工藤監督男泣き!ソフトB、パ史上最速の2年ぶり18度目V

工藤監督男泣き!ソフトB、パ史上最速の2年ぶり18度目V

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  • 更新日:2017/09/17

(パ・リーグ、西武3-7ソフトバンク、22回戦、ソフトバンク15勝7敗、16日、メットライフ)涙の奪還! パ・リーグは16日、ソフトバンクが西武を7-3で下し、2年ぶり18度目の優勝を決めた。2年前の9月17日を抜き、リーグ史上最速だ。昨年“世紀のV逸”を味わった就任3年目の工藤公康監督(54)はインタビューで男泣き。9度目の日本一を目指し、10月18日からクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ(ヤフオクドーム)に挑む。セは同じくマジック1だった広島が敗れ、59年ぶりのセ・パ同日Vはならなかった。

喜びを分かち合う瞬間を待てないように、工藤監督はハイタッチのポーズでマウンドへ歩いた。まず全員とゆっくり手を合わせ、再び作られた輪の中央へ。7度、舞った。片時も忘れられない挫折を乗り越え、涙で言葉を詰まらせた。

「昨年リーグ優勝できずに、CSにも負けてから1年弱。このこと(優勝)だけを思って…」

そして「…1年やってきました」と振り絞った。昨季は日本ハムに11・5ゲーム差を逆転された。「やっぱり思い出す。勝ち負けは切り替えられるけど、あの悔しさだけは」。屈辱と責任を負いながら、今季から新たに3年契約を用意された。「僕でいいんですか?」と聞き返した。

「チームが一つになることが、何より大切だと反省した」

再出発の今季は「足元だけを見る」と決めた。連勝中の車中で、毎日のように同行者と「絶対に緩めたらダメ」と声を掛け合った。結果は史上初の就任から3年連続80勝以上。8月中旬にライバルの楽天、西武に6連勝して抜け出し、15年のパ・リーグ史上最速を1日更新して頂点に立った。

昨秋、まずは息切れした投手陣の再整備と起用法に力を入れた。フル活用したリリーフが大活躍。先制すれば71勝8敗、六回終了時にリードしていれば74勝1敗だ。この日も七回から得意の継投で逃げ切った。

幼少期には山で獣道にわなをしかける父を追った。「動物によって通る道も、わなの構造も違うんだ」。策士の魂が芽生えた少年は将棋を好んだ。「何手も先を読む。得意な形で守りを固める。強い人って歩の使い方が上手」。エースの和田と4番の内川が長期離脱。先発も故障が目立ったが「歩は“と金”になる」と、多彩な用兵で乗り越えた。

現役時代、敗戦後は自宅前で車にこもって投球を振り返った。心配した家族の電話で時間の経過を知った男の生活は変わらない。「きょうは野球のことは考えるのはやめよう」。リビングで映画鑑賞を始めても「頭のどこかは野球」だ。夢の中ですら戦略を練った。翌朝、浮かんだ作戦や練習法を「これ、どう」とコーチに相談した。

「野球のことを考えるのが好きだから」

野球愛と妥協のない指示は浸透した。鉄壁の守りもスタッフの細かい分析の成果。相手の得意、苦手な球は同じ球種でも、誰の球の軌道が合うのか。好調時と不調時の傾向は? カウント別の打球方向は? 先発を選ぶため、投手コーチが深夜3時まで全打者との相性を考えた日もあった。

「去年は選手に直接言ってしまった。今年は選手も理解してくれているし、必要なときはコーチが言ってくれる」

この朝もナインに何も告げなかった。“一丸”という思いを込めたスローガンの「1(ワン)ダホー」は結実。1年前に「野球は難しい」とこぼした将に笑顔が戻った。

「野球って楽しいね。いいね。俺には野球しかない。きょうはみんなの触れる手が温かかった」

ゴールではない。監督室にも自宅にも、妙案をすぐに書き留めるメモ帳がある。「後に残るシステムを作りたい」。オフには、成熟度に応じたトレーニング法や打者のデータを踏まえた配球マニュアルの作成にも挑む。V奪還は、挫折を味わった常勝軍団の再出発の汽笛だ。 (安藤理)

ソフトバンク・上林「優勝したのは初めてなのでうれしい。ただ、自分の成績には納得いっていない。悔しい気持ちの方が強い」

胴上げに参加した、両アキレス腱痛で離脱中のソフトバンク・川崎「頼もしい後輩たちをもちました。けがで離れたのは悔しいんですけど、みんなの頑張りは励みになった。なんとか早く足を治すことを考えています」

胴上げに駆けつけた、左手親指骨折で離脱中のソフトバンク・内川「この場にいられて、ありがたい」

リーグ最多の68試合目の登板で八回を抑えたソフトバンク・岩崎「いつも以上に力が出ました。しんどいことが多かったけど、野球人生で一番充実している一年です」

先発マスクをかぶった7年目のソフトバンク・甲斐「何とか決めたかった。めちゃくちゃ緊張していた。巨さん(東浜)に勝ちを付けられて良かった」

左肘手術から8月に復帰し、4勝のソフトバンク・和田「今年はほとんど投げていないけれど、優勝の輪に加わらせてもらった。CS、日本シリーズでしっかり結果を残したい」

ソフトバンク・モイネロ「どんな状況でも投げたかった。投打ともに、本当に強いチーム」

ソフトバンク・達川ヘッドコーチ「今日は喜びたいが、クライマックスシリーズはやはり怖い。気を引き締めてやっていく」

NPB・熊崎勝彦コミッショナー「充実した投手陣と、多彩な攻撃を可能とする強力打線を擁し、地に足の着いた戦いを展開しました。世代交代を図りつつ、総合力で勝ち取った実の多い優勝であると感じます」

★スローガンは「1(ワン)ダホー!」

工藤監督が「足元を見つめる」ことに加えて今季、重視したのがチームの結束。スローガンも好評だった「熱男(アツオ)」から「日本一」と「一致団結」への思いを込めた「1(ワン)ダホー!」に変更した。人さし指を立てる「1ダホー」ポーズはチームに定着。結束の合言葉になった。

データBOX

◎…ソフトバンクのリーグ優勝は2015年以来2年ぶり通算18度目。1リーグ時代の2度を含めると通算20度目。優勝回数は巨人の45度(1リーグ時代の9度を含む)、西武の21度に次ぐ3番目

◎…2リーグ制となった1950年以降、最速の優勝決定は90年巨人の9月8日だが、パで9月16日の優勝は15年ソフトバンクの9月17日を抜く最速

◎…優勝決定までの10試合が9勝以上だったのは、昨季の広島以来で、パでは15年のソフトバンク(ともに9勝1敗)以来2年ぶり

◎…ここまで89勝。15年は90勝止まりだったが、シーズン91勝以上なら、65年の巨人(91勝)以来で、パでは56年の西鉄と南海(ともに96勝)以来となる

ソフトバンク球団史

1938年に南海電鉄を経営母体に創設。44年に近畿日本、46年に近畿グレートリングと改称し、47年から南海ホークス。1リーグ時代に2度優勝し、73年までにパ・リーグ制覇10度(日本一2度)。低迷を経て88年にダイエーが買収して本拠地を大阪から福岡に移した。93年に福岡ドーム(現ヤフオクドーム)が完成。95年から王貞治監督が指揮し、99年にダイエーとして初優勝、日本一。2000年も優勝したが、長嶋茂雄監督率いる巨人との“ONシリーズ”で敗れた。05年からソフトバンクとなり、11、14、15年に日本一。優勝は18度目(1リーグ時代を含めると20度目)。日本一は7度。孫正義オーナー。

工藤 公康(くどう・きみやす)

元投手。1963(昭和38)年5月5日生まれ、54歳。愛知県出身。名古屋電気(現愛工大名電)高から82年ドラフト6位で西武入団。95年にFAでダイエー(現ソフトバンク)移籍。巨人、横浜(現DeNA)を経て2010年に復帰した西武で戦力外。所属球団を探すも肩の故障が癒えず、11年に引退。通算635試合で224勝142敗3セーブ、防御率3・45。解説者を経て14年11月にソフトバンク監督に就任。就任1年目でリーグ優勝、日本一に導いた。1メートル75、85キロ。左投げ左打ち。既婚。年俸1億円。背番号「81」

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2年ぶりの歓喜! 工藤監督が万感の思いとともに、舞った-(撮影・小倉元司)

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