ラグビー天理大、涙の初優勝。どうしても負けられない理由があった

ラグビー天理大、涙の初優勝。どうしても負けられない理由があった

  • Sportiva
  • 更新日:2021/01/13

ついに関西の「黒衣軍団」が壁を打ち破り、新たな歴史を刻んだ。

1月11日、東京・国立競技場で第57回ラグビー大学選手権の決勝が行なわれ、関西5連覇中の天理大が早稲田大(関東対抗戦2位)に55−28と快勝。8トライの猛攻を見せて昨年の王者を圧倒し、3度目の決勝進出で悲願の初優勝を飾った。

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天理大の初優勝に大きく貢献したフィフィタ

関西勢としては、平尾誠二、大八木淳史らを擁して3連覇を達成した同志社大以来。実に36大会ぶり、2校目の関西大学王者が誕生した。

天理大のキャプテンFL(フランカー)松岡大和(4年)は、優勝カップを東京の空に高々と掲げた。

「メンバー23人が身体を張ったのもそうですが、メンバー外のみんなが今日まで協力してくれた。天理大ラグビー部員、この4年間サポートし続けてくれたみなさん、先輩たちが培ってきたもの、全員がいい準備してきた結果、今日、優勝できたと思っています!」

奈良県にある天理大にとって、東京は「鬼門」の場所だった。

2011年度の初の決勝では帝京大に、2年前の2度目の決勝では明治大に、そして昨年度の準決勝では早稲田大に力負けした。また、天理大にとって新・国立競技場は初めて戦うスタジアムだった。

2日前に東京入りして前日下見を行なったが、選手たちの心の中には不安がよぎっていたという。昨季の日本代表候補50人にも名を連ねたCTB(センター)シオサイア・フィフィタ(4年)は寝る前、「明日、自分がいらんことしたら負ける」と、自身のノックオンで終わった2年前の決勝戦を思い出してしまった。

そんな負の呪縛を打ち破るべく、松岡キャプテンは「よっしゃー!」と誰よりも大きな声を響かせて、国立のピッチに入場した。

ただ、松岡が「全員に勝つマインドがあった」というように、今季の天理大の選手たちには試合を通して積み上げてきた自信があった。

先発15人中5人が2年前の明治大に17−22で負けた決勝の舞台に立っており、先発15人中10人が昨年度の準決勝で14−52と敗れた早稲田大戦に出場していた。天理大の小松節夫監督は「過去の決勝に出たチームと比べても、今回の選手は経験値が高い。彼らは1年生から3回(大学選手権で関東勢に負ける)悔しい思いをしていた。決勝にかける思いが過去2回とは違った」と語る。

天理大は例年、関東のチームと春・夏に6、7試合ほど行なうことで、自分たちの立ち位置を確認できていた。今季はコロナ禍で関東のチームと対戦することはなかったが、関西大学Aリーグで試合を重ねるごとに課題を修正し、この大学選手権に臨んだ。

「アタックもディフェンスも、結局は『バトル』です。接点をどこに持って行くか(が大事)」

小松監督は関東勢と対戦する前、ディエンスではより前に出てプレッシャーをかけて、アタックではかつての強みだったフラットなラインを多用するなど、攻守にわたってシステムを修正。その結果、流通経済大(関東リーグ戦2位)に78−17、そして明治大(関東対抗戦1位)に41−15と快勝し、大きな手応えを掴んで決勝の舞台へとやってきた。

早稲田大戦のテーマは、キックを使って相手のFB(フルバック)河瀬諒介(3年)といったランナーにボールを持たせて、敵陣にて「ディフェンスでプレッシャーをかけること」だった。早稲田大キャプテンのNo.8(ナンバーエイト)丸尾崇真(4年)は試合前に「先手を取りたい」と語っていたが、キックオフ直後から主導権を握ったのは、守備で試合のリズムを掴んだ天理大だった。

試合開始早々、天理大はHO(フッカー)佐藤康(3年)とPR(プロップ)小鍛治悠太(4年)が一緒になって相手ボールを奪う。そして前半3分、LO(ロック)アシペリ・モアラ(3年)がラックを越えてマイボールにし、CTB市川敬太(4年)につなげて先制トライを奪った。

さらに前半10分、今度は小鍛治がジャッカルを決めると、その流れでラインアウトからモアラがパワーで押し込んでトライ。ゴールも決めて14−0となり、完全に天理大のペースとなった。

その後も、天理大は持ち前のアタック力を早稲田大に見せつける。とくに中心となっていたのは、1年生から先発として出場してきた4年生のSH(スクラムハーフ)藤原忍、SO(スタンドオフ)松永拓朗、フィフィタの3人だ。

藤原は素早いアタックで高速アタックを担い、松永は長短のパスでゲームメイク。そして、昨年スーパーラグビーのサンウルブズでの経験によって大きく成長したフィフィタが「周りを活かすことを意識した」というように、自分で突破するだけでなくオフロードパスで味方を走らせた。

過去の悔しさを知る4年生の活躍によって、市川はハットトリックとなる4トライ、モアラは2トライを記録。決勝戦の歴代最多得点記録となる55得点を積み重ねた。

そして天理大はもうひとつ、負けられない、どうしても勝ちたい理由があった。

昨年の夏、菅平合宿に向かおうとしていた直前の8月12日のことだった。部員のひとりが新型コロナウイルスの陽性と判明。部員170名ほどが寮生活をしている天理大は、結果62名が陽性となるクラスターを起こした。

その波紋は瞬く間に広がった。誹謗中傷の声がネット上で広がり、ラグビー部員以外の学生がアルバイトを拒否されたり、教育実習の受け入れが中止へと追いやられた。

陽性となった選手は病院やホテルに隔離され、約1カ月間、まったく練習ができなかった。小松監督は「いつ再開できるか、本当に先が見えなかった」、松岡キャプテンは「今年のチームは練習だけで終わってしまうのか......という不安もあった」と振り返る。

それでも、大学や天理市のサポートもあり、ラグビー部員以外に陽性者が出ることはなかった。小松監督は「全員ががんばって元気になって、大学が収束宣言を出してくれた。活動が再開できたのは、いろんな人たちのおかげです。大学関係者はもちろん、地域をあげて応援していただいた」と謝辞を述べた。

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9月以降、ラグビー部は消毒を徹底し、寮内ではソーシャルディスタンスを取ってマスクを義務化。部員の3分の1にあたる選手は大学が借り上げたマンションに移り、食堂に入る人数も制限した。カラオケも禁止となり、部員たちは特別な理由がないかぎり天理市から出ることはなかった。

地域の子どもたちからイラストやメッセージ動画で励ましてもらった松岡キャプテンは、優勝した直後に大粒の涙を流した。

「本当にこの1年、いろいろありましたが、部員全員が本当に我慢して、いろんなサポートがあって、ここまで乗り越えられたと思っています」

1995年から天理大の指揮を揮う小松監督は、優勝した瞬間の気持ちを聞かれて、こう答えた。

「日本一になったな、日本一や、と思いました」

昨年9月の練習再開後、「Tear Down Walls その壁を越えて、進め。」と書かれたのぼりが立った。大学からの激励の言葉だった。

出場も危ぶまれた関西の黒衣軍団は、多くのサポートを受けながら、コロナ禍の壁、関東の壁、決勝の壁を打ち破って、ついに10校目の大学王者へと駆け上がった。

斉藤健仁●取材・文・撮影 text & photo by Saito Kenji

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