時のコロンビアの社会環境も考慮しなければならない。

メデジンの主たる産業だった織物工業は1970年代に入ってから衰退を始めた。これにより失業率が上がり、多くの若者が仕事にありつけない状態になった。彼らは仕事で生計を立てることができず自分のアイデンティティーや居場所も確立できなかった。

他人から奪う、もしくはドラッグビジネスに手を染めやすい環境だった。パブロ・エスコバル自身もそんな社会環境に大きく人生を左右された若者の1人であった。

ヒッピーブームでドラックが流行していた米国に、コカインを密輸するととんでもなく儲かることに商機を見出したパブロは、仲間とともに1976年に麻薬組織メデジン・カルテルを結成する。

自らペルーの農場やコロンビア国内のジャングルに出かけ、原料のコカを調達するルートを確立するとともに、コカイン製造工場を建設。精製したコカインは飛行機を飛ばし米国に密輸した。

世界のコカインビジネスの8割を牛耳っていた

1980年代末まで、世界で流通するコカインの8割はメデジン・カルテルが関わっていたという。パブロ・エスコバルは最盛期には250億ドル(約3兆円)もの資産を保有し、米国フォーブス誌に世界で7番目の大富豪としてランク付けされている。

パブロは複数の広大な別荘を所有し、桁違いに豪勢な生活を送っていた。1978年に建設したHacienda Nápoles(アシェンダ・ナポレス)には27の人工湖やプール、飛行機が離着陸する滑走路、ガソリンスタンドもあった。さらに敷地内においてコロンビアには生息しない象やカバなど異国の動物を輸入して飼育していた。

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アシェンダ・ナポレスはパブロ・エスコバルの死後、放置され荒れ果て、カバは野生化した。photo by GettyImages

民間航空機も爆破、数千人の殺害に関与した

莫大な資金を基盤に強大な力を手にしたパブロ・エスコバルは自分を非難したり行く手を阻む者は政府であろうが何だろうがねじ伏せた。パブロが取った戦略は「金か、銃弾か/plata o plomo(プラタ・オ・プロモ)」だ。

まずは買収工作を行う。工作人は対象人物にトランクケースにたんまり入ったお金を見せる。それも、対象人物の妻や娘・息子の家族の写真付きで。つまり「買収工作に応じなければお前の家族がどうなっても知らないぞ」という脅迫である。

買収工作に靡かなかった政治家や警察官、検事、ジャーナリストは射殺、もしくは爆弾を仕掛けて暗殺した。

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バイク2人組で移動中の車を銃で急襲する手段が多用された

1984年の法務大臣ロドリゴ・ララ暗殺、1985年のコロンビア最高裁占拠、1989年ルイス・ガロン氏含む3人の大統領候補暗殺。同年のアビアンカ航空の爆破(死者107名死亡)や警察署の爆破、敵対組織のビルの爆破。

さらに警察官を殺した部下には莫大な報酬を支払うなどして、数百人の警察官が犠牲となった。このようなメデジン・カルテルによる暗殺、テロ活動によって数千人のコロンビア人が犠牲になったと言われている。

そしてその犠牲者の遺族はまだ20代~60代。遠い昔の出来事でもないからこそパブロ・エスコバルの名前は外国人が興味本位で口にすべきものではないのだ。

ここまでパブロ・エスコバルが行ったことを列挙すると単純に極悪非道な大悪党に見えるだろう。しかし、そう単純ではない。

パブロはなぜ貧困層から英雄視されているか

貧困地域El barrio Pablo Escobar(エル・バリオ・パブロ・エスコバル)ではパブロ・エスコバルの顔をプリントしたTシャツを着ている現地コロンビア人がいたり、パブロの顔がどでかく描かれた壁が多数あったりと、英雄視されている。

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エル・バリオ・パブロ・エスコバル photo by GettyImages

これは一体なぜなのか?パブロの兄ロベルト・エスコバルの証言にこんな逸話がある。

パブロ・エスコバルは30歳の時、メデジン市内のゴミがすべて集まる地域Basurero(バスレロ:ゴミ捨て場)を訪問した。

なんとそこには200~300ほど家族が住んでおり、彼らは汚い段ボール箱に住んでいた。そして、集まってくるゴミ(レストランの廃棄や金持ちが捨てた物)を食べたり、売って生計を立てていると知った。

それを見たパブロ・エスコバルはもの凄く悲しい顔をして「こんなことがあってはならない」と涙を流した。そしてパブロは彼らのために街を作った。

その地域こそがエル・バリオ・パブロ・エスコバルである。最終的にこの地域に建設された家は4000戸にのぼった。

コロンビアは富裕層と貧困層の経済格差が著しく大きい。たとえその資金がコカイン密輸によって得た金であっても、人としての尊厳を取り戻してくれたパブロに、貧困層は感謝と崇拝の念を今でも持っている。

エル・バリオ・パブロ・エスコバルに住むFranquelina Guerra Carvajal(フランクェリナー・グウェラー・カーバーヤル)氏はBBCに対してこう語った。

「パブロ・エスコバルは良い人だったわ。私たちは最悪な場所(ゴミ捨て場)に住んでたの。ある日、彼がやってきてこう言ったの。”あなたたちのために家を建設する。あなたたちは金持ちと同じく尊厳されるべきなのだから”と」

またパブロは、とても家族思いであった。パブロ・エスコバルの息子Juan Pablo Escobar(フアン・パブロ・エスコバル)氏はCNNにこう語っている。

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2017年4月、ブラジルサンパウロにてインタビューに答えるファン・パウロ・エスコバル photo by GettyImages

「父への愛は決して揺るがないものだ。父親としては素晴らしかった。だからこそ自分の父の異常な残酷さを、世界中に認めないといけないのは簡単じゃない」

「父は一度も、コカイン密輸を手伝ってほしい、跡を継いでてほしいとは言わなかった。”もしお前が医者になりたいのなら最高の病院を用意する”と言っていた」

フアン・パブロ・エスコバルは現在は建築家として働きながらも、父親パブロ・エスコバルの悪行によって亡くなった政治家、警察官、ジャーナリストの遺族に謝罪をして回っている。

政府、CIA、自警団を敵に回した結果……

パブロ・エスコバル率いるメデジン・カルテルは1990年を境にその勢いに陰りが出始める。まず敵対麻薬組織であるカリ・カルテルとの抗争が激化。そして、パブロ・エスコバルを捕らえてアメリカへの引き渡しを可能とする法案が成立。世論もテロ活動をするパブロ・エスコバルに対して一層厳しくなった。

1991年、コロンビア政府はパブロ・エスコバルを5年の服役と、アメリカへの引渡しをしないという“条件付き”で収監した。

しかしその刑務所La Catedral(ラ・カテドラル)はパブロが以前に資金を出して建設された、サッカー場、ディスコまで何でも揃っている豪勢な施設だった。パブロは刑務所を自由に出入りし、メデジン市内に繰り出してパーティやサッカー観戦をし、今までどおりメデジン・カルテルに指示を与えた。

1992年、パブロ・エスコバルが刑務所内で2件の殺人を起こし、またコカイン密輸の指揮を執っていることが明るみとなると、世論は激高。政府はパブロ・エスコバルを別の収監先に移そうとした。しかしパブロは間一髪で脱出してメデジン市内に潜伏することとなる。

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中南米最大のお尋ね者に巨額の賞金がかけられた。photo by GettyImages

しかしこの時点で、パブロ・エスコバルは敵を作りすぎていた。

敵対組織カリ・カルテルのみならず、コロンビア政府、アメリカの諜報部隊CIA、Los Pepes(ロス・ペペス)というパブロ・エスコバルに家族を殺された遺族による自警団がパブロを付け狙った。特にロス・ペペスはパブロの家族や仲間300人以上を殺害してメデシン・カルテルに大打撃を与えた。

1993年12月2日、コロンビア警察がパブロ・エスコバルと息子との電話通話を傍受し居場所を突き止め、屋上で射殺した。享年44歳。

まるで人喰い熊を仕留めた猟師たちのように、警察官が笑顔でパブロの遺体を囲んで撮った記念写真が残っている。アメリカすらも敵に回した麻薬王パブロ・エスコバルの最後は、あっけないものであった。

指導者を失ったメデジン・カルテルは壊滅。今では巨大な目立った麻薬組織はないもののコンパクトで目立たない麻薬組織に変わったり、ギャングが儲かる資金源として麻薬取引をするようになった。麻薬は今もなおコロンビアの治安を脅かす要素であり続けている。

麻薬王パブロ・エスコバルがコロンビアに残した遺産はとてつもなく大きなものだ。パブロ・エスコバルは間違いなく悪党であったが、コロンビアの歴史上最大の人物であることもまた、間違いない。

なお、バブロ・エスコバルとメデジン・カルテルを描いたNetflixドラマ『ナルコス』の見処について、私の個人ブログでレビューを書いているのでよろしければご覧いただきたい。

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