羽生結弦の心に火をつけた「衝撃」。チャンとの戦いで手にした収穫とは

羽生結弦の心に火をつけた「衝撃」。チャンとの戦いで手にした収穫とは

  • Sportiva
  • 更新日:2020/09/14

『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』

第Ⅱ部 高め合うライバルたちの存在(2)

数々の快挙を達成し、男子フィギュア界を牽引する羽生結弦。その裏側には、常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱がある。世界の好敵手との歴史に残る戦いやその進化の歩みを振り返り、王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。

【写真】羽生結弦グランプリファイナル(2019年)フォトギャラリー

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2013年、グランプリシリーズ・フランス大会の羽生結弦

羽生結弦にとって5回目の出場だった2012年全日本選手権。フリーでは髙橋大輔に4.81点及ばなかったものの、グランプリ(GP)シリーズで歴代世界最高の95点台を連発していたショートプログラム(SP)は、非公認ながらも97.68点を出し、合計を280点台にして初制覇を果たした。

羽生が次なるステップとして目標にしたのは、11年以来世界選手権を3連覇し、「絶対王者」と称されたパトリック・チャンだった。ソチ五輪で優勝した羽生がその大きな要因として挙げたのが、GPシリーズでファイナルまでの3大会を、チャンと戦えたことだった。

14年のソチ五輪の金メダル獲得後に、羽生が「表現力に関しては町田(樹)選手や?橋選手の方が上かもしれない。そう考えたら、自分の短所を克服するために追いかけなければいけない先輩やスケーターが絶対いる」と話していたように、彼にとって大会出場は、ライバルたちから学べる絶好の機会だと言える。

2013−2014シーズン、GPシリーズ初戦のカナダ大会ではチャンに次ぐ2位だった羽生。表彰台に上がる結果を残せたが、SP、フリーともにミスが出てしまい、本人にとって不本意な内容だった。

しかし、2戦目となった11月のフランス大会は納得の滑り出し。公式練習からキレのいい動きで、夕方からのSPでもその好調を維持した。

「SP最初の4回転トーループは、自分としては納得できるジャンプではなかった」と本人は満足していなかったが、着氷で少し重心の位置がずれたとはいえ、審判の出来栄え点(GOE)は2.00点が出る高評価。その後の要素も、すべて加点をもらう出来で当時の自己最高となる95.37点を獲得した。

前年のシーズン序盤、羽生はSPで歴代最高点を連発しながらも、年が明けてからはミスが続いた。それをこのシーズン、やっと完璧に近い形でできた手応えがあった。だが羽生は、「体もすごく動いていると思うし、スケーティングも頑張ってやってきた。それなのに前年の最高点を0.03点しか上回っていないのは残念。もう少し頑張らなければいけない」と悔しがった。

そして、羽生以上の出来を見せていたのが、世界選手権を3連覇中だったチャンだった。このフランス大会で、冒頭の4回転トーループ+3回転トーループからすべてのジャンプと演技を完璧に決め、技術点こそ羽生を0.38点下回ったが、芸術要素点で上回って98.52点の世界歴代最高点(当時)を記録したのだ。

SPが終わって、羽生とチャンの差は3.15点。

「3点差というのは大きいですね。5コンポーネンツ(芸術要素点)であれだけ差をつけられると太刀打ちできない部分もあるので......。それでもカナダ大会はSP終了後に2位しか狙えない位置にいたけど、今回は何とか首の皮一枚つながった感じですね」

こう話した羽生は、記者会見場で5コンポーネンツの点数を上げるための方法と、スケーティングについてのチャンの発言をうなずきながら聞き、「パトリック選手が会見で言ったことがためになったので、ちょっと実践してみようと思います」と話していた。

しかし、翌日のフリーは、序盤にいきなりつまずいてしまった。最初の4回転サルコウを跳ぼうとした瞬間、踏み切る左足のエッジが傷ついたリンクの溝にはまる不運に見舞われ、ジャンプできなかった。「しょうがない。次は跳ばなきゃ」と切り替えようとしたが、次の4回転トーループでは焦りが出てしまい転倒。さらに3回転フリップは、ロングエッジで減点されてしまった。ステップシークエンスも本来のスピードがなかった。

しかし、そこからは自分の気持ちを立て直した 。

「今回の試合までの練習では、ステップやスケーティング、振り付けに力を入れたうえでジャンプを跳べるように練習をしてきた。そういうトレーニングによって、動きながらでも心を落ち着かせることができたのだと思います」

中盤のトリプルアクセル+3回転トーループを、完璧に決めると羽生は波に乗った。その後も2つのコンビネーションジャンプを含む4つのジャンプをきれいに決め、スピンもすべてレベル4をもらう演技で滑り切った。カナダ大会を13.78点上回る168.22点を獲得し、合計も263.59点まで伸ばした。

「カナダ大会は、その前のアメリカでの町田選手の優勝を見て、プレッシャーや緊張感もあって、勝ちたいという思いが強かったですね。その後、髙橋選手がNHK杯で優勝し、(総合ポイントの)上位をとるのが大変になったので、ファイナルを目指すというより、今できる自分のことに集中しようと思いました。

前年シーズンでは、前半の大きなジャンプでミスが出たら、気持ちが落ち込んでいたと思いますが、今回は演技の後半に落ち着いて修正できた。カナダからの2週間弱で、フリーでも少しずつ完成度を高めていると思うので、ファイナルに向けてもっといいプログラムを作っていけるかな、と思います」

こう述べた羽生の前に、今回もチャンが立ちはだかった。チャンはフリーの全要素で加点をもらい、芸術要素の5コンポーネンツもすべてが9.39から9.86点と、高い評価を獲得。フリーは196.75点、合計で295.27点という当時の世界歴代高得点で完勝した。

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2013年フランス大会は、パトリック・チャン(中央)が強さを見せつけ優勝。羽生は2位だった

ジャンプで軸がブレ気味になっても、きれいに跳んでしまう技術の高さ。スローテンポな曲でもメリハリを付けた重厚なスケーティングで、技と技のつなぎでも常に表現を意識する滑り。この時、スピードとキレで高い評価を得ている羽生も、重厚さという面ではチャンになかなか対抗できなかった。

それでも、チャンとの戦いの中で、彼の存在感や同じ大会で滑るプレッシャーに左右されずに「(SPで)自分の演技ができたことが大きな収穫」と羽生は言った。

「(チャンのように)SP、フリーともノーミスというのは、スケーターにとって稀(まれ)なこと。その舞台に一緒にいられたというのは光栄です。今は雲の上の存在ですけど、その演技を見たことで、『もっと頑張らなきゃ』と思えました」

また羽生は、チャンが言った「曲や音を表現するために、膝の使い方を意識している」という言葉について、「衝撃的だった」と話した。

「スケーティングでは手や上半身を使いますが、彼(チャン)の場合は下半身でもしっかりと曲やリズムを表現し切れています。ものすごく高度な技術ですが、『そういうこともできるんだ』と驚きました。それができるからこそ、点数も伸びるんだと思いました」

さらにカナダ大会では、チャンが19歳で挑んだ10年バンクーバー五輪の時の話も聞いたという。 「ものすごく勉強になりました。英語が少しずつわかるようになっているので、海外選手の言葉にも耳を傾けられるようになりました」

このシーズン出場したGPシリーズので、チャンと同じ時間を過ごした羽生は、勝利すること以上の貴重な収穫を手にしたと言えるだろう。

羽生は「1試合1試合、パトリック選手に勝ちたいと思っていたけど、この時は『まだだな、今じゃないな』という感じがしたんです。点差をしっかり見せつけられたし、すばらしい演技を生で見て、燃えた部分がありました。自分を成長させてくれる、いいきっかけになるんじゃないかな」と話していた。

羽生が急速に進化していく時に、チャンと3戦連続で戦えたのは羽生にとって価値ある経験であったし、その機会をしっかり生かせたのも、彼だったからこそだろう。

そして、羽生はこうも言った。

「大きなミスが2つあった中での技術点87.28点というのは、すごく評価してもらえたと思っています。パトリック選手が初めて技術点で100点台を出していたけど、僕も4回転2本を跳べていたら、多分100点はいっているという感覚です。自分ができることをしっかりやれれば、それなりの点数が付いてくると思いました」

また、羽生は演技後のメディアの囲み取材を受けるようになって、「自分の演技を振り返りながらそれを言葉にできるようになった」とも話した。

「僕は分析が好きで、自分の中ではやっていますが、こういう場があるからこそ自分のことをより分析できるし、いろいろな視点から質問がくるので、それは毎回ありがたいことだと思っています」

そのポジティブな姿勢が、のちの勝利を招いたとも言えるだろう。
(つづく)

*2013年11月配信記事「羽生結弦、絶対王者チャンから得た『勝利以上の収穫』」(web Sportiva)を再構成・一部加筆

【profile】
羽生結弦 はにゅう・ゆづる
1994年12月7日、宮城県仙台市生まれ。全日本空輸(ANA)所属。幼少期よりスケートを始める。2010年世界ジュニア選手権男子シングルで優勝。13〜16年のGPファイナルで4連覇。14年ソチ五輪、18年平昌五輪で、連続金メダル獲得の偉業を達成。2020年には四大陸選手権で優勝し、ジュニアとシニアの主要国際大会を完全制覇する「スーパースラム」を男子で初めて達成した。

折山淑美 おりやま・としみ
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。92年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、これまでに夏季・冬季合わせて14回の大会をリポートした。フィギュアスケート取材は94年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追っている。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

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