軍の独裁者は鬼...在日ミャンマー人が訴えた「母国の軍政」への怒り

軍の独裁者は鬼...在日ミャンマー人が訴えた「母国の軍政」への怒り

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/02/23
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在日ミャンマー人による緊急記者会見

このところ2週にわたってお伝えしているミャンマー情勢だが、今週は、第3弾をお届けする。

2月1日に国軍が軍事クーデターを起こして以降、若者のデモは激しさを増し、先週はついに死者を出した。9日に首都ネピトーでデモ参加中に、治安当局によって頭部を撃たれた20歳の女性が、19日に死亡。翌20日には、第2の都市マンダレーで、街頭デモに参加していた36歳と17歳の男性が、同様に治安当局に撃たれて死亡した。

他にも各都市で多くの負傷者が出ている。22日には、ミャンマー全土でゼネストが行われた。

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ミャンマーの混乱は広がる一方である。だが、全権を掌握した国軍側が情報統制しているため、ミャンマーでいま何が起こっているのかが、ストレートに伝わって来ない。

そんな中、日々、現地と連絡を取り合っている在日ミャンマー人5人と、最大都市ヤンゴンで日系企業に働いているミャンマー人1人が、先週16日、東京・銀座で緊急記者会見を開いた。いずれも日本滞在歴が約10年あり、流暢な日本語を話す20代から30代の女性たちである。

会場になったのは、「国際交流ラウンジ・ゴーウェルタウン銀座」。普段は、留学生と日本企業の就職交流などの場になっているという穏やかなカフェが、「ミャンマー軍事クーデターに対する若者の声明 ミャンマーの現状を明かす」と題した、ものものしい会見の場に変わった。

会場には、このタイトルが、日本語とミャンマー語で大書され掲げられていた。

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私はこの時、ミャンマー語の文字を、初めて間近で見た。何だか熱帯魚が泡を吹きながら泳いでいるようなユニークな絵柄である。ミャンマーについて日本語で書かれた名著『物語ビルマの歴史』(根本敬著、中公新書、2014年)には、ミャンマー語について、こう解説してある。

〈 ビルマ語(ミャンマー語)はいまや6000万人近い話者を持つ東南アジアの主要言語のひとつ(中略)。ビルマ語の特徴を日本語と比べてみると、言語系統は異なるものの、文の構造の類似性を指摘することができる。日本語と同じ順番で文を作ることができ、主語の省略も日本語と同じように生じる。ただ、中国語のように声調があり、母音も日本語より二つ多い7種類存在する。(中略)

丸っこい形に特徴があるビルマ文字は、11~12世紀ごろにモン文字を改良して作られたものである。南インド起源の文字系列に連なる 〉

会見に臨んだ女性たちは、まだあどけない表情を残す若者たちだったが、それぞれが母国で起きた軍事クーデターに対する怒りをぶちまけた。

ミャンマー憲法の緊急事態条項に驚愕

先頭を切ったのは、日本で人材派遣業の会社に勤めているというモンさんだった。

「2月1日に国軍が起こしたクーデターは、完全に憲法違反です。2008年に国軍が定めた憲法に、自らが違反しているのです。国軍の司令官が大統領的な権限を持つことは許されていないし、緊急事態宣言が出ても大統領は職務停止にならないからです」

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彼女は、ミャンマー憲法の第73条と第418条を、ミャンマー語の原語と、日本語訳で指し示した。日本語訳は、以下の通りである。

〈 第73条(1)大統領が任期終了前に辞職した場合であれ、死亡した場合であれ、また職務を継続的に遂行できなくなった場合であれ、何らかの理由により大統領に空席ができた場合には、2名の副大統領のうち、大統領選挙の際に2番目に票が多かった方が、大統領代行として、任務を遂行しなければならない 〉

〈 第418条(1)大統領は、第417条に定めた国家緊急事態を宣言する際、国軍司令官が国内の穏やかな原状回復に向けた必要な措置を取れるよう、立法・行政・司法の各権限を国軍司令官に委譲する旨、宣言しなければならない。その宣言がなされた日をもって、すべての議会は立法機能を停止し、自動的に解散したものとみなす。

(2)憲法に基づいて、議会の承認を得た上で、任命された組織及び自治区・地域の指導組織に所属するすべての関係者は、大統領及び副大統領を除き、国権が国軍司令官に委譲された日をもって、職務が停止されたものとみなす 〉

ミャンマー憲法に接したのも、この時が初めてだったが、二つのことが驚きだった。
まず第一に、緊急事態条項が事細かに定められている点である。

たしかに、前述の『物語ビルマの歴史』を読むと、この国は過去2000年にわたって、ものすごい闘争史を繰り広げてきたことが分かる。何せ、東の中国と2160km、西のインドと1463kmも国境を接しているのだ。この東西両大国の他にも、19世紀にはイギリスと3度の戦争の末に植民地化されたり、前世紀の太平洋戦争中は日本軍に占領されたりしている。

もう一つの驚きは、「憲法第418条」という点だ。調べてみたら、ミャンマー憲法は457条まであった!

憲法が短いほど平和国家というわけでもないが、緊急事態宣言など、「万一の事態」までくどくどと書くから長くなるわけだ。103条しかない日本の平和憲法のありがたみが沸いてくる。

日本が派遣した選挙監視団

次に抗議の声を上げたのは、やはり日本で人材派遣会社に勤務しているというジンさんだった。

「昨年、ミャンマーで総選挙が行われ、世界各地から選挙監視団が来て、選挙の正当性を証明しました。日本からも、笹川陽平日本財団会長が、ミャンマーで選挙監視を行っていたのです。

そのため、『選挙で不正が行われた』という国軍の主張は、正しくありません。日本も選挙監視団の一員だったのだから、はっきり声を上げてほしい」

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日本政府が笹川氏を選挙監視に派遣していたことは、以下の日本外務省報道官談話(2020年11月9日)で確認できた。

〈 8日、ミャンマー連邦共和国において、2015年の歴史的な総選挙でミャンマーの国民が選んだ政権が発足して以来、初めての総選挙が行われました。選挙結果の正式な発表はまだ行われていませんが、今次総選挙が平和裡に実施されたことを歓迎します。

ミャンマーの民主化の過程において重要な節目となるものであり、公正かつ透明性の高い選挙の実施を支援するため、日本政府は、笹川陽平ミャンマー国民和解担当日本政府代表を団長とする選挙監視団を派遣したほか、二重投票を防止するための特殊インクの供与等を行いました。

8日(現地時間同日)、ミャンマーに派遣されている日本政府選挙監視団の笹川団長から、今回のミャンマー総選挙は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のための様々な対策を講じながら、国内外の選挙監視団が見守る中で、概ね平穏に投票が行われたとの報告を受けました。

今般の選挙結果を踏まえ、ミャンマー国民の民意を反映した民主的な国造りが更に進むことを期待します。我が国は、ミャンマー自身による民主的な国造りを引き続き全面的に最大限支援し、伝統的な友好・協力関係を一層発展させていく考えです 〉

たしかに、日本はここまで深く足を踏み入れているのなら、ジンさんの言うように、なぜ声高らかに軍事クーデターの首謀者たちに抗議しないのだろうと思えてしまう。

日本とミャンマーの親密な関係

ミャンマーと日本との縁は深い。以下は前掲書からだが、第二次世界大戦勃発後の1940年には、反英組織「自由ブロック」のアウン・サン書記長(アウン・サン・スー・チー国家顧問の父親)が来日し、日本陸軍参謀本部の鈴木敬司大佐らと、イギリス植民地からの独立共闘について話し合っている。

1941年12月に太平洋戦争が始まると、翌月には東條英機首相が将来の独立を宣言。日本軍はビルマ進攻を始め、5月までに全土を制圧した。そしてバモオ博士を国家元首兼首相として「独立」がかなえられた。日本を始め、10ヵ国が独立を承認している。終戦まで日本軍はビルマに、32万人もの兵士を送り込んだ。終戦後、バモオ首相は一時、日本に亡命している。

1948年にビルマが正式にイギリスから独立してからも、すぐに「コメ外交」(食糧不足の日本にコメを輸出する外交)を始めた。1955年には日緬平和条約を発効させ、これは戦後日本が締結した最初の国家賠償となった。

その後、1988年に軍事クーデターが起こってからも、日本は、強烈な制裁を科した欧米諸国とは一線を画した柔軟な外交を展開した。端的に言えば、軍事政権と欧米諸国とのパイプ役を果たしてきた。

そうした成果が、2013年の安倍晋三政権下でのティラワ経済特区建設の調印につながった。ヤンゴン南郊の700haに及ぶ「日系企業工場群」ティラワ経済特区については、前々回のこのコラムでお伝えした通りだ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80061

現在、駐ミャンマー日本大使館の丸山市郎大使は、外務省きってのミャンマー専門家として知られる。大使館のホームページには、こんな挨拶文を寄せている。

〈 私は1978年に外務省に入省後、このミャンマー(当時のビルマ)で語学研修を行って以来、4回の在ビルマ/ミャンマー大使館在勤を含め、日・ミャンマー二国間関係に長く従事してきました。最近では2011年から去る2月末まで、次席として在ミャンマー大使館で約6年間在勤しました。

(中略)ここミャンマーは、現在世界でも最も注目を浴びている国の一つであり、日・ミャンマー両国は極めて緊密な関係を築いてきています。我が国は、ミャンマー国民の大多数の支持を得て誕生した現政権の成功こそが、ミャンマーの民主化と発展のために重要であり、そのため、官民挙げて全面的に支援していく考えです 〉

日本政府はこれほどミャンマーに深く関与している割に、今回の軍事クーデターに関しては、口が重かったのである。2月21日になって、日本外務省はようやく次のような報道官談話を発表した。

〈 日本政府は、ミャンマー治安当局によるデモ隊に対する発砲により、複数の民間人が死傷していることを強く非難します。また、犠牲者の御遺族に対し哀悼の意を表し、負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。

平和的に行われるデモ活動に対して銃を用いた実力行使がなされることは許されることではありません。日本政府は、ミャンマー治安当局に対して、民間人への暴力を直ちに停止するよう強く求めます。

また、日本政府は、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問を含む関係者の解放、民主的な政治体制の早期回復を改めて国軍に対して強く求めます 〉

「軍の独裁者は、鬼です」

先週のミャンマー人の会見に戻ろう。

続いて3人目、日本で語学関係の会社に勤めているというプインさんが、「怒りの声」を上げた。

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「2月1日の軍事クーデターは、あまりに唐突で理不尽です。コロナが流行る中、国民のことをまったく考えていません。

1988年にも、ミャンマーで軍事クーデターが起こりました。当時は、群衆の中にニセモノのデモ隊を紛れ込ませ、わざと国内を混乱させて、治安を安定させるとして軍事クーデターを起こしたのです。

現在、ミャンマー人は、鍋を叩いて抗議の意を示しています。ミャンマーでは「鍋叩きをすると鬼が逃げる」と言います。軍の独裁者は、鬼なのです。

デモにしても、独裁者から政権を取り戻すには、このやり方しかないから行っているのです。デモはヤンゴンとマンダレーから始まり、全国に広がっています。いまでは約75%の国民が協力的です。公務員や医療関係者も、デモに参加しています。国有銀行の行員や外務省の職員などは、参加していません。

軍は、各職場にもプレッシャーをかけています。デモに参加した社員は退職させろとか、社員寮から追い出せとか言ってきています。

ミャンマーが再び軍政になれば、私たちは何もかもが不自由になります。いまでもすでに、不安で一杯の中、生きています。私たちは国軍の政権など、1秒たりとも看過できません。だから国際社会の圧力がほしいのです。日本からも圧力をかけてほしいのです」

たしかに、彼女が言うように、22日にはミャンマー全土でゼネストが決行された。国民の多くが、「軍政など真っ平ごめん」と考えている様子が伝わってくる。

ミャンマーを鎖国に導く道

4人目は、日本で金融関係の会社に勤めているというティリさんだ。

「いまや軍は、国民の人権侵害をやりたい放題です。インターネットを遮断し、午後8時以降の外出を禁止しました。市民に向けて放水したり、ゴム銃を撃ったりしています。

19歳(20歳?)の女性が撃たれて死亡しました。これは1988年(の軍事クーデター)とまったく同じ殺人事件です。

当時は、2万3000人の受刑者を解放し、放火などをさせました。いまも市民は夜が不安で、警察も軍も頼れない状態です。日本でも、凶悪犯罪者が解放されたら市民は不安に感じるでしょう。

軍は、国の安全のためと言いますが、2月1日以降、ミャンマーに安全はなくなりました。さらに軍は、サイバーセキュリティ法を作ろうとしています。これらは、ミャンマーを鎖国に導く道です。

国連決議までに2週間かかると言います。でもミャンマー人は、2週間も待てません。いますぐに私たちの声を聞いてほしいのです」

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1988年の軍事クーデターについては、前掲書でこう記している。

〈 その日(9月18日)の午後4時過ぎ、国営ラジオから勇ましい行進曲と共に臨時ニュースが流れ、国軍が「法秩序の回復」と「国土の治安維持」のために全権を掌握したことを伝えた。(中略)

軍政発足後の1週間、ラングーン(ヤンゴン)はもとより地方都市でも学生たちが抵抗を続けたが、軍による水平射撃によって封じ込まれた。この間の全国の死傷者は軍事政権側の発表で死亡337名、負傷者209名とされたが、実際は1000人以上が死傷したと言われている。(中略)

ビルマ国軍は民主化運動を武力で封じ込め、国軍幹部19名(のち20名)から構成される軍事政権を発足させた。(中略)翌1989年6月、軍政は自国の対外向け名称「バーマ(ビルマ)」を変更し、ビルマ語名称と同じ「ミャンマー」に統一した 〉

ミャンマー軍と中国との関係

5人目の証言者は、日本で看護師として働いているレーさんだった。彼女が語ったのは、ミャンマー軍と中国との関係だった。

「ミャンマーの国軍は、中国と深い関係にあります。2月9日、中国からヤンゴンに緊急便が着きました。中国大使館は『シーフードを届けた』と言っています。2月15日には、中国から緊急便が6便も来ていますが、それも隠されています。

中国は、ミャンマー国内を通るパイプラインを作っています。国境付近に巨大なミソンダムを作りたいこともあって、国軍を支援しているのです。

軍事政権は、本当に悪魔です。日本人は自由の大切さに気づいていません。食べることも寝ることも、自由だからできるのです。

私たちがほしいのは、日本と同じ民主主義と自由です。政府は国民の人権を尊重してほしい。

現在、ミャンマー国内で、主要8民族を含む365の民族が、一つになってデモ活動を行っています。国民が投票した選挙の結果を認め、スー・チーさんたちも早く解放するよう要求しています。

ミャンマーから独裁者を締め出したい。私が生きている限り、命を懸けて、民主主義のために頑張ります」

最後は目頭を潤ませて訴えていた。

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ミャンマーのデモは、現地の中国大使館に対しても及んでいる。それは、レーさんが指摘したように、「中国からミャンマー軍に物資を運んでいるのではないか」という疑惑が出たからだ。

これに対し、駐ミャンマーの陳海中国大使は、2月15日にミャンマーの主要5紙(『Voice』『Eleven』『Seven Days』『Myanmar Times』『Frontier』)に、書面で反論を載せた。全文は長文だが、レーさんが指摘した疑惑の部分について、陳海大使はこう答えている。

「ある種の噂話については注意している。いわゆる中国の飛行機がミャンマーに技術者を運んでいるとか、中国がミャンマーに防火壁を援助している、中国の兵士がミャンマーの街角に紛れ込んでいるとかいったことだ。はっきり言うが、これらの噂は完全に荒唐無稽で、滑稽だ。

飛行機の往来はあるが、これは正常な貨物便で、コロナ禍の前は毎日15便から18便、ミャンマーに来ていたが、いまは毎日5便ほどだ。載せているのは、ミャンマーから中国に輸出する海産物だ。中国は一貫して、ミャンマーの農水産物の重要な輸出市場だ。

ミャンマーのネット上には、飛行機には中国の技術者を乗せていて、故意に『貨物便』のプレートを外しているとか、その後になったら『武器』を積んでいるとか、出まかせを書いている。まったく悪意に満ちている」

おしまいの6人目は、インターネット中継で、ヤンゴンの日系企業に勤めるアウンさんという女性が、現地の状況を伝えた。

「いまは夜になると、何が起こるか分からない状況です。明日をも知れない状況です。犯罪者が解放され、警察が自作自演の犯罪を犯しているのです。しかしミャンマーのメディアは、こうしたことを報道できません。

そのため、私が住んでいる地元の住民は、7人から10人くらいの自警団を組んでいて、夜に見回りしています。しかし彼らも、いつ逮捕されるか知れません。

おとといから、銀行も軍が支配しました。私たち個人の貯金も、どうなるか分かりません。路上では、軍と警察が、平和なデモを弾圧しています。ウィン・ミン大統領とスー・チー国家顧問を一刻も早く釈放するよう、日本から圧力をかけて下さい」

スー・チー女史が解放されても

以上で、彼女たちの「訴え」は終わり、日本人記者との質疑応答になった。といっても、会見に参加した記者は10人ほどしかいない。残りの席は在日ミャンマー人たちが埋めていた。

何だかしんみりした雰囲気だったので、私が挙手して聞いた。

「本日、軍事政権の悪辣な実態を証言された6人のミャンマー人は、全員が女性でした。ミャンマーの男性は勇気がないのでしょうか?」

一同、爆笑。すかさずミャンマー人女性の一人が取り繕った。

「男性たちは、今日はたまたま仕事があって忙しかったり、ネット回線をつないだりする作業をやっていただけです。ミャンマーの男性は、十分勇敢です」

続いて、私はもう一つ聞いた。今度はマジメな質問だ。

「皆さんが生まれる前か生まれたばかりの1980年代からアジアを取材している私から見て、いまミャンマーで起きていることは、1989年に中国で起こった天安門事件のミニチュア版のように映ります。

当時の中国には、優秀な学生運動のリーダーたちがいました。彼らが組織立って民主化運動を要求したけれども、結局は人民解放軍の戦車部隊に蹴散らされてしまった。
それに対して、いまのミャンマーのデモは、どうやって組織立ってやっているのですか?

民主化運動のリーダーだったスー・チー女史はすでに75歳で、しかも軟禁状態にあります。もっと若いリーダーは出てこないのですか?

1988年のミャンマーの民主化デモや、1989年の中国の天安門事件、最近では2014年の隣国タイの軍事クーデターなどから、どんな教訓を得て、どんな戦略でデモに臨んでいるのですか?」

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私の質問には、前述の語学関係会社に勤めるプインさんが答えた。

「それは不服従運動が、一番大事です。ミャンマー国内では、とにかくデモを続けます。それから国際的には、経済制裁によって軍事メカニズムが壊れるようにしていきます。だから国際的な協力がほしいんです」

私は畳みかけて聞いた。

「それで軍事政権を倒せるんですか? リーダーも戦略もなく、ただデモをしているだけなら、軍事政権に蹴散らされるだけではないのですか?」

すると、記者席でやりとりを見つめていた在日ミャンマー人女性(医者)が立ち上がって代弁した。

「私は日本語がうまくないので、英語で発言します。いまの質問ですが、スー・チーさんたちデモのリーダーは、すでに拘束されています。だからいまは、すべてのデモの参加者たちがリーダーです。公務員ですらも、抵抗の意を表しているのです。全国の若者たちが、昨年11月のNLD(スー・チー女史が指導する国民民主連盟)が勝利した総選挙は、不正なんかではなかったといって立ち上がっているのです。彼らすべてがリーダーです」

彼女の必死の弁明を聞いて、私はもはや反論しなかった。

だが、仮にデモが成功して、スー・チー女史が解放され、NLDの政権が再びできたとする。それでも40万人の軍隊は残るわけで、彼らのパワーも削がれることはない。逆にもし削がれたら、東に中国、西にインドという両大国に挟まれたミャンマーの安全は危うくなるし、少数民族の独立運動も激化するだろう。

というわけで、デモが成功したとしても、常に再度の軍事クーデターが勃発するリスクを孕んでいるのだ。単純に民主化して国がうまく進んでいくほど甘くないことは、東南アジアの現代史が物語っている。

ただ、東京で会見に臨んだ若い彼女たちの夢や希望がかなえられるミャンマー社会になってほしいと願う。アジアの強みは、何と言っても「若い力」にあるのだから。

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【今週の新刊推薦図書1】

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『バイデン大混乱ーー日本の戦略は』
著者=日高義樹
(かや書房、税込1980円)

過去半世紀以上にわたって日本最高のホワイトハウス・ウォッチャーとして知られ、85歳のいまもワシントンで取材を続ける日高義樹元NHKアメリカ総局長は、他の日本のアメリカ専門家と異なる点が三つある。第一に、常に現地のトップクラスから情報を得ていること、第二に政治・経済・軍事・社会の4分野から多角的に分析すること、第三に「アメリカ人の体感」を嗅ぎ取る抜群のセンスである。
今週出した新著でも、この「三つの才覚」がいかんなく発揮されており、バイデン新政権を剥き出しに分析していく。日本を含む同盟国には、核戦力体制、国内経済、対中政策の3点への協力を迫ってくるという。そして、「尖閣のためにバイデンは戦わない」とも断言する。いまさらながらに、アメリカを分析することは、日本の将来を考えることでもあると再認識させられる一書である。

【今週の新刊推薦図書2】

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『うんちの行方』
著者=神舘和典、西川清史
(新潮新書、税込792円)

ついこの間まで文藝春秋社の副社長を務めていた西川清史氏は、私が知る限り、「最も中国人に好かれた日本の出版関係者」である。10年ほど前、北京の日系企業に勤めていた私は、現地の友人で通称「ミスター3」(北京で3番目の富豪の意)に西川氏を引き合わせたところ、彼が西川氏にぞっこんとなり、文藝春秋発行の高級誌『CREA Traveller』の中国版を即決したのだった。その理由は、「この男は欲深い人士で信用できる!」。
西川氏の欲深さは知識欲にも広がっていて、博覧強記と飽くなき知的好奇心から完成したのが本書である。日本を代表する出版社の副社長を退職された西川氏、何とコロナ禍の一年、「うんち」を巡る取材旅行に駆け巡っていた! ウォシュレットの進化史から平安時代のトイレ事情まで、「うんちのうんちく」が詰まった怪著である。

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