ミラーワールド化で、現実の複製と住む未来

ミラーワールド化で、現実の複製と住む未来

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/04/07
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ある国の皇帝が、地図師に極めて正確な実物大の地図を作らせた。すると地図が帝国を覆ってしまい、やがて地図がボロボロになると帝国も一緒に滅亡した、というアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの寓話が『創造者』の中に出て来るが、哲学者のジャン・ボードリヤールもそれを『シミュラークルとシミュレーション』の冒頭でも紹介している。国の姿を鏡のように写した地図という虚像が実物を上回ってしまう、という主客逆転なパラドックスには驚かされる。

ミラーワールドの世界

これはただのおとぎ話に聞こえるかもしれないが、近年は都市や国の詳細な地理情報等を使って、本物そっくりな3D地図のようなVR世界を創る試みが活発化している。昨年のハロウィーンでは、コロナで外出できない事情を踏まえ、ネット上で「バーチャル渋谷」に入って盛り上がるイベントも行われた。世界中で使われるグーグルマップには、地図や写真ばかりでなく、都市の繁華街の3Dモデル化された情報がいくつもある。

こうした現実世界を鏡に映したように忠実に再現したリアル感あふれる虚像の世界は、最近では「ミラーワールド」とか「デジタルツイン」と呼ばれるようになった。映画やテレビでもこうしたモデルを使った都市のSFX映像が使われており、実際のロケより格安に思い通りの演出ができることで利用が拡大している。

いろいろな製品開発では、プロトタイプを作って現場で試行錯誤を重ねるのが一般的だが、これさえもデジタル環境の中でモデルを作り、その中で使い勝手を試し、考えうるあらゆる条件下でテストを重ねれば、潜在的な欠陥も予測できリコールなどに備えられるようになると話題になっている。

また忠実に再現した都市の中で、開発中の自動運転車(3Dモデル)を何度もテスト走行させて学習データを蓄積して訓練し、運転ソフトの向上を図るという使い方もされている。実車の走行より精度は落ちるかもしれないが、コストもかからず事故が起きても被害が生じず、安全な方法として注目されている。

しかし、3Dモデルの計算された世界には限界もあり、そこでの結果は机上の空論にもなりかねないので、最終的には市場に出すために現物モデルでテストしなくてはならない。最近トヨタが、「ウーブン・シティ」というスマートシティ構想を打ち出し、建物や道路や交通、生活などの都市全体をデジタルでコントロールして、その中で自動運転車も走らそうとする計画を発表した。これは現実世界のモデル化ではなく、モデル世界の現実化という逆の動きだ。

スマートシティと呼ばれるプロジェクトは全世界で展開されており、中国の上海やカナダのトロントなどの事例が有名だ。もともと建物に電子機器やネットワークを付加してインテリジェント化したように、都市環境にセンサーを付けネット化したり、ロボットを走行させたりすることで、運輸を自動化して高度化して渋滞を緩和し、二酸化炭素排出を抑えたり、ユニバーサルアクセス化したり、街の電力需要を最適化したり、災害時の安全性を確保するなど、さまざまな利便性の向上や都市機能の向上を目指す試みだ。

しかし監視カメラがそこいらに配置され、センサーで個人の行動や車の動きが追跡され、電子マネーなどの取引情報が集められるとなると、オーウェルの『1984年』のビッグブラザーのような世界が来ると、プライバシーや自由に対する危惧を抱く声も出て来る。事実、トロントのグーグル関連会社Sidewalk Labsが手掛けていたプロジェクトには住民から反対の声もあがり、コロナ禍を理由に昨年撤退したがまだ前途は多難なようだ。

縮まる情報との距離

ミラーワールドという言葉が最初に世に出たのは、マルチメディアやインターネットの商用化が始まった頃の1991年に、米イェール大学のデビッド・ガランター教授が書いた『Mirror Worlds』という本でだった(1996年に『ミラーワールド─コンピュータ社会の情報景観』(ジャストシステム)として邦訳)。

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米イェール大学のデビッド・ガランター教授(Photo by Andreas Rentz/Getty Images for Hubert Burda Media)

この本では、画面を通して外界やソフトの動きを水晶玉に映ったように見せ、それを操作して使い勝手を向上させる方法が論じられている。デスクトップ環境をアーカイブして、過去の利用状況を再現できる手法も紹介され、かつてアップルのタイムマシン機能がこのアイデアを勝手に拝借したと非難されたこともあった。ガランター教授の頭の隅には、1982年の映画「トロン」のように、人間がコンピューター世界の中に入って操作するイメージが浮かんでいたのかもしれない。

余談になるが、ガランター教授は右手が義手だ。大学に送られてきた郵便物が爆発したせいだが、これを送ってきたのがユナボマーと呼ばれるセオドア・カジンスキーという数学者だ。テクノロジー文明が人類の自由を奪うと関係者を標的にし、1978年から95年にかけて、全米の大学や航空会社に爆発物を送り付け、死者3人負傷者23人を出した。

初期の大型コンピューターの時代には、部屋ほどある巨大な機械のスイッチやメーターの付いたパネルを操作し、キーボードやパンチカードを使ってコマンドを打ち込み、計算結果をプリンターに打ち出すような使い方がされた。コックピットから機械の中をそのまま操作するような方式だが、まるで遠くにいる偉い人や神様にお願いしてそれが叶うのを待っているような使い方だった。

しかしパソコンが普及し始めると、ウィンドウズに象徴されるように、画面に書類やフォルダーが絵で表示され、書類を開いて文字を打ち込んでフォルダーにしまって整理する、デスクトップという方式が主流になった。操作は目の前で、思いついたことをそのまま伝えて答えてもらう、友人と対話するような方式になり、文字中心よりビジュアルが中心になった。

そしてパソコンがネットとつながるようになると、今度はブラウザーを使ってウェブにアクセスし、ドラえもんのどこでもドアを開けるように、ホームページというリンクした先の見えない世界に飛ぶという使い方になった。蜘蛛の巣のように情報を結んだウェブを作り出すWWWは、世界中のコンピューターの中の情報を、一つの巨大な本のように階層的にアドレスを付けて扱う手法だ。これこそボルヘスが書いた、一文字ずつ異なるありとあらゆる書物が並んだ『バベルの図書館』そのものだ。

この超巨大な図書館から目的の1ページにたどり着くためには、目次自体が大きくなり過ぎてその中で迷ってしまう。そこで索引のようにキーワードを付けてアクセスするしかなく、グーグルのような検索エンジンを開発する会社が世界に君臨するようになる。

そしてソーシャルメディアの時代になると、今度は情報がそのページに固定されるというより、リアルタイムに流れ出し、それらがシェアされてはまた他の場所でエコーするというストリーミング化が起き、固定した場所の番地を示すキーワードではなく、情報の流れの特徴を区別するタグのような目印が必要になった。

そしてミラーワールドの出現だ。ついに人類は情報の作る宇宙を遠くから眺める時代から、さらに近寄って本の大海原で現在の位置を計測し、さらには流れに乗って波間をサーフィンし、ついにはミラーワールドという情報の海の中へとダイブする段階に突入したのだ。

パラレルワールドの未来

このパラレルワールドのような世界に入ってしまうと、もうそれは鏡の国のアリスやオルフェの神話が夢見た世界だ。遠くから情報を眺めて名前を付けている時代は終わり、自分が情報世界の住人になって、自分の行動さえもが情報世界の一部として扱われ、もはや客観的な傍観者ではいられなくなる。

HMDを付けて3Dイメージの中に没入して、世界旅行をしながら何かを探すような使い方もできるだろうし、実際の街に出て歩くとスマートグラスのAR機能で、行った場所の名前や関連情報などを風景に重ねて表示するような使い方もできるだろう。ポケモンGOのような、現実の場所とゲーム世界を重ねた新しいエンタメも生まれるだろう。

こうした日常世界のような仮想空間では、キーワードやタグばかりか、もっと言語化できない指標で情報を扱わないとならない。フェイスブックなどのソーシャルメディアは、利用者の日々の行動や利用者同士の関係性をソーシャルグラフ化し、世界の歴史を追跡するようにダイナミックな情報の物語を書いている。

誰が誰といつどこで会い、何について会話し、その後どこへどんな目的で去っていたか、という人類総体の歴史的記録がネットの中で追跡され蓄積され分析され、神の目のように人々を監視しては新たな情報を作り出す。しかし、アマゾンのお勧めのように、自分の日常の行動が分析され、知らないうちに企業や他人の思惑で出された情報に支配され、気がついたらとんでもない事態になっていないとも限らない。

これだけ膨大な情報を収集分析するためには、ネット上のすべてのサーバーやIoTによるあらゆるもののデーター管理が必要で、全世界を対象としたコンピューティングパワーはとてつもなく大きなものになるため、将来は量子コンピューターのような現在のレベルをはるかに超えた処理能力が求まられるようになるだろう。

人間社会のありとあらゆるものを鏡のように映した仮想世界の中で、社会、経済、政治などの現実世界をモデル化したシミュレーションが行われ、その結果が逆に現実世界にそのままリアルタイムで反映される世界はどうなっていくのだろうか?

これはおとぎ話や魔法の話ではなく、われわれが日常的に世界を見て頭で分析してそれを使って行動している所作をネット化し、全人類で一つの脳を共有しているような話だ。かつて、コンピューターによるネットワークが使われ始めた頃に、カトリックの神父テイヤール・ド・シャルダンは、地球規模の意識の被膜ヌースフェアが人類を一体化すると説き、ニューサイエンスやニューエイジの論客もグローバル・ブレインと唱えた。

遠くにあったデジタル宇宙を観測している時代は、言葉や論理でその姿を客観的に論じることができ、その話題は経営や経済や政治といった大きな物語が対象だった。そしてパソコンが出てきて、手許の視覚的情報を手で操作するようになると、仕事やさらには個人的なメールやゲームなど身近な話題が主となった。そしてモバイルやウェアラブルの時代にはHMDやスマートグラスを着けて、触覚や全身の体感でミラーワールドというデジタル宇宙に没入して、ついにわれわれはその住人になってしまいそうだ。

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ImageFlow / Shutterstock.com

情報の海に飛び込んだわれわれは、すでにもう鏡の世界に居ることも忘れ、いままでの日常生活の延長線上にあるように、情報の中を歩き、手に取り、全身情報に身を包んでいる。こうした環境化した世界は、論理や単なる対話だけではない感情や無意識が支配するようになり、自分の頭の中の夢と現実がつながり区別できなくなってしまうかもしれない。シミュラークルが現実を覆いつくす地図と化すのだ。

カジンスキーはそれこそがテクノロジーの呪いだと考え、その時代が来る前に滅ぼしてしまおうと考えたが、その被害者だったガランター教授が夢見た世界はすでにそこまで来ている。

科学やテクノロジーの進歩で、呪術や信仰の支配していた古代から中世の世界が、論理的で合理的な近代へと移行したと考えられているが、デジタル化が成し遂げようとしている究極の世界は、ボルヘスの予言した魔術的な世界へ向かっているのかもしれない。

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