「ステイ・ホーム」から考え直す、「家」と暮らしの経済思想

「ステイ・ホーム」から考え直す、「家」と暮らしの経済思想

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/22
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新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、「ステイ・ホーム」が掲げられた2020年。コロナショックが突き付けてきたのは、近現代のライフスタイルや従来の学問領域で軽視されてきた、「暮らす」ことや「住まう」ことを、見つめなおすことでした。
今こそ、「家」や「暮らし」を重視した経済思想を読み解いていくことが重要ではないでしょうか。『経済学の堕落を撃つ 「自由」vs「正義」の経済思想史』著者の中山智香子さんによる論考です。

「暮らす」ことが、蔑ろにされてきた

2020年の新年を祝ったとき、おそらく誰も、こんな1年を経験することになるとは思わなかっただろう。新型コロナウィルスcovid-19のパンデミックは、世界中を文字通り未曽有の状態に陥れた。そして昨今、北半球の季節が秋から冬へと向かう中で、「ステイ・ホーム」の呼び声がふたたび日本にも忍び寄りつつある。

ヨーロッパの諸国では、すでにそれが国家からの措置として明示され、「安全のために仕方ない」という諦めと、どうもそれ以上の「2度目はきつい、もう我慢に疲れた」という悲痛な声が、断片的に聞こえてくる。

「ステイ・ホーム」はもちろん、家にいなさいという身体の拘束命令である。外に出て働かなくてよいことは、ある種の特権であると考えることもできようが、一定の空間に長時間、閉じ込められると感じれば、単に窮屈でしかない。誰かと会いに出かけて語り合い、食事をともにし、肩をたたき合ったり抱きしめたりして触れ合う機会を奪われることは、人間の社会性にとっては、むしろ致命的ともいえるだろう。

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このような風景も奪われている(photo by iStock)

ところがそうした行為は、実は家でもできるし、本来はむしろ家で行われてきたことでもあった。すなわち「暮らす」こと、「住まう」ことは、近現代のライフスタイルにおいて、またそれを扱う学問領域において、ずいぶんと蔑ろにされてきたのである。コロナショックがわたしたちに突きつけたことの一つは、家、ホームを見つめ直すことであった。

「家政」ということ

コロナ禍の状況で「ステイ・ホーム」を肯定的に語ろうとすると、それをできないエッセンシャル・ワーカーに配慮せよという警告が、すぐさま脳裏に浮かんでくる。

家族がよいものとは限らない事例も、さまざまに示されてきた。さらに悪いことに、日本文化の伝統的文脈における「家(イエ)」は、個人の自由を奪う旧態依然の差別の権化たる家父長制を、分かちがたく想起させる。実際、在宅勤務の普及はきわめてしばしば、女性たちの負担とストレスを増大させたようだ。

それでもなお、家そのものや「住まう」こと、「暮らす」こと自体に責任があるわけではない。ホーム「レス」でないこと、つまり雨露をしのぐ家があることは、誰にとっても基本的な安心感を与えるものだろう。また家の切り盛りという意味での「家政」は、それ自体として、また都市や国家単位の経済へのアナロジーとしても、そもそも人間の経済活動において重要な意味をもってきたのであった。

「家政」は日本語においては、学校の家政科という科目や、家政婦という仕事の名前にみられるぐらいで、あまり日常的にはお目にかからない言葉かもしれない。しかし経済思想の領域においては、避けて通ることのできない言葉である。

「経済」と日本語で訳される「エコノミー(oekonomie)」の語源は、ギリシャ語のoikos(オイコス)プラスnomos (ノモス、法律や掟)であり、oikosは家を意味するので(某乳製品ではない)、「エコノミー」は家の法律、掟という意味となる。つまり経済の概念そのものの中に「家」、「オイコス」が含まれているといえるのである。ここから「オイコノミア」という言葉を、「家政」をふくんだ広義の「経済」として用いる場合も少なくない(これまた、かつて放映された某テレビ番組の専売特許ではない)。

そしてこのことにまさに正面から取り組んだ経済学者が、カール・ポランニーであった。

ポランニー、アリストテレスに出会う

ポランニーが「家」と経済の関連に取り組んだことの直接的な意味が見えるのは、1957年の論考「アリストテレスによる経済の発見」(玉野井芳郎・平野健一郎編訳『経済の文明史』ちくま学芸文庫、2003年に収録)である。

戦後にポランニーはコロンビア大学客員教授となり、やがてC. アレンスベルクやH. ピアソンらと共に、世界各地のさまざまな時代の市場や経済取引の様相を比較する共同研究プロジェクトを率いることになった。そこで経済学や経済史、人類学の知見や手法を駆使して研究を進めるうちに、「オイコス(家)」概念そのものに取り組む重要性を意識して、古代ギリシャに目を向けた。

その結果、アリストテレスが遠い昔、まだ概念として存在しなかった「経済」を発見したことにたどり着いたのである(残念ながら邦訳では、この経緯に関わる冒頭部が訳されていない)。

もちろんポランニーがこのテーマに取り組んだ20世紀なかば過ぎには、よほど特殊な専門家でもない限り、アリストテレスなどという古典中の古典を読んで、現実の世界や経済を考える人はおよそいなかった。まして戦後の、つまり人びとが世界戦争のもたらした破壊的影響に疲弊し、原爆や核兵器の威力におののきながら、何とか食べて働いて日々を生き延び、ゆたかさをめざして邁進し始めた頃のことである。時代の空気感は、悠長に古典を繙く雰囲気ではまったくなかったに違いない。

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アリストテレス(photo by iStock)

ポランニーも、アリストテレスの古さに触れてはいる。しかしポランニーはむしろ、だからこそ敢えて、ヘゲモニー国アメリカや国際経済の活況から距離をとり、経済の根本に立ち返ろうとした。ここで道を誤ってはならない、従来どおりの市場経済、産業文明で突き進もうとすることの方が、その果てにある将来像から翻ってみて、実は時代遅れだと考えたのであった。(なお、この点は同じく『経済の文明史』に収録された「時代遅れの市場志向」に詳しい)。

「正義」と「互酬」の経済ヴィジョン

ではアリストテレスが発見した「経済」とは、どんなものだったのだろうか。

ポランニーはアリストテレスの記述から、金儲けという無制限に利得の増加を求める衝動は、実は人間には不自然であること、そしてその不自然な衝動である金儲けに、商業的交易(貿易)が突き動かされていること、だがじつは、価格はむしろ、「正義」の規則にしたがって制御されるべきだと考えていたことを抽出した。そして「経済」のヴィジョンを、「オイコス」にひきつけて以下のように示したのである。

「組織としての集団は共同体(コイノニア)を形成しており、その成員は善意(フィリア)の絆により結ばれている。家(オイコス)にも都市(ポリス)にも、それぞれの共同体に特有の、ある種の善意(フィリア)があり、それを離れて共同体(コイノニア)は存続できないであろう。善意は互酬行動(アンティペポントス)、つまりお互いに交替ですすんで負担を引き受けたり、共有したりすることによって表現される。」(邦訳287頁、一部改訳)

ここでいう「善意」とは、何か特別な施しを行うことではなく、家や都市に人びとが集まり、交替で何かの負担を引き受けたり共有したりしながら暮らしを維持することである。と同時にそれが、互いのためになることでもある。この「互酬」という概念は、自己の利得を増やすためだけの協調、すなわち「ウィン・ウィン」とはまったく別のものである。

原初的な経済は、このように共同体的、社会的な価値に明確に基礎づけられていた。また「正義」も、こうした日々の生活の運営を妨げないように、金儲けをある程度抑えるための指針にすぎず、悪を断罪するための絶対的な審問官の理念ではなかった。ポランニーはアリストテレスを「正義」という規範の軛から救い出し、人間の暮らしの価値を掘り下げた著述家として位置づけ直したのである。

19世紀後半から20世紀を経て今日に至る経済学は、科学たることを標榜して次第に「価値」を削ぎ落していった。しかし人びとが集まって暮らす安らぎや温かさを肯定する経済は、熾烈なグローバル競争に疲弊した経済システムやわたしたちに、むしろ活力を与えてくれるのではないだろうか。

本書ではポランニーを参照軸として、人間の生を考察した思想の系譜を描いている。タイトルから想像される(?)ほどコワい本ではありませんので、どうかご安心を!

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