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夢も希望もなかった17歳の帰宅部員は、4年後に球界を代表するスピードスターとなった

夢も希望もなかった17歳の帰宅部員は、4年後に球界を代表するスピードスターとなった

  • Sportiva
  • 更新日:2021/07/22

連載『なんで私がプロ野球選手に⁉』
第5回 和田康士朗・前編(第1回から読む>>

プロ野球は弱肉強食の世界。幼少期から神童ともてはやされたエリートがひしめく厳しい競争社会だが、なかには「なぜ、この選手がプロの世界に入れたのか?」と不思議に思える、異色の経歴を辿った人物がいる。そんな野球人にスポットを当てるシリーズ『なんで、私がプロ野球選手に!?』。第5回に登場するのは、和田康士朗(ロッテ)。高校時代は野球部ではなく、陸上部に在籍した変わり種。プロ野球とは無縁の世界にいたはずの男は、どのようにして球界屈指のスピードスターの座に上り詰めたのだろうか。

◆赤星憲広が「神走塁」の3人を比較。 技術度、センス、将来性を語った

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球界屈指のスピードスターとして活躍するロッテ・和田康士朗

22歳の若者はインタビュー中、終始落ちついた受け答えを見せていた。時に控えめな笑顔を見せることはあっても、大きな感情の揺らぎはうかがえなかった。

だが、最後の質問に対しては初めて言葉に詰まり、意を決したように口を開いた。

「高校生の頃からやりたいことが本当に何にもなくて、親も心配していたんです。野球をやっていなかったら、たぶんそのまま高校を出て大学に行って、普通の仕事をしてたのかな......と思います。BCリーグのトライアウトを受けると親に言った時は、『やりたいことが見つかってよかったね』って言われましたから」

私が投げかけた最後の質問は、こんな内容だった。

── もし高校時代にクラブチームで野球をやっていなかったら、どんな人生だったと思いますか?

夢も希望もない17歳の帰宅部。それが4年後、プロ球界屈指のスピードスターになると誰が想像できただろうか。

和田が野球を始めたのは小学4年の時だった。市の川小スポーツ少年団の久保翔大は「ドッジボールをやっていた和田が野球チームに入ってくる」という情報を耳にして、喜びを覚えたという。

「和田の足が速いのは小学校でも有名でしたから。同学年の仲間が増えてうれしかったですね」

ふたりはその後、「ワダ」「ショーダイ」と呼び合う親友になる。小学生時の和田について、久保はこんな印象を抱いていた。

「肩が強くて足が速い。バッティングも遠くに飛ばすパワーがあって、ずば抜けていました。最初はピッチャーをやっていましたが、コントロールが悪かったので外野やファーストをやっていました」

だが、東松山市立北中の軟式野球部では、和田は一転してケガに悩まされた。中学でもチームメイトだった久保は、2年時のこんな光景を記憶している。

「和田がファーストベースを駆け抜けた時に、急に倒れ込んだんです。ベースを踏んだ時の衝撃で股関節を痛めたらしくて。体の線が細い分、足が速すぎて股関節にすごく負担がくると聞いたことがありました」

じつは1年間で2回目となる股関節の故障だった。最初は左、次は右の股関節を痛め、長らくプレーできない時期が続いた。

そんな折、和田は久保とともに地区選抜・比企フェニックスに選出される。周囲のレベルを目の当たりにして、どんどん自信を失っていった。

「選抜に選ばれた時に2回目の股関節のケガをしたんですけど、練習を見学していてもみんな自分よりうまくて。ケガから復帰したあともボールが全然見えなかったし、ケガが怖くて全力で走れなくて。すべての部分で劣っていると感じました」

中学3年になると、久保は和田から「高校では野球をやらないから」と打ち明けられた。「もったいない」と思いつつ、陸上部に入るとも聞いて納得したという。

「身体能力がとにかく高くて、体にバネがありましたから。足の速さは中学でも一番くらいのレベルで、よく陸上部に呼ばれていました。高校で本格的に陸上をすれば、上のほうにいくだろうなと思いました」

埼玉県立小川高校に進学した和田は、陸上部に入部する。新入部員はさまざまな種目を試し、適性をチェックされる。その末に和田は「走り幅跳びを専門にしてみるか?」と提案された。

じつはこの時点で、和田は自分の走力に特別な自信がなかった。

「中学では自分と同じくらいの速さの人も何人かいたし、ずば抜けてはいなかったので」

陸上部への入部は、和田にとって大きな意味を持った。それまでの走り方を見直したところ、スピードが一気に増したと和田は言う。

「もともと手を横に振って、アゴの上がった不細工な走り方をしていました。それをきれいな走り方に直したら、足が一段と速くなったと感じました」

走り幅跳びでは6メートル45の自己ベストを記録し、県大会では15位とまずまずの結果を残していた。だが、和田が陸上に深くのめり込むことはなかった。

高校1年の夏。和田は高校野球・埼玉大会のテレビ中継を見ていた。幼馴染の久保を応援するためだ。

久保はスポーツ推薦で山村国際に進学。1年生にして背番号15をつけ、夏の大会でベンチ入りしていた。山村国際の初戦は埼玉大会の開幕戦に組まれ、しかも相手は名門・花咲徳栄。野球から離れていた和田ですら「すごくいいピッチャーがいる、優勝候補だと聞いていた」と認識していた。

花咲徳栄が相手に決まった日から、山村国際の選手たちは燃えていた。久保は当時を振り返る。

「勢いだけは負けないようにしようと、試合中もみんなベンチの前に乗り出して声を出していました。とにかく試合があっという間に進んでいった記憶があります」

山村国際は花咲徳栄を相手に2対1と金星を挙げる。時折、テレビ画面に控え選手ながらベンチで声を枯らす久保の姿が映し出された。和田にとってはまぶしい光景だった。

「僕からしたら、花咲徳栄を相手に試合しているだけでもすごいのに、勝っちゃうことに心を打たれました。ベンチに入って強いチームを倒す経験ができた翔大がうらやましかったですね」

また野球がしたい──。和田の心の奥底から、そんな感情が湧き出てきた。

とはいえ、「高校野球をやる選択肢はなかった」と和田は言う。当時の高校野球部の活動内容では、本格的な野球は経験できないと判断したからだ。そこで和田の選択肢に浮上したのが、社会人野球のクラブチームだった。

社会人野球は会社登録チームばかりがクローズアップされるが、一方でクラブ登録のチームもある。同じ地域や出身校などを背景に選手が集まり、硬式野球をプレーするのだ。そこで和田は「父の仕事仲間が昔やっていた」という都幾川倶楽部硬式野球団への入部を決めた。

「埼玉のなかでも強いチームでしたし、甲子園経験者が何人もいて、話を聞いてみたいと思ったんです」

その「甲子園経験者」のひとりが、当時33歳のベテラン内野手・北堀学だった。北堀は聖望学園で1999年夏の甲子園に出場。ともにクリーンアップを組んだのが、鳥谷敬(ロッテ)である。拓殖大でもレギュラーだった北堀は、18歳も年下の和田に対してこんな印象を抱いた。

「全部ムダに全力でやるヤツだな」

バットを振るのも全力。打球を追いかけるのも全力。ボールを投げるのも全力。常に全身にガチガチに力が入っており、抜きどころを知らない。それが北堀の和田評だった。

「肩が強いのに、短い距離のカットマンにも力いっぱい返球してくるので怖かったですね。コントロールも悪いので、どこにくるかわからなかったですし」

北堀は当時を振り返って苦笑する。学生時代に鳥谷をはじめ、プロに行くレベルの選手を目の当たりにしてきた。そんな北堀の目から見て、和田に「プロ」を感じたことは一度もなかったという。

「野球を知らない子だなと感じていました。足の速さはピカイチでしたけど、3点ビハインドの9回二死から盗塁を仕掛けたり、牽制球でアウトになったりとセオリーをわかっていませんでした。高校1~2年生の頃は身体能力に任せてやっていて、その都度『どうしてそれをやってはいけないか?』と周りの大人が話をしていきました」

大学生や社会人に混じって、一人だけ高校生が参加している状況。引っ込み思案の和田は「慣れるのにめちゃくちゃ時間がかかりました」と打ち明ける。土日、祝日のチーム活動日には必ず顔を出したが、平日は特別に自主練習をすることもなかった。陸上部は高校1年の冬に退部していた。

プロ野球や全日本クラブ選手権を目指すような、高い志はなかったと和田は語る。

「平日は学校に行って、帰って、寝ていました。自主トレは気分が乗った時にやるくらい。野球を楽しみたくてやり始めたので、好きな時にやりたかったんです。だからもう、普通の『帰宅部』ですね」

都幾川倶楽部での1年目はおもに代打や代走で出場。2年目の途中から徐々に先発出場が増えていった。

高校卒業後は大学に行こうと受験勉強を進める傍ら、和田に大きな転機が起きる。チームメイトに誘われ、独立リーグのトライアウトを受験したのだ。といっても、和田の感覚はあくまでも「腕試し」程度だった。

「1年前に都幾川倶楽部の先輩(横田宏道/埼玉武蔵ヒートベアーズ)がBCリーグのトライアウトに受かって、独立リーグの存在を知ったんです。もし普通の高校野球部にいたら、たぶん独立リーグがあることすら知らなかったんでしょうね」

2016年11月5日、千葉県柏市のJR東日本野球部グラウンドで開かれたBCリーグのトライアウト。そこには、高校野球未経験者に眠る才能を見出す人物がいたのだった。

後編につづく/文中敬称略)

菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

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