極細ペンと透明水彩で描くJR只見線 全線再開前にさいたまで個展

極細ペンと透明水彩で描くJR只見線 全線再開前にさいたまで個展

  • 毎日新聞
  • 更新日:2022/09/23
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「春 結ぶ」只見線 (C)松本忠

春は満開の桜、秋には色づく山々と――。極細のペンと透明水彩絵の具を使い、繊細なタッチでJR只見線を描く人がいる。さいたま市の鉄道風景画家、松本忠さん(49)。その素朴さと車窓の外に広がる絶景に魅せられ、作品は70点を超えた。会津若松(福島県会津若松市)と小出(新潟県魚沼市)を結ぶ只見線が豪雨の影響で一部不通となってから11年。10月1日の全線再開を前に、28日までさいたま市で個展を開催中で、松本さんは来場者らと復活を喜び合っている。

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横浜市生まれの埼玉県育ち。東北大1年の夏休み、「青春18切符」を使って東北6県の各駅を鈍行列車で巡った経験が、鉄道ファンになるきっかけだった。卒業後に東京都内の大手企業に就職したものの、「ローカル線とは正反対の時の流れ」に心の余裕を失っていく自分を感じたという。

2001年、鉄道風景画家を志して会社を辞め、福島県郡山市に引っ越した。中学、高校は野球漬け、大学は応援団に入ったが、幼い頃から風景画が得意だった。郡山を選んだのは東北の鉄道の要衝で、誰も知人がいない土地だから。独り再出発する覚悟だった。6畳一間のアパートに住み、ショッピングモールでアルバイトをしながら、途中下車の旅に出た。

今も忘れられないのが、初めて乗車した時の只見線の記憶だ。夏の名残があった9月。ディーゼル車がエンジンをうならせ谷間の勾配を上っていく姿に「枕木を一本ずつでも、ゆっくりでも歩み続ければ、素晴らしい景色に出合えることを教えられた」という。辞職して退路を断ったことで不安があった自分の背中を、強く押してもらえた気がした。絵で生計を立てていけるようになったのは、約8年後だった。

結婚を機にさいたま市に移り、妻と暮らしていた時だった。11年3月の東日本大震災で第二の古里が傷ついた。同年7月の新潟・福島豪雨では只見線が大打撃を受けて一部区間が不通になり、心が折れそうになった。

「お世話になった東北を応援したい」。そう思い、売上額の10%を大震災の義援金に充てた。東京電力福島第1原発事故で住民が避難している郡山市や埼玉県加須市などを訪ね、福島県富岡町のJR常磐線・夜ノ森駅を描いた絵はがきを希望者に贈った。

津波や豪雨で被災した駅に寄っては切符を束で購入し、都市部で開く個展の来場者に配った。「体は乗っていなくても心は乗っている」と思ってほしいからだ。現地で買えば、駅の営業収入になるといい、現在も続くこの活動は8月末時点で計180万円を超えた。絵画作品「春 結ぶ」と「湖上を往(ゆ)く秋」は福島県の只見町産焼酎「ねっか」の只見線応援ラベルに貼られ、1本100円が製造元から町に寄付される仕組みだ。

JR東日本は赤字路線の見直しを検討するが「不採算という金銭面から鉄路を考えていいのだろうか」と疑問を呈する。「路線図や時刻表に駅の名が刻まれているということは、誰がいつ訪れてもいいという他に代えがたいメッセージになる」。只見線は首都圏の人たちにすれば「別世界な非日常」を満喫できる貴重な観光資源だと思っている。

「私にできるのはローカル線を訪ねて絵を描くこと。作品を見て乗ってみたい、路線を残したいと思う人が増えてくれればうれしい」。鉄道の魅力を再認識できる「窓」になるべく、枕木一本ずつの歩みを重ねていく。

全国各地のローカル線を含む郷愁あふれる絵画を鑑賞できる個展「祝 鉄道開業150年&10月1日只見線全線復旧」は、JR浦和駅前の浦和コルソ(さいたま市浦和区高砂1の12)で、午前10時~午後8時(最終28日は7時終了)。無料。松本さんは「シンプルに、鉄道のある風景って良いなと感じてもらい、赤字路線だから無くすではなく、残すのに必要な知恵は何かを皆で考えてみてもらえる機会になれば」と願っている。【根本太一】

毎日新聞

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