
【前回の記事を読む】「足がなくて、義足なんだ」の告白に…拍子抜けした相手の言葉…
第2章 二人の出会い
義足と言えなかった思い
テニスの相手をしてもらったことがよほど嬉しかったのか、俺が所属するアンプティサッカーチームの練習を見に行くと言いはじめた。見学のつもりで参加していた彼女は、サッカーをする格好ではなかったが、コーチから、
「サッカー一緒にやる?」
「中学校の遊びでしかやったことないんですけど、大丈夫ですかね?」
と、次の瞬間には、柔軟体操をはじめていた。
初めて見学に来た日、誰よりも本気でサッカーボールを追いかけ、誰よりもゴールを狙うアスリートだった。まさかの三得点もあげて、
「よっしゃ!」
とガッツポーズをした。その姿を見たチーム全員が何者!? と思ったのは言うまでもない。
よく話を聞けば、軟式テニスも中学時代は県ランキングを持ち、フリースタイルスキーモーグル競技では、国体で入賞し、そのときの優勝者が上村愛子選手だったことが本人にとって一番の自慢だという。
それから彼女といろんなスポーツを一緒に経験し、アスリートとしての感性が似たもの同士だとわかった。そして存在が当たり前になり始めた頃、俺から付き合おうと告白した。今思えば、俺は直感で恋に落ちていたんだろう。この人を逃したらいけない! アスリートの直感だったんだなって思う。
健常者スポーツと障がい者スポーツの違いって
テニスでひたすら汗をかいた私は、自分自身のストレス発散に彼の時間を使ってしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、こんなに真剣にテニスができたのは、中学以来で本当に楽しかった。スポーツはだいたいなんでもできると自負していた私は、アンプティサッカーという聞いたこともない競技が気になった。純粋に見てみたいと思い、ついて行った。
選手は、足や手を切断しているか、足や手に麻痺がある人。スタッフは、理学療法士が多く、とても優しい人ばかりだった。私は、見学に行って驚いた。医療用の杖を使って、全速力で走っている人たちがいるのだ。
「医療用の杖ってそんな使い方するんですか?けが人が使うイメージだったので驚いてしまって」
「俺たち片足の健常者だから」
労らなければいけないのかと思っていたら、誰よりも速くボールを追いかけ、誰よりも強くボールを蹴ってゴールする。アンプティサッカーは、けが人のする競技じゃなくて、足を失った人がアクロバティックに競技する種目なのかな? 見ているうちに、楽しそうなサッカーだなと思うようになってきた。
「サッカー一緒にやる? まずはクラッチなしでもいいから」
観戦するより、プレーする方が好きなので、誘われれば断らない。このとき、アンプティサッカー選手と一緒にプレーしたことで、スポーツって足が二本あっても一本でも一緒だな、って思うようになっていった。
私は、シングルマザーで小学生の息子がいる会社員。生活も会社もアスリートとしての気質で取り組むから、なんでもがむしゃら。男性を見る視点も同じで、平凡な人では物足りないと思っていた。そんな私には、足を切断した彼が、それを乗り越えてパラスポーツに打ち込む姿は、とても魅力的に映っていた。
ただ……、彼には、少し残念なところがあった。アンプティサッカーチームの練習に参加したときにそれは起こった。
「遅刻するんじゃない?」
「大丈夫だよ」
と平然と集合時間を守らず、遅刻していたのだ。一回だけでなく何度も。
「アスリートとして……遅刻は絶対にダメだと思うよ」
彼よりも六歳も年上の私は、説教っぽくなったけど、大事なことだと思い言ってしまった。遊びに行くことになっても、迎えに来てくれると言った時間から一時間以上待たされることはざら。
「遅かったね。なんかあったの? 大丈夫?」
「いや、別に何もないけど」
理由を聞いてもよくわからなかった。時間を守れない以外は、素直で優しく、ポテンシャルがある人だと思っていた。一年経過した頃、結婚を前提に、彼が私の家に転がり込むことになった。
さらに問題点が噴出した。届く郵便物を見て愕然とした。
「これ、税金の督促じゃない? これって何年も前の病院の請求書? 弁護士から届くってどういうこと?」
極めつけは、カード会社からの督促が、それも四通も届いた。内容を見て思わず叫んだ。
「カードローンの利息が十四%ってどういうこと?」
「毎月ちゃんと返している」
「返している人の利息が十四%って、毎月いくら返しているの?」
全部を広げて紙に書き出し計算してみた。
「一年間で利息分さえも返済できてないじゃない。借金が雪だるまのように膨らむってこういうことだよね」
いろいろと聞いても、のらりくらりで覚えていない。過去のことや事故のこと、問いただしても覚えていない。一体どうなっているんだろう。
「あなたは、自分の人生をどう考えているの?」
完全に説教だったが、私の説教にまともな回答は返ってこなかった。放り出そうにも、身体障がいがあり、手助けする人もいそうにない。すべてを調べて、解決方法を探してみるくらいはいいかなと思い、震える手を抑えながら、手伝うことにした。どうしようもないどん底人生としか思えなかった。
「どん底だから上がるしかないか。どん底をマネジメントして、てっぺんが見えたらどんなだろうね」
アスリートの血が騒ぎはじめた。
谷口 正典,益村 泉月珠