広瀬すずの確実な成長 『流浪の月』で見せた“キャラクターに力を与える”演技とは

広瀬すずの確実な成長 『流浪の月』で見せた“キャラクターに力を与える”演技とは

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  • 更新日:2022/05/13
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(c)2022「流浪の月」製作委員会

6月に24歳を迎える広瀬すずさん。姉の広瀬アリスさん同じく、雑誌専属モデルとしてデビューしました。以後は俳優としてもドラマや映画、舞台に出演し、アニメーション作品では声優も経験しています。その瑞々しい表情は見る者を瞬時に魅了しますが、映画最新主演作『流浪の月』では、世間から「誘拐事件の被害女児」と見られている女性、という難しいキャラクターを演じました。ただし、そうした設定をスキャンダラスに描く作品ではありません。「被害女児」から「強い成人女性」に至るまでの経緯を丹念に綴った内容は、広瀬さん自身の“成長”も色濃く感じるものになったようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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「誘拐犯」になった大学生と「被害女児」になった少女

誰にも正しく真実を伝えるのは結構難しい。“事実”は一つなのかもしれないが、角度によってそれは少しずつ異なって見えるかもしれないし、人は対象を自分が見たいように見るもの。全員が等しく同じように受け止めるのは至難の業だ。

そうした“事実”の部分に「ロリコン大学生による小学女児誘拐監禁事件」という一見えげつなく感じられる言葉が入る小説が、「2020年本屋大賞」を受賞した。凪良(なぎら)ゆうの「流浪の月」(東京創元社刊)だ。

小説の中の“事実”は、帰宅したくない切実な理由を抱える9歳(映画では10歳)の少女・家内更紗を、身体的な要因から母親に“ハズレ”のレッテルを押された19歳の孤独な大学生・佐伯文が家に招いただけ。だが、違う角度から見るとそれは、文を「誘拐犯」に、更紗をその「被害女児」に仕立てた。

そうなった途端に物語は、“居場所のない2人”の交流を描くパーソナルなドラマから、“事件の当事者たち”がSNS上で社会的規範にさらされながらどう生きることができるのかという内容へと変化していった。

言うならばこれは“冤罪”の物語だ。しかし、一緒にいることで更紗と文が心から解放されていく幸福をともに味わった読者は、たぶん冤罪であることより、このサンクチュアリを何も知らない者が傍若無人に壊したことに怒りを感じるだろう。それと同時に、“被害者”が子どもかつ少女であったがゆえに、“誘拐事件”でないことや本当に裁かれるべきは別にあることを伝えられなかった歯がゆさも。

彼らがサンクチュアリを守れなかった理由は2つ。まず“経験値”が足りなかったこと。そして2人とも子ども時代(1人は進行形だが)に負った心の傷から、大切なものを奪われたことに反発する力が残っていなかったことだ。

演じたキャラクターの守護神かのよう…広瀬が発したパワー

そんな「流浪の月」が李相日監督によって映画化された。物語のメインは、圧倒的に力を持たなかった“子ども”の2人が15年後に再会してから。ファミレスでアルバイトをしながら恋人の中瀬亮(横浜流星)と同棲中の25歳の更紗を広瀬すずが、クラシカルなカフェ「calico」のオーナーとなった34歳の文を松坂桃李が演じている。

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(c)2022「流浪の月」製作委員会

今年24歳になる広瀬は、更紗とほぼ同世代。姉の広瀬アリスが所属する事務所の社長から声をかけられ、14歳で芸能界入りした。その頃は子どもで、大人の言うことは絶対だと思っていたので「勧められたオーディションを断り切れなかった」と述懐している。逆に屈託のない子どもゆえ、大人や業界のしきたりにおもねるところがなく、周囲が「大胆だ」と感じる発言も多々あった。

そこから10年を経て大人になった広瀬は、『流浪の月』の更紗と同じように自分1人で歩けるだけの経験値と勇気を身に付けた。それだけではない。信頼とパワー、そしてストレートに物事に切り込む発言力さえも魅力としたように思う。

更紗も少女の時から十分自分で未来を切り開いていける強さを持っていた。その強さが固く閉ざしていた文の殻を壊し、彼を解放したのだ。だが、2人が引き離された後の現実生活は、更紗にその力を発揮することを許さなかった。むしろはつらつと生きることを許さないというか、逃げ場を失ったかわいそうな“事件の被害者”としておとなしくしていることを強要するような空気が彼女を包む。

職場での更紗は目立たないスタッフとして、そして亮(横浜流星)の従順な彼女として暮らしている。それでも相手が自分の優位性を示し、明らかに彼女の力を封じ込めようとしていると分かると「私はかわいそうな子ではない」と反論していた。

後半になるにしたがってその声は大きくなっていった。更紗の声を大きくさせたのは、「更紗は更紗だけのものだ。誰にも好きにさせちゃいけない」と彼女を全肯定する、再会した文の存在だ。もう一つ違うベクトルから更紗を支えた存在がある。それは広瀬が更紗の守護神かのように発したパワーだ。演じ手と役の連動感が、なおの説得力を持たせたように思う。

「外見の華やかさとは裏腹に、誰にも見せない固い殻を持っている」

李監督と広瀬は『怒り』(2016)でも組んでいる。そのラストシーンを撮った後に広瀬が李監督に呼びだされ、冷静なトーンで「この映画壊す気?」と言われたのは有名な話だ。それゆえ広瀬は本作へのオファーがあった際、「私でいいんですか?」と心底驚いたという。

李監督はオファーした理由を「外見の華やかさとは裏腹に、誰にも見せない固い殻を持っているんじゃないかと思いました。何かを信頼することに慎重で、自分の弱さを見せたくない。常に前を向こうとしている。そんなシルエットが更紗と重なる気がしました」と語る。

そして「なぜ彼女がこうも人を惹きつけるのか、その謎は僕にも分かりません。この映画でまだまだ眠っていたものがこぼれ出て、本人すら気づかなかった何かが見えてくるのではないか、と常に期待感を抱かせてくれる存在です」と信頼を寄せる。

もちろん広瀬は期待に応えるべく、「もう少しはかなさを」と言われればトレーナーをつけて食事制限し、更紗の生真面目さを表現するためにホールスタッフの仕事を覚え、引き離された更紗が社会人になるまでいたであろう児童養護施設を取材した。

何かのきっかけで失った力を観客にまで取り戻させる演技

更紗と文は、まず家庭環境という階段を1つ踏み外した。それを要因として、事件の当事者になる。ここまではまだしも、2人を本当に苦しめるのは、それを時に面白半分に、時に自分が漠然と感じる恐怖を封じ込める矛先として、物理的にまたはSNS上で完膚なきまでに叩こうとする“部外者”の存在だ。

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(c) 2022「流浪の月」製作委員会

その相手に対し、「それは間違っている」と自分の口から言うのは勇気がいること。本作にそこまでの描写はないが、広瀬の成長は例えば更紗がそう口にしても違和感のない境地にまで、演じるキャラクターを導いた。

傷ついた更紗が再び文の家を訪ね、泣きながら詫びるシーンがある。子どもの頃の知恵のなさを、そして大人になった自分の登場で静かに暮らしていた文の生活を崩壊し、デジタルタトゥーを刻印させてしまったことを詫びる。

その言葉を振り絞るまでの長い“間”にこそ注目してほしい。そここそ広瀬が、文と更紗にすべてを受け入れる強さを与え、何かのきっかけで失った力を観客にまで取り戻させたと感じた瞬間なので。

『流浪の月』5月13日(金)全国ロードショー 配給:ギャガ(c)2022「流浪の月」製作委員会

関口 裕子

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