
かつて日本人が「上海のスーパーで買い物する」と言えば、日本人駐在員が多く集まる古北エリアにある仏系「カルフール」だった。中国名は「家楽福」。漢字の読み方をアルファベットなどで示した中国語の発音表記法では「jia1le4fu2」=「ジャラフ」と呼ぶ。「ニーハオ」の次に覚える生活必需語であったといっても過言ではない。
家族連れにとっても単身者にとっても、古北エリアはカルフールがあるからこそ便利かつ人気で、古北エリア=カルフールと言えるほどシンボルマーク的存在だった。
ところがその古北店がいつのまにか‟閉店”してしまった。拙稿レポートのために実際に訪れてみると――。
夜逃げ同然の店舗内
なんと、まだ営業していたのだが……店舗内の閑散ぶりに、ただただ驚くしかなかった。
平日の昼間であったとはいえ、客はもとより従業員の姿さえも見当たらない。エスカレーターは動いていない。すでにクローズされたエリアは黄色い鉄製フェンスで覆われ侵入できない。やはり「閉店しているのだろう」と思うのが一般人の感覚で、はじめ私も「閉店した店舗に“侵入”していいのか」と心配になるほどだった。

〈カルフールはエスカレーターを歩いて上った3階にあります〉
太いマジックで雑な手書きで書かれた、簡体字の貼り紙を判読できなければ引き返していたところだ。

かつては世界トップクラスの売り上げを誇るマンモス店舗で、輸入品の品揃えも多く、私も何度も訪れたことがある。たしか、建物自体は店舗エリアは3フロアで、1階がテナント、2階と3階がカルフールだったはず……と思い出しながら、かろうじて店舗たどり着くことができた。
自動レジは稼働しておらず、ようやく見つけた店員が会計をするレジがわずか数ヵ所開いているだけで、ひたすら静寂感が身に迫る。スーパーなら必須の生鮮食品コーナーが稼働していないのか、冷蔵ファンの音すら聞こえてこない。
やはり「私は侵入者ではないか」と周りを見渡してしまうほどの静寂に包まれる異様な空間が広がっていた。夜逃げした店舗を実際に見たことがあるわけではないが、おそらくこれに近い状況なのだろう。
大都市圏の店舗から閉店
カルフールは1995年に中国市場に参入し、北京に最初の店舗を出店した。その後破竹の勢いで出店し、2011年に200店舗を突破、2017年は321店舗に達した。
ところが、このピークを境に、坂道を転げ落ちるように店舗数が減少していく。今年6月には深圳、8月には広州、9月には広州においてすべての店舗を閉鎖した。Wechatの公式サイトで検索したところ、上海はまだ20店舗ほど残っていることになっているが、すでに閉店した店舗も掲載されており、実際のところこんなに多くはなく、「風前の灯」の状況であるに違いない。

「カルフール」古北店内部の様子

「カルフール」古北店内部の様子
日本でも大型スーパーは斜陽産業化しつつあり、その流れが中国に来て同じようなことが起こっているのだろう。ネットスーパーが充実しており、外出しなくても買い物できる環境になってきたことも要因のひとつだろう。
しかしながら、競合の米系ウォルマートはいまだ健在だ。その一方で、カルフールに何が起こったのか。

2010年以降の店舗数推移を見てみると、2019年からの店舗数の落ち込みが目立つ。
買収直後から経営難だった?
調べたところ、2019年6月に中国家電量販最大手のSuning(スーニン)グループが48億元でカルフール中国の80%の持ち分を買収していた。
当時の報道によると、Suningの狙いは、日用消費財を扱うカルフールを傘下に収めることで商品カテゴリーを拡大すること、カルフールのサプライチェーンを取り入れること、などが理由としてあげられていた。
ところが今や、 Suningの財務報告書によると、カルフール中国の2023年業績(上半期)は売上高23.5億元、営業利益▲7.5億元、純利益▲8.6億元、純資産▲63.4億元、と悲惨な状況であることがわかる。
Suningといっても日本ではなじみが薄いかもしれないが、現在もなお1万以上の店舗を出店しており、中国における家電量販店ナンバーワン企業である。
2011年に日本の家電量販大手・ラオックスを傘下に収めて、話題になった会社でもある。羅怡文社長(当時)は、2015年流行語大賞の授賞式に出席し、両手を挙げ満面の笑みで壇上に立っている。さらに2016年にはイタリアの名門サッカークラブ、インテル・ミラノも傘下に収めたことで、世界的な知名度も得た。
同社は、ラオックス買収当初、株式を6割以上保有していたが、2021年に30%にまで引き下げている。なぜ持分割合を引き下げたのか。私の見立ては親会社の経営難が理由とみている。
カルフールと同じ轍を踏むのでは…
ラオックスは2015年当時、東京や大阪などの大都市以外に、中国人観光客の訪日旅行における人気観光地に“爆買い”の受け皿店舗を張り巡らした。同年6月、激戦地・新宿にオープンさせた旗艦店「ラオックス新宿本店」は23店舗目、免税店を含めると、最も多いときで45店舗まで展開していた。
まさに破竹の勢いだった。
・JTBと提携し、中国人旅行者の来店者調査・販売支援を自治体などに販売
・レストラン向けに訪日客の予約からQR決済までのパッケージシステムを開発
・中国アリババ系の旅行サイトに免税店開設
・HISや現地組織と共同で、青島(中国)にサイエンスパーク建設
ところが、2019年末からコロナ禍が直撃する。2020年には2度にわたり従業員の8割に相当する390人の希望退職を募集するなど経営の立て直しを進めてきたが、今現在店舗数は6店舗まで激減している。
今年に入ってからのラオックスの株価は、他インバウンド銘柄が好調な中でパッとしない状況だ。今年8月につけた最高値(369円)にしても、インバウンド需要の期待値込みの瞬間最大風速のようなもので、爆買い“消滅”が明らかになった現在は200円前半(時価総額約223億円)をうろうろし続けている。
そもそも、Suning買収後、破竹の勢い真っ只中にあった時の最高値5500円(2015年7月24日)、時価総額約3744億円(2015年12月期)と比較すると、落ち込みぶりが明らかだ。今後はEC事業を強化し、アジア食材専門店やギフト事業で復活を図ろうとしているという。
私には、子会社ラオックスの経営状況が、親会社Suningが買収したカルフール中国と酷似しているように思えてならない。
つづく記事『「ゴネる」「払わない」「時間稼ぎ」…上海の日本人御用達スーパー「カルフール」のガラガラ惨状に見る《中国企業の手口》』では、カルフールが凋落した背景について、さらに紹介する。