「生活水準は下げられない」東京にしがみつく32歳女が、副業先のバーで流した涙

「生活水準は下げられない」東京にしがみつく32歳女が、副業先のバーで流した涙

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  • 更新日:2022/08/09

「30.5」

これは、東京における女性の平均初婚年齢。

多くの女性が、その年齢までに結婚をと、自分の道を決めていく。

一方で、「30過ぎてまで、何やってるの?」と言われてしまうような、どうしようもない恋愛から抜け出せない人がいるのも事実。

他人には言えない心の葛藤、男女の関係――。

30歳を過ぎた。でも私は、やめられない。

少し痛いけれど、これが東京で生きる女のリアルなのだから。

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Vol.1 優里亜、32歳。彼女はなぜ、この恋愛にしがみつくのか?

「優里亜ちゃん、やっと彼女になってくれたね~!待ちくたびれたよ」

今日は山本との初めてのデート。

彼は、都内3ヶ所でメンタルクリニックを経営している医師で、年齢は51歳。

私が働いている銀座8丁目の会員制バーに3ヶ月前に初来店し、そこから週1で私のことを口説いてきた男だ。

私たちは、麻布十番にある完全会員制の『鮓 ふじなが』に来ていた。

久しぶりの高級寿司は、感動的に美味しいし、特別感のある空間と雰囲気にもテンションが上がる。

― はぁ、これこれ。やっぱりこういう生活が私には合ってるわ。

私は、一貫一貫しみじみと味わった。

「そういえば、優里亜ちゃんの家って、この辺だよね?」
「うん。南麻布だよ」
「もし僕が家賃出してあげるって言ったら、銀座のお店、辞めてくれる?」

― おっ?キタキタ…!

私はこれを待っていた。別に好き好んで51歳の年上男と付き合いたいわけではないのだ。

「あ~やっぱり、銀座のお店で働いているのとかって嫌だよね。じゃあ、山本さんのために辞めちゃおうかな」

そう言った途端に、山本は目尻にシワを作りながら、満面の笑みをこちらに向けた。

「南麻布の家賃って、20万円くらい?もっとする?」
「うん。そのくらいかな」

本当は18万円だが、うまくごまかし毎月20万円の家賃補助をしてもらうことに成功した。

やはり、持つべきは“余裕”のあるオトコだ。

私は、大好物のウニを口いっぱいに堪能して、すだちを絞った焼酎のソーダ割を飲んだ。

「ねえねえ、あの人たち今流行りの、ナントカ活かなぁ?」
「違うでしょ。女の人若くないし」

店を出てから、タクシーに乗り込もうとすると、道を歩く女性のふたり組がこちらを見ながら話すのが聞こえた。

― ちょっと、丸聞こえなんですけど!

私は一瞬イラッとしたが、彼女たちに視線を向けることなく、グッと堪えた。

私だってわかっている。

30歳を過ぎて、お金目当てに男性と付き合うことがどんなにダサくて痛いことか。

でも、私は、この生活がなければ、自分らしく生きられなくなっていた。

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私は昼間、法律事務所の事務員をしている。

銀座のバーでのアルバイトは週に3日。19時から23時までだから睡眠時間こそ確保されているものの、32歳でのダブルワークは、正直キツい。

なぜ私が、銀座のバーで働いてまで稼ごうとしているのか?

それは紛れもなく、4年間付き合っていた経営者の元カレとの贅沢な暮らしが、忘れられないからだ。

一緒に住んでいた白金台の部屋のリビングは60平米で家政婦がいたし、デートで行く店は普通なら予約が困難なところばかり。もちろん旅行はビジネスクラス以上。

だから、30歳のタイミングで別れを切り出された時は、しばらく立ち直れなかった。

田園調布3丁目に実家があり、小学校からずっと成城学園に通っていた私。

何不自由ない生活を送らせてもらいながら、大人になってまで親に頼りきるのも申し訳なくて、社会人になると同時に一人暮らしをした。

実家に帰れば、昼間のお給料だけで満足な暮らしができるだろう。

でも、それでは東京に散らばっているチャンスや奇跡を自分でつかめない気がしていた。

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自分の力で幸せにならなければ、なんの意味もない―。

そんなことを思いながらタクシーの窓からぼんやりと外を眺めていると、車は六本木のラグジュアリーホテルに着いていた。

私は、スイートルームのバスルームで、アクセサリーをひとつずつ外しながら、心の準備をする。

「ふぅ」

友達には、もっと若くて、かっこいい人と付き合いなよと言われる。

しかし、もしそういう男が近くにいたとしても、その男は私を選ばないだろう。

彼らは、モデルや女優といった華やかな職業の女が好きだし、そういう女が向こうから寄ってくる。

中にはそういう男に果敢に挑んでいく身の程知らずの女もいるが、私はそんな女を心から軽蔑している。

つまり、最初から負け戦なのだ。

私は、一般的な32歳のOL。ちょっと可愛くて、コミュ力が高いことが売りなくらい。

元彼が私の生活水準をグンと引き上げたせいで、そのへんの同年代の男の経済力では満足できない。

だから、裕福な暮らしをさせてくれる51歳の経営者と付き合えるのは、むしろありがたい。

そんなことを思っていた。

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「優里亜ちゃん~!早くこっちおいで」

バスルームのドアの向こうから山本の声がする。

「は~い!今行くね」

ふたりでワインを少し飲み、雰囲気が良くなってきたところで山本が私の肩に手をかけ、そのままベッドに誘導された。

― 大丈夫。私は山本のことが好き、好き、好き。好き。だから付き合っている。

そう何度も心の中でつぶやき、山本に身を任せた。

気がつくと、バスルームからシャワーの音がしていた。

私は、起き上がって水を飲み、下着姿で東京の夜景を眺めながらポツリとつぶやく。

「大丈夫、私は幸せ。絶対にこれからもっと幸せになる」

銀座のバーの最終出勤日。客が引き、一旦グラスを洗おうと裏へ行こうとした時だ。

ひとりの女性客が私の目の前に座った。

― えっと…、確か山本の秘書の人だ。

いつも山本と一緒にいるこの女性秘書は、歩美。「彼女は人を見る目がある」と山本がよく褒めていたから、覚えている。

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「コスモポリタンください。あなたも何か飲んで」

歩美はいつものお酒を注文し、私にも一杯勧めてくれた。私はお礼を言い、歩美と乾杯する。

― ひとりでどうしたんだろう?

そう思いながら会話を始めたが、歩美は一呼吸おいてから、私にスマホを見せた。

誰かのFacebookだ。写真に写っている女性は、45歳くらいだろうか。

「山本に奥さんがいるのは知っているかと思いますが、その奥さんが今週中に帰国するのも聞いてます?」

― えっ…!?

私は、危うくグラスを落としそうになった。

「やっぱり。知らないのね。今、山本の奥さんはマレーシアにいるんですよ。中学生の息子さんと母子留学で」

歩美からは、山本のクリニックの業績が悪いために、息子の留学先を物価の安いマレーシアにしたことなどを聞かされた。

「そうなんだ……」

私は、不覚にも泣きそうになっていた。

「大丈夫ですか?」

そう言われた途端、我慢していた涙がこぼれる。

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涙の原因は、山本に嘘をつかれていたことでも、奥さんがいたことでもない。

これを理由に山本と別れることができる、という安堵からだ。そんなことを思うなんて、自分でも予想外だった。

山本とこのまま付き合っていれば、家賃を20万円出してもらえるから、この店を辞められる。

もっと楽に優雅な生活を送ることができるだろう。

高くて美味しい食事も、ブランドもののバッグもたくさん手に入る。皆がうらやむような宿にも泊まることもできる。

なのに、私は、彼と離れられることに、心の底から安心していた。

…私は今、ようやく気づいたのだ。

山本の彼女になることを、頭では納得していた。けれどきっと、心はずっと拒否していたのだということに。

愛のない男女の関係を続けるのは、しんどかった。

「じゃあ、私はこれで。ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」

歩美が帰った後、私は黙々とグラスを磨いた。

私は男性を選ぶ基準を変えられないし、今より生活水準を下げることはできない。

それならば、南麻布の家の家賃を払い続けるためにここで働くことは継続しなければ。

「店長、私やっぱりまだここで働きま〜す」

精一杯の笑顔で明るく言うと、店長は、何も言わずにコクリと頷いた。

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山本の秘書・歩美が抱える、ある葛藤とは?

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