焼け野原となった広島で... 原爆投下後の写真が記録した、人々の歩み

焼け野原となった広島で... 原爆投下後の写真が記録した、人々の歩み

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  • 更新日:2022/08/06

原子野となった広島市街地を通過する汽車。大勢の乗客が見える

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Keystone-france / Gamma-Keystone via Getty Images

被爆1ヶ月後、異臭を避けるためにマスクをする子どもたち

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Bettmann / Bettmann Archive

被爆から1ヶ月、原子野を歩くカップル

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原爆ドーム(広島県産業奨励館)の前で佇む男性

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翌年3月、カラーフィルムで撮影された広島市街地

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同じく翌年3月。行政の仮設住宅に暮らす親子

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被爆翌年7月。原爆の被害を受けた小学校で授業を受ける子どもたち

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校舎の窓枠は爆風でひしゃげたままになっている

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同じく翌年7月。路面電車に乗り込む人たち

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線路の向こう側には、まだ瓦礫も見える

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被爆翌年、福屋百貨店の屋上で撮影された男女。共同通信社の企画取材の一環だった

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AFP=時事

被爆から2年、復興を歩む広島市街

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Photoquest / Getty Images

被爆から9年。中心部の本通商店街

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被爆から10年、復興した市街地

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10年後。原爆症で苦しむ母親を看病する15歳の娘。父親は通勤中に被爆し死亡した

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同じく10年後の「原爆ドーム」。近くにはバラックも広がっていた

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Hulton Deutsch / Corbis via Getty Images

1965年、被爆から20年。平和記念公園を訪れる家族連れ

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Three Lions / Getty Images

被爆から77年。子ども代表は、平和記念式典のスピーチ「平和の誓い」でこう語りかけた。

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時事通信

《過去に起こったことを変えることはできません。しかし、未来はつくることができます。悲しみを受け止め、立ち上がった被爆者は、私たちのために、平和な広島をつくってくれました。

今度は、私たちの番です。被爆者の声を聞き、思いを想像すること。その思いをたくさんの人に伝えること。そして、自分も周りの人も大切にし、互いに助け合うこと。

世界中の人の目に、平和な景色が映し出される未来をつくるため、私たちは、行動していくことを誓います》

Kota Hatachi

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