AI時代に向けたシンガポール国立大の挑戦と「責任者の生き方」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2018/06/13
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人工知能(AI)の発達で、人間が行なっている多くの仕事が今後10〜20年で淘汰されることになる。そんな予測がメディアで喧伝される中、「では、人間にしか生み出せない価値とは何なのか」という問いを、いよいよ避けられなくなってきていると感じます。

シンガポールでは、そんな時代の到来に対し、真剣に向き合おうとしている取り組みがあります。その舞台となっているのがシンガポール国立大学。英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが行う「世界大学ランキング」2017年版ではアジア地域で第1位、世界でも24位にランクインしている、国が誇るトップスクールです。

そこで2015年から新たに始まったのが、「Future-ready Graduates(CFG)」というプログラム。その名の通り、「来たる未来に備わった学生を輩出する」ことを目的として、同大学の全学生に対し、マインドフルネス(いま起きていることに意識を向ける心理過程や心理状態のこと)やレジリエンス(困難に直面したときに適応する折れない力のこと)など、人のソフトスキルに特化した実践的トレーニングを「必須科目」にするというものです。

すでに欧米のトップ大学では、こうしたプログラムを「選択科目」として設けているところはありました。しかし、シンガポール国立大学では、これを全学生対象の「必須科目」として導入したのです。これは世界初のことです。

12歳の学力テストで将来が決まる

「CFG」の運営母体となるセンターの立ち上げから、プログラムで提供するカリキュラムの立案まで、そのすべての責任者として指揮をとったクリスタル・リム(Crystal Lim)さんはこう語ります。

「私が、CFGプログラムのセンター長として採用された背景には、シンガポール国立大学が抱える大きな課題がありました。『シンガポール国立大学の学生は学力が高い。言われたことはできる。でも、自ら新しいチャレンジをしたり、困難に立ち向かったりする力が弱い。だから、社会に出たときに使えない』という声が、著名なグローバル企業などから多く寄せられていたのです」

シンガポールでは、その国の成り立ちから、少ない労働力を効率的に配置・活用することに重きが置かれていました。そのため、教育制度もかなり厳しく、現実的・効率的であることが重視され、シンガポールの子どもたちは12歳のときの学力テストによって、大学進学か、はたまたそれ以外の道に進むのかが決まります。

こうした教育制度のもとで、学力の高い人やハードスキルを持った人材は多数輩出される一方、現実社会で生き残っていくためのソフトスキルやメンタルスキルを持った人材が育たないという状況が生まれてしまいました。

これは何もシンガポールに限らず、日本や韓国、またはそのほか学力偏重型の教育を進めてきた国々が共通して抱えている課題かもしれません。

弱冠35歳の女性が責任者に

責任者のクリスタル・リムさんはシンガポール生まれ。奨学金を得てイギリスのダラム大学で法律を学んだのち、卒業後は就職先として金融業界、それも投資銀行を選びました。

24歳で最初の結婚をし、20代後半で男の子と女の子、ふたりの子どもの母親に。子育てをしながら、厳しい競争にさらされる投資銀行の世界で、アジア中を飛び回る生活をしてきました。そんな彼女に転機が訪れたのは、サブプライムによる金融危機のときでした。

「当時の夫も、同じ投資銀行の世界で働く人でした。サブプライムショックを機にふたりともこの業界を離れようと決め、シンガポールで所有していた家も車もすべて売り払い、家族でオーストラリアに引っ越しました。そこで小さな農場とぶどう園を買って、いままでとは真逆の自給自足のようなスローライフを始めたのです」

その後、会社を起業。主に年配の富裕層向けにホリスティックなリトリートプログラムを提供する会社を経営し、そこでの経験が、その後のシンガポール国立大学での「CFG」立ち上げに繋がっていきました。

「自分が大学に勤めることになるなど、まったく想像していませんでした。きっかけは偶然で、自分の会社で運営するリトリートでブータンを訪れ、参加者の人たちと瞑想していたとき、たまたま居合わせたエゴンゼンダー(世界的エグゼクティブファーム)のダイレクターから話しかけられたのです。

『君がやっていることは、とても素晴らしい。でも君のまわりは成熟した年配の人たちばかりだ。もっと若い、可能性のある人たちに広めるといい。今はどうやるかわからないかもしれないけれど、宇宙に意図を放てば、向こうからその方法はやってくると思う』と言われました。その後、彼からエゴンゼンダーのシンガポール代表の女性を紹介されて、お会いしたところ、シンガポール国立大学の話が来たのです」

偶発性をチャンスに変える

世界初の先進的な取り組みを、当時若干35歳の若さで取り仕切ったリムさん。彼女は今年、仕事とプライベート双方で、大きな転機と挑戦の時期を迎えています。

プログラムの立ち上げと導入が完了したCFGのプロジェクトは、今年の初めで終了。その後、立ち上げにともに取り組んだメンバーで心理学者のGregor Lange氏と再婚。彼と共同で新会社「Forest Wolf」を設立しました。

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(左)Gregor Lange(右)Crystal Lim

「Forest Wolf」が目指しているのは、科学に裏付けられた人間のソフトスキルの開発に特化し、”人間にしかできないことの可能性に挑む”トレーニングをより多くの個人や民間企業に提供すること。世界有数の製薬会社数社が取り組んでいるリーダーシップトレーニングに導入されるなど、すでにめざましい成果も出始めています。

リムさんの生き方、そしてキャリアについて聞きながら頭をよぎったのが、私自身がキャリアについて考えていた大学時代に知った、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱するキャリア理論「Planned Happenstance Theory(計画された偶発性理論)」です。

それは、「キャリア形成は予期せぬ偶発的な出来事に大きく影響されるものであり、その偶然に対して最善を尽くし、より積極的な対応を積み重ねることによってステップアップできる」という考え方。リムさんの選択の仕方からも、これからの時代において「偶発性をチャンスに変える」という、人間だからできるセンスや感覚を磨いておくことの重要性を感じずにはいられません。

シンガポールで始まるテジタル・AI時代の人間の可能性にかけた挑戦。成熟期を迎えたシンガポールが、今後も発展を続けられるかどうかは、この挑戦の結果にかかっていると言えるかもしれません。

連載 : シンガポール的ライフマネジメント術

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