いつか留学したいと思っていた日本が命がけの避難先に ウクライナの16歳の少女が描くリアルな記録

いつか留学したいと思っていた日本が命がけの避難先に ウクライナの16歳の少女が描くリアルな記録

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  • 更新日:2022/11/25
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Zlata Ivashikova/2005年、ウクライナ・ドニプロ生まれ(本書の執筆中に17歳になった)。日本の漫画、小説のファンで、太宰治が大好き。ロシアのウクライナ侵攻後、母親の勧めで単身、日本への避難を目指す。現在は日本語学校に通学している(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)

AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『ウクライナから来た少女 ズラータ、16歳の日記』は、ズラータ・イヴァシコワさんの著書。日本の漫画や小説を愛読し、日本語を勉強し、日記を書いていた16歳のズラータ。彼女の人生は今年2月、戦争が始まって一変した。学校は休校、戦況が深刻化するなか、母親は必死で16万円を集め、ズラータに日本への避難を勧める。いつか留学したいと思っていた日本は命がけの避難先になったのだ──。混乱するEUの状況、コロナの罹患を乗り越えて、日本をめざした少女の140日間の日記だ。ズラータさんに、同書にかける思いを聞いた。

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「ウクライナの戦火のなかでも、ひとりひとりは夢や希望を持って暮らしています。自分の経験を伝えることで、外国の戦争には関心がない人にも、なにか手渡せるのではないか、と思いました」

本書を書いた理由について、ズラータ・イヴァシコワさん(17)はこう語る。通訳なしで取材に応じるズラータさんは、3年前、13歳のときに日本語に興味を持ち、独学で学び始めた。本書はズラータさんの日記やメモをもとに、自分で書きおろしたもの。収録されているイラストも、ズラータさんが描いている。

「日記はずっとロシア語で書いていたんですが、日本語で書くことにしました。日本語の発想で考える訓練になって、学習に役立ちました」

ロシアのウクライナ侵攻が始まった時、ズラータさんはウクライナ第4の工業都市・ドニプロで暮らしていた。幼い頃から会計士の母親と二人暮らし。家には9歳になるマルチーズもいて、大好きな絵を学ぶため、美術の専門学校に通っていた。『文豪ストレイドッグス』など、日本の漫画の熱烈なファン。登場する文豪のなかでも太宰治に惹かれ、ネットオークションで『人間失格』の初版本を手に入れて、読んだほどだ。

「いつかは日本で暮らして漫画家になりたい、と思っていました。けれど戦争がきっかけで日本に来ることになるとは考えてもみなかった」

戦争が始まると、ウクライナから国外への避難が始まった。外国に知り合いがいる人は動きやすいが、そうでなければ行き先を決めるのも難しい。「細い伝手(つて)をたどって」ズラータさんの母親は身元引受人を見つけ、日本への飛行機代、16万円を必死で集めた。ウクライナ侵攻から1カ月も経たない3月16日、母の勧めで、ズラータさんは日本への避難を決意する。飛行機に乗るためには、ポーランド・ワルシャワまで行かなくてはならない。

「ワルシャワまで送ってくれた母も私もコロナにかかりました。PCR検査は4回受けて陽性。5回目でようやく陰性になって、飛行機に乗れたんです。もともと私は人見知りで、コミュニケーションをとるのは得意じゃないんですが、そんなことを言っていられませんでした」

何度も危機に出合いながらも、多くの人の協力でズラータさんは日本に到着した。今は横浜に暮らし、日本語学校に通う。近い将来、美術の勉強を始めたいと考えているそうだ。

「母とは毎日のように通話していますが、とても心配です。日本は安全で嘘のよう。戦争は突然、始まりました。日本の方には『今を大事にして。明日が今日と同じとは限らない』と言いたいです」

戦争がいかに人々の日常を壊し、当たり前だった暮らしを奪っていくのか。避難する人々のディテールが16歳の少女の目を通して描かれた、リアルな記録だ。(ライター・矢内裕子)

※AERA 2022年11月28日号

矢内裕子

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