
プロダンサー・AIRIさんが講師を務めるK-POPダンスレッスンの様子【写真:鄭孝俊】
韓国のK-POPグループが続々と日本に上陸し、全国各地で開催されるコンサートには大勢の観客が詰めかけています。ガールズグループとしては5人組のNewJeans(ニュージーンズ)が注目され、魅了された中高年男性が熱を上げる「NewJeansおじさん現象」も。そんななかK-POPのダンススクールでは、NewJeansの振り付けを習得するためのレッスンを希望する受講生が増えているようです。東京・新大久保の「KPDS」でK-POPダンスを指導しているプロダンサーで講師のAIRI(あいり)さんは「NewJeansのダンスは楽しそうに見えますが、どのガールズグループのダンスより難しい」と解説します。その理由は「これまでのK-POPとは動きが違うから」。いったいどういうことなのでしょうか。(取材・文=鄭孝俊)
◇ ◇ ◇
今、最も踊りたいガールズグループ? ダンススクールで人気のNewJeansとは
同校で「趣味クラス」を担当しているAIRIさんは毎週1回80分、月4回で「K-POPダンスの振り付けをほぼマスターする」という目標を掲げたダンスレッスンで指導しています。同クラスの売りは、役分けとフォーメーションに沿って、好きなアーティストになりきってレッスンを受けられるところ。9月は受講生の間で人気の高いNewJeansの「ETA」の振り付けを指導しましたが、計3回を終えても達成度は半分に満たなかったと明かします。
同グループはBTS(防弾少年団)が所属する所属事務所・HYBE傘下のレーベル「ADOR」から2022年7月22日にデビューしました。メンバーはミンジ、ハニ、ダニエル、ヘリン、ヘインの5人。
「受講生に誰のパートを担当するか、希望を中学1年生から40代までの女性15名ほどの受講生に聞きました。すると、サビの部分でセンターに来ることが多いハニとヘリンのパートが人気を集めました。その後、受講生15名を3組に分け、それぞれ役分けを行ってから位置と構成を決めてレッスンを始めました。しかし、いざ始めてみると難易度が想像以上に高くて……。『趣味クラス』では過去3年ほどの間にLE SSERAFIMの『UNFORGIVEN』、IVEの『I AM』、TWICEの『SET ME FREE』、BTSの『Butter』、XGの『MASCARA』といったダンスを指導しましたが、『ETA』は今までで一番といっても過言ではないくらいダンスがすごく細かいので、私自身も最初は戸惑うほどでした」
「趣味クラス」では、最初にダンスの基本から教えるのだそう。
「ダンスのカウントの基本を『ワンエイト』と呼びます。『ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト』が1セットで、これを4回繰り返すと8×4で32カウントになります。実際には表拍のオンカウントと裏拍のエンドカウントを声に出して『ワン(エン)ツー(エン)スリー(エン)フォー(エン)ファイブ(エン)シックス(エン)セブン(エン)エイト(エン)』と数えます。この『ワンエイト』は初心者でも3分ほどで理解できますが、NewJeansの曲を踊る場合は10分以上かかるんです」
バラバラだからこそ難しい NewJeansのダンスの難易度が高いワケ
その理由は意外なところにありました。それは、「曲の導入部分が振り付けではなく、おしゃべりの仕草から始まるから」だといいます。
「4人がおしゃべりしているところにメンバーのヘインが入ってきて、グループ全体のダンスへと進みます。このおしゃべりというのはダンスではないので、そこの教え方がとても難しいんです」
NewJeansの楽曲ではほかに「Hype Boy」も同様で、今までのK-POPにはなかった新しい動作なんだそう。
「高校生の若さのような感じが表現されていて楽しいのですが、教える立場としては大変です。しかも、このおしゃべりのときの動きがYouTubeの公式プラクティス動画と、出演した歌謡番組によってそれぞれ異なります。ある番組では手を振っていたり、別の番組では『その髪型いいじゃん!』みたいな感じで手を伸ばしていたり。スタジオでは『ここのカウントで振り返って、ここのカウントで目を合わせてね』っていう感じで教えますが、細かい動作までマスターするのは非常に難しい。私はこれを“第1試練”と呼んでいます」
続く“第2試練”とは「バラバラなダンス」といいます。
「これまでのK-POPは『カル群舞』といって、グループ全員が指先までピタリとそろえる刀の切れ味のようなシンクロを競ってきました。それがK-POPらしさだったのですが、NewJeansはそこから大きくはずれています。足のステップはそろっていて、取っている音も一緒だったりしますが、手の動きが全員違う。曲の導入部では、左手を上げているメンバーもいれば、両手をぐるりと回しているメンバーもいます。『ワンエイト』は同じでも全員の振りはバラバラ。足も左から入っているメンバーもいれば、クロスしているメンバーもいる。一緒に見えて全部違う。私が今まで『趣味クラス』で教えたダンスのなかではダントツで難しい。5人全員がそろったダンスであれば、講師は1パターンを教えればそれで済みます。しかし、『ETA』のように全員バラバラだと講師は5人分を教えないといけません。つまり、講師の負担は5倍になるというわけです。ですから『ETA』を教えるときは『私が5人欲しい』と思ってしまいます」
実際にNewJeansに「ETA」の振り付けを教えた現地コーチは、5人全員分の振り付けをすべて考案したのでしょうか。
「もし、5人全員分の振り付けをあらかじめ計算して決めていたとしたら、相当すごいレベルです。とにかく負担がすごいので。ある程度はメンバーのアレンジに任せているのか、あるいはサビの部分のめちゃくちゃ細かい動きまでコーチが決めているのか……どっちだろう? というのが、最近の私の疑問です。もし前者であるとしても、全体のバランスを壊さないようにメンバーそれぞれが動かないといけない。彼女たちのダンススキルが相当高くないとできない振り付けということになります」
「K-POP全体を見ても、これほど難しいダンスはあまり見かけません」
話を聞く限り、NewJeansのダンスは難しすぎるため、“講師泣かせ”であるということが見えてきました。
「『趣味クラス』は1か月、計4回で仕上げなくてはいけないので工夫が必要です。通例だと、1週目にサビ前まで、2週目にサビと2番、3週目に終わりまでやってみる。それで余裕を持たせて、4週目に完成させます。でも、『ETA』は動作が細かすぎて、一人ひとりにかける時間があまり取れないという葛藤がありました。プロのダンサーならとにかくやるしかないのでどんどん先に進めますが、生徒のみなさんは初心者なのでなかなか先に行けません。バラバラな動きをサビの部分でそろえるところまではなんとか進めますが、フォーメーションでメンバーが移動するときもみんなバラバラです。移動するだけでも混乱しますし、そこに加えてメンバーの手の動きやステップが異なります。短いカウントのなかに難しい振り付けと難しい移動が大量に入ってくるので、ダンスの難解さという点ではものすごくハイレベルです」
それにもかかわらず、NewJeansの動きは自由で優雅に見えます。
「体の各部位をすべて使っていますし、体幹がしっかりしていないと体の軸がぶれてしまいがちな動きもそつなくこなしています。ほかのK-POPグループにはないグルーヴ感があり、ヒップホップ寄りといえます。足の動きの2倍の速度で手を動かしていますし、裏拍まで振りを入れてくるこうしたリズム感には脳トレも必要です。ダンスの基礎がしっかりできていないと表現できない動きが多いので、単なる興味でNewJeansのダンスを習いたい受講生には、まず『基礎クラス』に入るようにすすめています」
NewJeansの代表曲でもあり、SNSのダンスチャレンジ動画でもおなじみの『Hype Boy』は、横に展開していく振り付けがとてもユニークです。
「あの場面も、よく見るとメンバー全員の振りが実はバラバラなんです。単調になるのを避けて、あえて動きを複雑に見せているのでしょう。しかも、くるくるとセンターが入れ替わり、一番左にいたメンバーが複雑に移動しながらきれいにまたセンターに戻ってくるなど細かい動きをしています」
AIRIさんは、「K-POP全体を見ても、これほど難しいダンスはあまり見かけません」といいます。ところがNewJeansには、これに輪をかけて難しい楽曲があります。それはジャズベースの「Cool With You」という曲です。
「手のなめらかでしなやかなひらひらとした動きが、映える衣装も印象に残ります。ジャズダンスの要素が含まれた少し絡むような動きが全員違っているうえに、フォーメーションの移動も複雑。このような難解なダンスを披露するためには、まずメンバーを集める段階からレベルの高い人材を集める必要があります。そこからグループのコンセプトに合わせていき、さらに厳しいレッスンを繰り返さないと実現できません。NewJeansはこれまでのK-POPのスタイルにはないグループなだけに、今後の活躍が楽しみですね」
◇AIRI(あいり)幼少期からバトントワリングを始め、13歳からダンスを始める。JAZZ HIPHOPやGIRLS HIPHOPを中心に東京ダンス&アクターズ専門学校でさまざまなジャンルを学び、卒業後もメディアなどでダンサーとして活動中。これまでに乃木坂46の「乃木坂46 真夏の全国ツアー2017 FINAL! IN TOKYO DOME」、サザンオールスターズの「ほぼほぼ年越しライブ2020Keep Smilin’~皆さん、お疲れ様でした!! 嵐を呼ぶマンピー」、桑田佳祐の「LIVE TOUR 2021 BIG MOUTH, NO GUTS!!」などにダンサーとして出演。ほかにもケツメイシの「飲みニケーション」、EXILEの「Rising Sun」「EXILE PRIDE~こんな世界を愛するため~」、E-girlsの「ごめんなさいのKissing you」などのミュージックビデオにも出演した。
鄭 孝俊