【関西レジェンド伝】大村崑(5)「恋心」江利チエミさん楽屋に高倉健さん

【関西レジェンド伝】大村崑(5)「恋心」江利チエミさん楽屋に高倉健さん

  • SANSPO.COM
  • 更新日:2017/11/14

長い喜劇俳優人生で知り合った人たちの話をしましょうか。専属コメディアンをしていた大阪・梅田の北野劇場には、年に何回か江利チエミさんのショーがありました。公演の合間には阪急百貨店で買い物につきあったり、ごはんを一緒に食べたり、歯が痛いと言えば歯科医院につれていってあげたりしてました。

もうね、「好きやで、あんた」と言おうかと思ってたら、あるとき、彼女の楽屋にえらい二枚目が座ってた。「こんちゃん、こちら東映の高倉健さん」って紹介されて。同じ昭和6年生まれだった。とにかく、しょっちゅう楽屋に来てましたわ。まんまるのメロンを半分に割ってカレーライス用のスプーンで2人仲よく食べてるの。そんな豪勢な食べ方、初めて見ました。いつか有名になってメロンたらふく食ってやると誓いましたね。

のちにリドリー・スコット監督の映画「ブラック・レイン」(1989年)で日本人刑事役のオーディションを受けたんです。主役のマイケル・ダグラスの相棒役。コテコテの大阪弁のセリフを読まされました。結果はご存じのとおり、高倉健さん。でもね…僕は今も携帯電話がかかってきたときに流れる音は江利チエミの「テネシーワルツ」なんですよ。

美空ひばりさんには泣かされたなぁ。57年に北野劇場でひばりさんのショーがあって、相手役を僕がやることになった。東京公演では津川雅彦が演じた白塗りの二枚目。当然、眼鏡なんかかけない。すると、僕を見慣れている北野劇場の客は「こんちゃん、眼鏡忘れたんか」と笑うんですわ。ひばりさんのお母さんが怒ってね、3日目で降ろされた。悔しかったねぇ。

13年後、東京の新宿でひばりさんに招待されて、僕はほとんど飲めないウイスキーをベロンベロンになるまで飲んで、昔の話をぶちまけました。すると、二次会でお嬢(ひばりさんの愛称)は僕の耳元で「柔」を歌ってくれました。

東京に行ったときの仲間は「スリーポケッツ」というトリオの谷幹一さん、関敬六さん、渥美清さんでした。僕も渥美さんも肺結核で片肺でね、渥美さんは「こんちゃん、無理しちゃダメだよ。この業界は無理言ってくるからね。疲れるから、ちゃんと寝るんだよ」と気にしてくれるんだ。たしかに、渥美さんはいつも寝転がってるの。それで器用にロールケーキを切って食べて、こぼさずに紅茶を飲んでたのを思い出すね。

フジテレビ系「ちびっこのどじまん」(65-69年)の司会をしていたから、子供のときにあの番組に出ていた歌手に会うと、うれしくなるね。石川さゆり、天童よしみ、西郷輝彦、西城秀樹、野口五郎…。読売テレビ系「笑点」で座布団を配ってる山田隆夫はね、欠員が出たので「誰か歌いたい人」と客席に呼びかけたら、タオルを振ってる男の子がいたから「ハイ、君」と舞台に上げたの。そうしたらチャンピオンになって、それから芸能界入りしたわけだ。今でも会ったら、すっ飛んできて直立不動であいさつしてくれる。嬉しいね。

No image

渥美清さんとは1981年の「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」で共演した。マドンナは松坂慶子

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

プロフィールを見る

芸能カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
コムアイ、えっ裸!? "肌色×透明"の大胆衣装で注目集める
ビートたけしの“子ども”がラブドールを相手にガチSEXしていた
安室奈美恵“子離れ”できず「お前うぜえよ」
ふなっしー「テレビ出演しない理由」に称賛集まる
安室奈美恵がテレビに出演しなくなった理由を告白 「納得できた」と共感の声
  • このエントリーをはてなブックマークに追加