思いやりがあってやさしい。司法で描かれた「凶悪犯」とは異なる本人像|#供述弱者を知る

思いやりがあってやさしい。司法で描かれた「凶悪犯」とは異なる本人像|#供述弱者を知る

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2020/10/18
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2017年2月、父・輝男さん(78)が井戸謙一弁護士を解任すると言ったことで精神的に不安定になり、自殺未遂を起こした西山美香さん(40)だが、刑務官が親身になって事情を聴いたことで懲罰後には、落ち着きを取り戻していた。

騒動後、西山さんは両親とも約1カ月ぶりに面会した。

父・輝男さんは苦虫をかみつぶしたような顔で「なんで自殺未遂なんか、したんや」と娘の行動をとがめた。「お父さんが井戸先生(井戸弁護団長)に失礼なことを言うからや」。西山さんが言うと、輝男さんは「俺は1審の時のように後悔したくないんや」と答えた。

父と娘の会話が平行線になりかけたところで、母・令子さんが割って入り、「お父さんもお母さんも、こうして来るのは普通に会いたいだけなんやから、そんなこと(自殺)したらもう会えなくなってしまうやんか。あと半年で家に帰って来れる。その日を楽しみに待っているんやから、二度と、ばかなことはせんといてよ」と涙ながらに娘を諭した。

両親にも弁護士にも告げず、再審取り下げをしようとした理由
絆の深い家族はすぐに元のさやに収まった。

ただ、このとき西山さんは再審取り下げ書を封書に入れて刑務所に発送を託していた。そのことは両親に話していない。井戸弁護士にさえ話していないまま、その重大な事態が進行中だった。後日、井戸弁護士は振り返る。

「再審の取り下げ書を自分で書いて刑務所に発送をお願いしていた、という話は、出所後に美香さんから聞かされたんです。X刑務官が預かり、止めたと聞きました。そのまま発送されていれば、そこで再審は終わっていたでしょうね。今考えても、背筋が寒くなる話です」

懲罰になる前、西山さんは、弁護団の池田良太弁護士と井戸弁護団長に手紙で「再審を止める方法教えてください」と頼んでいる。手紙を受け取った2人はすぐに返信しているが、気弱になる西山さんを励ますのみで、取り下げる方法を教えてはいない。

そのため、西山さんは自分の判断で「再審取り下げ書」を書いた。事件の内容と自分が再審請求人であることを説明した上で「再審を取り下げますので、よろしくお願い致します」と書き、署名して指印を押し、担当の刑務官に渡してあった。

この時点で、再審をやめる、という西山さんの決意は固かった。何年かかっても、証拠開示すら進まない再審の現実に絶望したことも大きい。懲罰処分を受ける前に井戸弁護士に宛てた手紙では、検察、裁判所への怒りと絶望を、こう書いている。

「こんなふうに家族をばらばらにした裁判所、検察、ゆるせない。なんでしんし(真摯)に向き合ってくれない!! 証拠開示ぐらいしてくれたらいい! まちがいがでてきても、あやまってくれたら別に何も言わない」

再審を求めても現実には1歩も前進しない。それどころか、再審を求め続ける限り、家族がバラバラになる。勢いや思い付きだけで取った行動ではない。西山さんは再審を取り下げることが、家族のためにも自分のためにも、その時点では最良の選択だと考えた。

井戸弁護士は「書面に本人の意思が明示されていれば、取り下げは認められるでしょうね。もしあの時点で高裁に届いていれば、あとは指印が本人のもので間違いないかどうかを確認するだけでしょうから」と振り返る。

封書はなぜ発送されなかったのか。西山さんはこう明かす。

「裁判所宛てに手紙を出す場合は、願箋という特別な便箋で申請すると、月間4通の枠とは別に出せるので、まずは願箋に大阪高裁に再審関係の書類を送ると書いて担当の女性刑務官に渡したんです。その報告が統括のXさんにも届いていたと思います」

再審を続ければ「家族はバラバラになってしまう」
懲罰房に入る前、大阪高裁宛ての手紙を女性刑務官に預けると、すぐにX刑務官が聞いてきた。

「再審を止めるというのは、大変なことだよ。この手紙を出すことは、弁護士さんにちゃんと相談してるのかな?」

西山さんは正直に答えた。

「手紙のことは伝えていません。でも、再審を止めたい、とは言ってます。これ以上、再審を続ければ、家族はバラバラになってしまうし、私も精神的に耐えられない。だから、もう止めようと思っています」

西山さんの声にじっと耳を傾けていたX刑務官は、諭すように言った。

「でもね、西山さんが勝手に止めたら、応援してくれた人たちはどう思うだろうか。突然知らされて、みんなびっくりするし、がっかりするんじゃないかな。両親だって残念に思うはず。ずっと西山さんを支えてきたんだから。とりあえず、この手紙はこちらで預かっておくから、懲罰が終わったら、もう一度ゆっくり話すことにしましょう」

西山さんは親身になってくれるX刑務官の言葉を素直に受け入れた。

3週間の懲罰が明けた時、再びX刑務官が再審取り下げ書について聞いた。

「もう一度よく考えて、弁護士さんに相談してからの方がいいんじゃないのかな」

その助言を西山さんが受け入れ、取り下げ書が大阪高裁に発送されることなかった。そして、この件は西山さんが弁護団と一切相談しなかったため、出所するまで家族、弁護団、支援者の誰一人知らないままだった。

まずは西山家で進めた「獄中鑑定」の準備
再審が一時、風前のともしびになっているとはつゆ知らず、私たちは獄中鑑定に向けて準備を着々と進めていた。

2017年2月26日、かつての同僚で精神科医になった小出将則医師(59)と私、そして角雄記記者(37)は、滋賀県彦根市の西山家にいた。

小出君は、西山さんが両親に送った手紙のほぼ全てに目を通し、事件の経過も把握。西山家の訪問前、小出君は私にメールで「軽度知的障害を伴う注意欠如症、愛着障害が併存、というのが現時点での見立て。上っ面だけ見ると、パーソナリティー障害と誤診される可能性がある」との分析を伝えてきていた。

午後1時、西山家に着くと、父・輝男さんと母・令子さんが、アルバム、小中学校の通知表、文集の作文、絵画作品などをそろえて待ってくれていた。

小出君は、両親に西山さんの幼少期の成育状況や、学齢期に入ってからのことを細かく聴き取り、アルバムや通知表を念入りに調べた。

「通知表の担任の評価欄に何度も『やさしい』『思いやりがある』と出てくる。小中学校の担任はよく見ている。基本的にはそれが彼女の性格。あと、中学校の友だちと一緒の写真で、1人だけカメラと別の方を向いている写真が目につく。注意力が散漫になりやすいADHDの傾向が表れていると思う」

続いて、娘ならこう答える、との想定で母・令子さんに心理検査を受けてもらった。

Q.うっかりミスをすることは?
A.はい。よくあります。

Q.集中し続けることができない?
A.はい。そうです。

Q.話しかけたときに聞いてないように見えることは?
A.そういうときも。半々ですね。

Q.義務をやりとげられず、他のことに気が移ってしまうことは?
A.あると思います。

Q.段取りがよくないとか、整理できないとかは?
A.あります。

Q.なくしものをしてしまう。
A.それはあります。私も一緒ですが、そこは似ています。

そんな質疑が続き、米国精神医学会の診断基準DSM5に準拠する基準で判定したところ「ADHDでも特に注意欠如症の可能性が高い」との結果が出た。小出君による総合的な分析では「精神医学的には軽度知的障害を伴うADHDと愛着障害が併存していると思われる」となった。

警察と検察が描いた人物像との食い違い
事件と障害との関連性は以下の分析になった。

【1】 机をたたいて脅した刑事の高圧的な取り調べで「アラームが鳴った」とうそを言わされた
→「恐怖」に屈しやすいADHDの傾向が表れた

【2】「アラームが鳴った」といううそを一定期間維持した
→愛着障害が刑事への思慕へと転化し、刑事に迎合した

【3】「私が呼吸器の管を抜いた」といううその自白
→ADHDの「状況に迎合する」特性と、知的障害による「事態の重大性が認識できない」ことが複合、不安神経症も重なり〝うつ状態〟になって発した言葉

【4】逮捕後、刑事に誘導されて供述が変遷
→ADHDによる迎合性、愛着障害(刑事への思慕)、知的障害(重大性が認識できない)が複合した

「病院への腹いせに無抵抗の患者を殺害した」という警察と検察が描き、裁判所が認定した凶悪な人格とはまったく別の人物像が、浮かび上がってきた。

後は、実際に獄中での鑑定が認められるかどうか。この日の結果は弁護団と協力して刑務所を説得し、許可を得る上で欠かせない重要なステップだったが、その許諾の行方が西山さんの自殺未遂と深くかかわっていようとは、この時は予想もしていなかった。

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