データが示す「史上最強のメッシ」がアルゼンチン代表で輝けない理由

データが示す「史上最強のメッシ」がアルゼンチン代表で輝けない理由

  • Sportiva
  • 更新日:2018/06/18

【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】アルゼンチン代表とメッシ(前編)

僕が初めてリオネル・メッシを見たのは、彼がアルゼンチンにワールドカップをもたらしたときだった。

2005年、オランダのユトレヒトで行なわれたU-20ワールドカップの決勝で、アルゼンチンはナイジェリアを2-1で破った。アルゼンチンのセンターフォワードは植木鉢みたいな髪形をした子で、その日だけ急にチームに加わることになったような表情をしていた。

チームの2点はどちらも彼が決め、どちらもPKからだった。僕がよく覚えているのは2点目のほうだ。ナイジェリアのGKが体の重心を少しだけ右足にかけたとたん、メッシはゴールの反対側にボールを流し込んだ。

スタンドで僕の隣に座っていたチェルシーの伝説的なスカウト、ピエト・デ・フィッセルは「マラドーナだ……」と、つぶやいた。3年後の北京オリンピックでも、メッシはU-23アルゼンチン代表を率いて、再びナイジェリアに決勝で勝ち、金メダルを獲得した。

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W杯初戦アイスランド戦を前に、合宿地で調整するリオネス・メッシphoto by Getty Images

メッシはいま30歳。バルセロナでのパフォーマンスには「GOAT(Greatest of All Time=史上最強)」という賛辞が寄せられている。

しかし彼は、まだA代表でトロフィーを獲得したことがない。ワールドカップを複数回獲得した数少ない国のひとつであるアルゼンチンにとっては、実に歯がゆい状況だ。

なぜメッシを擁するアルゼンチンはワールドカップで優勝できないのか。その悪しき伝統を今大会で覆すには、どうすればいいのか。

メッシが代表で輝けない要因について、アルゼンチン人は10年近く議論してきた。一部には、故郷のロサリオを13歳で離れてバルセロナに渡ったメッシには、国を思う気持ちが足りないのではないかという声もある。

メッシは10代のときに、スペイン代表でプレーしないかという誘いを何度も断っている。今もロサリオのなまりが残っているし、アルゼンチンのピザやスイート・プディングが大好きだ。それでもメッシは、いまだに「アルゼンチン人としては何かが足りない」と思われている。

輝けないのは、国の大きな期待が足かせになっているからだという見方もある。例えば2016年のコパ・アメリカ決勝で、メッシはPKを外している。

メッシは何かにつけてディエゴ・マラドーナと比較される。マラドーナは1986年のワールドカップをほぼひとりで勝ち取った。しかもマラドーナは、試合前に国歌を大声で歌ったものだ。内気なメッシには絶対にできない。

メッシは彼を批判する人たちに、こう反論した。「『おまえはアルゼンチン人じゃない』と言われるほど腹の立つことはない。僕の気持ちをどう思っているんだ?」

プレッシャーに負けているという説明は、当たっていないようだ。チャンピオンズリーグを3度制覇し、スペインで9つのリーグタイトルを手にした彼は、プレッシャーのもとでプレーできている。それに、メッシは大事なPKをバルセロナでも外している。バルセロナとアルゼンチン代表でのメッシのプレーが対照的に見えるのは、ピッチの中で行なわれていることに違いがあるからだろう。

バルセロナとは好対照だが、アルゼンチン代表には明確なプレースタイルがない。たいていは監督がメッシに、戦術についての考えを聞く。どんなシステムが彼に合うかを知るためだ。しかし、内気なメッシはほとんど話をしない。

2010年のワールドカップ南アフリカ大会のギリシャ戦で、初めて代表のキャプテンマークをつけたとき、メッシはひどく緊張していた。試合に対してではない。アルゼンチン代表のキャプテンは、試合前のロッカールームでチームメイトを前に何か話すことになっているからだ。案の定、メッシは大失敗した。アルゼンチンは準々決勝でドイツに0-4と完敗して、大会から姿を消した。

ドイツはメッシを止める方法を見つけ、アルゼンチンの監督マラドーナを見事につまずかせた。メッシには、相手ゴールから50メートル離れた、パスの出しどころもほとんどない場所でボールを持たせるだけでいい。ドイツは9人でメッシを止めにかかり、彼はその壁をこじ開けられなかった。

次の2014年のワールドカップ・ブラジル大会でも、アルゼンチンはメッシを中心にしてチームをつくろうとした。経験の浅いアレハンドロ・サベーラ監督は気づいていなかったかもしれないが、彼が代表監督に選ばれた理由は、メッシの言うことなら何でも聞くという一点だけだった。

メッシは自分からは話さないから、サベーラは子どものころから彼をよく知るチームメイトのアンヘル・ディ・マリアやセルヒオ・アグエロに、メッシが何を望んでいるか尋ねたものだ。メッシが、パス回しを速くするためにフェルナンド・ガゴとゴンサロ・イグアインを使ってほしいと思っていることがわかると、サベーラはそのとおりにした。

不運なことに、ブラジル大会でのメッシは調子が優れなかった。おそらく疲れがたまっていたのだろう。この年の春、フットボール分析サイトの「Whoscored.com」では、メッシの評価が急落していた。バルセロナはトロフィーを獲得できずにシーズンを終え、メッシはワールドカップの試合のほとんどを、ボサッと突っ立ったまま過ごした。

父親によれば、メッシは自分の足にそれぞれ100キロの重しをつけているような気分だったという。決勝のドイツ戦でメッシが試合終了間際に蹴ったFKが、クロスバーのはるか上を越えていったシーンは、彼のコンディションをよく示すものだった。いつものように、メッシは敗戦のスケープゴートにされた。

だがメッシは、あくまで彼の基準からみて調子が悪かっただけだったとも言える。アルゼンチンがこの大会で奪った8ゴールのうち、メッシは4ゴールを決めている。しかし2種類の統計から、この大会でメッシが抱えていた問題が明らかになる。

ひとつは、シュートやパスにつなげたドリブルが46回あったこと。この数字は、2位のアリエン・ロッベン(34回)に大差をつけていた。

もうひとつは、成功したパスが242本しかないこと。ドイツのGKマヌエル・ノイアーでさえ、244本のパスを成功させている。

つまり、バルセロナでのメッシはチームプレーヤーと言っていいが、ブラジル大会のアルゼンチン代表では、ひとりで攻めなくてはならなかったということだ。サベーラの努力にもかかわらず、アルゼンチン代表はメッシに合ったシステムをつくることができなかった。代表はメッシを、まだ「ソリスト」として使っていた。

ニューヨークを拠点とするデータアナリストのクラウディオ・フローレスは「Whoscored.com」のデータを使って、2014年のワールドカップでのアルゼンチン代表と、2013~14シーズンのバルセロナを比較した。

アルゼンチン代表のボール支配率はわずか55%だったが、バルセロナは68%だった。代表でのメッシは、バルセロナでプレーするときに比べて、ドリブルの回数が50%多い。「重要なパス」も代表でのほうが50%多く出している。だが、そのほとんどは、チームメイトのところで相手に奪われていた。
(つづく)

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