鉄道だけが戦乱の時代を引きずるカンボジアの現在 <下川裕治のどこへと訊かれて>

鉄道だけが戦乱の時代を引きずるカンボジアの現在 <下川裕治のどこへと訊かれて>

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  • 更新日:2017/12/07
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もう少し瀟洒な駅舎なら、後ろの海に映えるのだが

さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第40回はカンボジアのシアヌークビル駅から。

【シアヌークビル駅の写真はこちら】

*  *  *

坂道をしばらく登った。道に沿って中国人向けの商店や食堂が点在している。カンボジアのシアヌークビルは坂の街だ。

「このへんで見えるだろうか」

振り返ると、強い日射しに輝く海原が広がっていた。ふーッと息をつく。こんな海を見たのは久しぶりのような気がした。

ということは……と視線をおろす。そこにかまぼこ型の屋根が横に連なった灰色の建物が見えた。こうして眺めると、その建物だけがあの時代を引きずっているように映る。

1時間ほど前、この建物のなかにいた。殺風景な構内。切符売り場は見あたらなかった。壁際に机がひとつ置かれ、作業服を着た青年が座っていた。

「あの……、プノンペンまでの切符を買いたいんですけど」

「ここです」

「……?」

「7ドル」

その机が切符売り場だった。

カンボジアの列車が再開された。以前、プノンペンからポイペトとシアヌークビルまで列車が走っていた。しかし親米政権、ポル・ポト時代、そしてベトナム侵攻と続いた内戦で荒廃し、老朽化も進み、2002年から運休していた。線路や車両の修復が進み、ようやく、プノンペンとシアヌークビルの間を列車が走るようになったのだ。

しかし運行は週末だけだった。再開から10カ月ほどたっていたが、いまだ試運転の域を脱していない気がした。

翌日の朝7時すぎ。列車はシアヌークビルを発車した。車内を見渡した。2両の客車は半分ほどが埋まっていた。

肩透かしを食らったような感覚だった。14年も運休していたのだ。もう少し立派な車両になっているような気がした。新幹線とはいわないが、せめて特急のような……。しかし雰囲気はアジアの各駅停車の列車だった。平均時速も40キロに満たない。進歩といえば車内冷房ぐらいだった。もっともパナソニックの家庭用エアコンを車内にとりつけただけだったが。

ここまでくるのに14年……。

いまのカンボジアの経済発展からするとあまりに遅い。鉄道だけが、戦乱の時代から抜け出ていない。

列車はプノンペンに午後2時に着いた。検札はなかった。やはり試運転なのだろうか。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。

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