今泉力哉監督「生きているだけで意味がある」 新作映画で主人公に変化

今泉力哉監督「生きているだけで意味がある」 新作映画で主人公に変化

  • シネマトゥデイ
  • 更新日:2021/04/09
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今泉力哉監督

映画『愛がなんだ』がロングランヒットしたのち映画やドラマで引っ張りだことなり、今年も『あの頃。』『街の上で』と新作映画が立て続けに公開される今泉力哉監督。本日(9日)から公開される『街の上で』はコロナ禍で約1年の延期を経て公開を迎えるが、本作は今泉監督にとって自身のある変化を示す重要な作品でもある。初めは劇場公開も見えていなかったという本作がいかにして完成したのか、今泉監督に誕生の経緯を聞いた。

本作は、自主制作映画への出演依頼を受けた下北沢の古着屋の青年・荒川青と、4人の女性との交流を描く物語。主人公・青に『愛がなんだ』(2018)『あの頃。』、ドラマ「有村架純の撮休」(2020※2話)などで今泉監督と組んだ若葉竜也。4人のヒロインに、穂志もえか萩原みのり古川琴音中田青渚がふんする。

企画の始まりは、下北沢映画祭の企画で髭野純プロデューサーから「下北沢を舞台に何か撮ってもらえないか」と相談を受けたこと。その際には短編なのか、長編なのかも決まっていなかったというが、今泉監督はそもそも下北沢という場所にどのような印象を持っていたのかーー。「勝手なイメージですけど若者の街。許される街でしょうか。まだ迷っている、夢を追っている人が多くいそう。いわゆるスーツを着ているビジネスマンがいるイメージがなくて、いろんな職業の人が集まっている感じ」

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若葉竜也演じる古着屋で働く主人公・青(C) 「街の上で」フィルムパートナーズ

髭野Pと映画の企画を話すうちに、やはり作るなら長編映画にしたいという流れになり、初めに浮かんだイメージがジム・ジャームッシュ監督のとある作品だったという。「『コーヒー&シガレッツ』(2003)という、ただ喫茶店で会話をしているだけの話なんですけど、ああいった作品であれば場所と会話だけあれば予算を含めて成立するのかなと。もう一方で、昔やろうとしていた企画の一つに、アキ・カウリスマキ監督作品に出てくるような巻き込まれ型の寡黙な主人公の話があって、舞台を下北沢に置き換えたらどうかと。その二つのアイデアから着想、派生して、古着屋で働いている青が自主映画に誘われるんだけど、いざこざが起きてうまくいかない……という軸ができて、その前後を作っていった感じです」

本作は今泉監督が100%撮りたいように撮った作品でもある。そんな本作で目指したのは、「誰も観ていない時間」を映すことだった。

「例えば、主人公の青は、自主映画に出演するために自宅で演技の練習をしてそれを自撮りしてみたり、飲み屋から帰宅して家でタバコを吸おうと思ったらなくて、フラれた彼女の名前をぼそっとつぶやいたりする。そういった他の人が見ることのない時間を描くことにどんどん興味が沸いて、それが今すべきことのような気がしているんです。きっかけは、ある作品でお客さんから『この映画が終わってほしくない』という感想をいただいたことです。それまでは、『愛がなんだ』とか『アイネクライネナハトムジーク』(2019)を作っていた時には、ラストシーンをどう作るのかということに注視しがちだったんですけど、その感想を聞いたときにラストシーンは『終わり』ではなく『区切り』に過ぎないんだなと再確認したんです。主人公が何かを成し遂げるために努力したり、そのことで成長する姿は魅力的かもしれないけど、頑張っていない時間があっていいんじゃないかと。それが、大げさかもしれませんが、生きているだけで意味がある、ということにつながる気がして」

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恋人の雪(穂志もえか)に浮気された上にフラれる青(C) 「街の上で」フィルムパートナーズ

本作で描かれるのも、そんな「頑張らない主人公」だ。「この話も主人公が冒頭で彼女にフラれて、その浮気相手を教えてもらえないところから始まりますけど、彼がその浮気相手の正体を解き明かそうと奔走する、とかいう話では全然ない。僕自身がもともとダメな人間で、そういう自分を肯定したい気持ちがあるのかもしれないし、うまくいかなかったり受け身の人物の方が単純に好きなのかもしれません」

本作では、今泉監督が「自分が一番楽しくやろう」という思いから、かねてから親交のあった漫画家・大橋裕之を共同脚本に引き入れた。大橋と言えば、昨年公開のアニメーション映画『音楽』や、竹中直人山田孝之齊藤工が監督を務めた『ゾッキ』(公開中)など映画化が相次いでいるが、脚本家として参加するのはこれが初となる。

「大橋さんとは2007年ぐらいからお付き合いがあるんですけど、まだ何もない段階でOKしてくださいました。『手伝ってもらえませんか』とお願いしたら『全然いいですよ』ぐらいの距離感で。ただ一緒に書くのは難しいので、基本的に僕が書いたものをチェックしていただいた感じです。主人公が芝居の練習をしている自分を自撮りするシーンや、自主映画の女性監督が古着屋にふらっと来て、主人公に出演依頼をする前にちょっと逡巡して服を見るシーンなんかは大橋さんのアイデアです。あと、終盤の方に一度カットしようかと思ったシーンがあるんですけど、大橋さんが『面白いからもったいないよ』と言ってくださったことで残すことになりました。路上で多くの人が交わるシーンです」

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青が自主映画の現場で出会う衣裳担当のイハ(中田青渚)

本作には芝居小屋「ザ・スズナリ」、映画館「下北沢トリウッド」、ライブハウス「THREE」、古着屋「(hickory)ヒッコリー」、ビストロ「Propaganda」など、下北の名所が続々登場。魅惑的に映し出されるが、撮影において今泉監督が「大の苦手」とする場所があるのだという。

「この映画でも数シーンありますけど、玄関が本当に苦手で。特にカメラマンさんにはわかっていただけると思うんですけど、絶対縦構図になるし、撮りようがないんですよ。そもそも日本の家屋って細かく区切られていて、いちいち扉の開け閉めがあるので撮りづらい。以前『退屈な日々にさようならを』(2016)という作品で、実家で撮影したことがあるんですけど、人物が玄関で挨拶をして上がって線香をあげる、というシーンで、段取りの時に『どうしよう』と慌てました。省略すればいいんですけどちゃんとやろうとするとこんなにも大変なのかと……。『街の上で』も玄関のシーンは大変で、出来上がりの画が想像できていませんでした。僕の場合、いまだに人物を動かすのが課題ですし、いつか玄関の正解が知りたいです」

そう悩ましげに語る今泉監督だが、とりわけ終盤にある人物が主人公宅を訪ねるシーンは、驚きと笑いをもたらす名シーンとなっている。(編集部・石井百合子)

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