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五月十五日 月曜日
朝ごはん屋さんで来世を思う、そして
「つぎに会うときは、再会になっちゃうから。」とその人は言い、待ちに待った熱々のがんもをほおばった。

たっぷり八時間睡眠をとった。今日から連日あつくなりそう。水がなくなりそうなので、四十円を節約するために、となりのコンビニでなく、すこしあるいた先のイオンへ散歩がてらむかう。途中、きっちゃ初(https://www.instagram.com/kiccha_ui/)という、広島出身の友人におすすめしてもらった朝食の店の前を通り、今日はまだ、と思っていたのに、吸い寄せられるように入ってしまった。

揚げたての手製がんもの朝食に、麹納豆をつけて注文。水のコップを片手に「いらっしゃい」とこちらにやってきた店主さんが、私のつけていたネックレスをまじまじとみて、キスしそうな距離で沈黙。それから、目をまんまるに見ひらいて「かわいい。」ちいさな子どもが、道ばたでぷっくりしたたんぽぽをみつけてしゃがみ込み、「あ、咲いてる」と言うみたいに。つまり、感想と観察のあいだくらいの温度で。これはインディアンの飾りをモチーフにしたものみたいです、と言って、私は首からそれをとり、店主さんに渡した。え、いいんですか、と店主さんはじぶんの首元にもっていくわけではなく、朝の光に透かすように、空中に掲げてもういちど言った。うん、かわいい。

昭和三十年代のものだという台所に背を向ける形のカウンター席で、しばし読書をしていると、ごはんがやってきた。きつね色にこんがり揚がった、食欲をそそる、がんも!外は枯れ葉を踏んだときのような、こころおどる「カリッ」。中は新雪みたいに口のなかで雪崩をおこす「ふわあ」・・・なはずなのに、具材の歯ごたえもある。なんでだ。おいしい!おもわず、追加でもうひとつもらえますか、と聞いた。店主さんはとても気さくで、色々話してくださるので、私はいつも朝ごはんをたべにきている人みたいに、いや、学校に行く前の朝ごはんの食卓でお母さんにあれこれ話す子どもみたいに、なる。
そこへ、三人組がやってきた。ひとりは地元の人、二人は東京から。再会をよろこぶ地元の人と店主さん。東京のおんなの人の声が、声優さんみたいに弾力がある。もうね、ここにずっと来たかったんです、と歌うように話す。がんものセットか、さば干しか、どっちにしよう。三人が朝の小鳥みたいに賑やかにメニューでまよっているのを、のこりのひとつのがんもに集中しながら、背中で聴く。

やがて、三人の元にもできたての熱々がんもが運ばれてきた。店主さんが、めしあがれ、と言う。東京のおんなの人の空気が、くっと集中したのがわかった。そして、がんもに向かって言った。「つぎに会うときは、再会になっちゃうから。」いただきますでもなく、おいしそう!でもなく、そう言って、揚々と手を合わせる気配。初めては、一度しかないです。今しかないです。そう聴こえた。ことばはふしぎなからくり装置だ。こんなふうにぜんぜん文字通りになんて聴こえないときがある。

初さんの、かわいい刺繍のれん
イオンから宿へ戻り、今日はなにをしようかな、なんとなくだらだらするか、でも電車に乗りたいな、そうだ、尾道にくる前にMさんにおしえてもらった福山の神勝寺にいこう、と思い立った。山陽本線の上り電車に乗り込むと、背後から「あれ」と声がして、レモンチューハイを片手にしたけんごさんと、プロのウェイクボーダーのこうじろうさんがいた。これから福山でとある打ち合わせにいくので一緒にどう?と言ってくれ、じゃあ、と着いていくことにした。こうじろうさんが海の日に因島でイベントをひらくので、出店してほしいハンバーガー屋さんに会いにいくという。
そこのオーナーさんが会うなり「目がすごくきれいですね」と言ってくれて、おなじことをおなじように、十何年前、会うなりいきなり言ったゆりさんという人のことを思い出した。今はたしか、私が初めて東京で住んだ町のそばの天文台で働いているのだったか。「きれいなものをきれいということが、もうできるんですよ、この年になると」とそのオーナーさん、午後は暑くなるみたいですよ、のテンションで言った。そういうことを力を抜いて言える人の、うそのない目と唇を、いいなと思った。
尾道や福山の、人の有機的なつながりのなかで、おもしろいことをやっている人たちがいて、ここでの暮らしはきっとすてきだろう。じぶんが暮らしてきた生活圏やルーツがずっと日本列島の東だから、西側というのはやっぱりちょっと他人で、べつもので、特別に感じる。
べつのお店にはしごして、そこでもオレンジジュースを飲み、なにを話していたかあんまり覚えていないけど、いろんな話をしてふたりと別れた。歩いていると、近くに大きめな自然食品店をみつけたのでのぞいた。おおしめじ、テンペ、米油を買う。福山城のふもとで、そういえばおなかが空いているなあと思って駅ナカで買った高野豆腐と切干大根(たっぷり入ってどちらも税込二百円)、たこめし(砂糖なし、めずらしい)を昼ごはんに食べる。日差しが、夏のように照りつける。おとといの冬到来がうそのよう。こんなに大きな変化のなかで日々生きていることが、いのちが適応してくれていることがうれしい。今生きてここにあるということが、意味もなく煌めいている。


尾道へ帰り、海が目の前のYard Cafe(https://www.instagram.com/onomichi_u2/)でミントブレンドを注文。ひさしぶりに、といっても数日ぶりだけど、パソコンをひらき、仕事の連絡と日記を書く。
こんなこと、いつぶりに思うだろう、ずっとここにいたい。この町に、まだずっといたい。そんなことを思うのは、あれだ、滋賀の、もう七年前になる真夏のあのとき以来だ。あれからどんなに時間が流れたのか、私は把握することができない。なぜなら、あれはきっと過去ではなく、今もどこかであの時間は流れているし、その先があるからだろう。時間もない、ゴールもない、ひたすらえんえんと今だけがある。なにも新しくはじまらないし、なにもいよいよ終わらない。

夜、けんごさんが「あそこはぶっとんでるから、一度行ったほうがいい」と言っていた山の上のタイ料理屋タンタワンさん(https://www.instagram.com/viewhotelseizan_tarntawan/)へ、ゆみかさんとみゆうさんに誘ってもらって、行った。尾道の山側に行ったのははじめて。けっこうな斜面にくずれそうな古い家が、ぽつぽつ建っている。真っ暗闇に、草が生い茂り、このまま昔の物語のなかに入っていって帰ってこられなくなるんじゃないか、と思う。それに尾道の山からみる夜景(昼間もだけど)には、ちょっと日常らしくない角度がある。雲のうえから遠いような近いような下界をすっ、と眺めているような。
ハーハー息をきらしてお店に着き、春雨のスープを頼んだ。あっというまの時間に、たくさん笑った。帰りは、営業が終わったからいいよと、オーナーが自前のド派手なトゥクトゥクで山の下まで送ってくれた。おまけに、ほとんどだれもいない商店街をぐるりと爆走してくれた。なんてこと!人生初のトゥクトゥクが、タイでなく尾道でなんて、想像できた?できない。界隈ではこのトゥクトゥク、名物らしく、二度パトカーとすれちがったがオーナー曰く「顔が割れているからなんにもいわれない」そもそも、公道を走ったってよいのだ。尾道市民は、夜道に突如あらわれるこの異国感(異世界感?)たっぷりの乗りものに慣れているのでおどろかないが、観光客らしき人びとはすれちがうたびきょとんとして、こちらを見る。そりゃそうだ。私だってそうなる。三人で、ずっと笑いながら、私は今年一お腹を抱えて笑いながら、爆走ライドを満喫した。

降ろしてもらった場所の目の前に、YES(https://twitter.com/yes_onomichi?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor)という隠れ家みたいなボトルカフェがあった。娘さんがいるゆみかさんは帰宅、みゆうさんと行くことに。知る人ぞ知る、場所らしい。夜は営業していない喫茶ハライソの中を通り抜けるとYESへの扉があり、細い階段をのぼっていく。元和室一間をアレンジした、秘密基地のような空間。瓶入りの飲み物だけ置いているのでボトルカフェなんだって。まん丸の可愛い瓶に入ったりんごジュースを注文。
ほとんど真っ暗な店内で、ろうそくの明かりが近すぎず遠ぎない場所から肌をなでてくれるようで心地いい。目の前が線路、商店街のちょうど入り口の三階にあり、三角形の頂点みたいな位置に建っている。オーナーがおもむろに窓ガラスをまるごと外し、「これは冬仕様。今日から暑いから」と衣替え。夜風が遠慮がちに入ってくる。このまま寝てしまいそうに落ちつく。気づいたら十一時半、真っ赤な可愛い自転車で颯爽と走り去るみゆうさんを見送って、私も帰る。
ふとんに入ったが、二時間くらいで目が覚めてしまった。真夜中二時半、せわしく点滅しっぱなしのインターホンの青い光をぼんやり視界の片隅に入れながら、今朝のきっちゃ初さんでのおんなの人を思い出して、ふと考えた。この人生で、再会なんてないんだろうな。ぜんぶ一度きりだから。来世でもし会えたら、それを再会というのであって、この人生でのことはすべて一回のうち。
はじめては一度きりしかないのだ、ということをいいたいわけじゃない。一度きりが、人生に渡っている、ということ。人生のぜんたいに。ところで、来世があるのかは、わからない。今のところ前世はあるような気がするから、またおなじように次もあるような気もする。でも気のせいなだけで、ただ無なだけかもしれない。コゴナダ監督の映画「アフターヤン」にこんな台詞だってあった。「There is no something without nothing. 無なしで有はありえない」
今わかるのは、この人生での出会いがすべて一度きりなこと、それだけだ。
+ + + + + つづく
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日常を文章と映像で綴っています。会津生まれ、伊豆半島育ち。東京を経て鎌倉に。初めての本にむけて準備中。Youtube「鎌倉の小さな台所から」連載エッセイ「回復の食卓記」など→https://instabio.cc/megumisekine
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ふるり(https://note.com/fururi8)
Megumi Sekine 関根 愛