子宮摘出手術を終えた直後の感覚・暴れ太鼓のような痛みとおろされた大根のような無力感

子宮摘出手術を終えた直後の感覚・暴れ太鼓のような痛みとおろされた大根のような無力感

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  • 更新日:2018/01/15
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イラスト/大和彩

前回、ようやく夢子は子宮摘出手術を受けた。手術が終われば輝かしい未来が待っている。夢子はまぶしい光をたしかに見た気がした。うっすら目を開ると、薄暗く全体的にゆらゆらする青色に包まれた場所に夢子はいた。

(宇宙船の中みたいだ)

しかしなんのことはない。そこは昨日荷物をほどいた病床だった。看護師がてきぱきと夢子の病床エリアに出たり入ったりするたびに、青い色をたたえたベッド周りのカーテンがゆらゆらする。先ほど見えた光は、看護師が点滴などを点検する際に使うペンライトだった。

(死ななかったかぁ。戻ってきてしまった)

宇宙船ではないと理解した夢子は、あろうことか、少しうんざりしていた。夢子は密かに、こう思っていたからだ。

(麻酔で平和に眠らせてもらいながら、病院関係者に見守られ友人が待ってくれている状態で死ねたなら、それは最高の最期だ)

けれど今回夢子に「最高の最期」が訪れることはなかった。

医療スタッフがよってたかってこいつが死なないように尽力してくれ、友人も死ぬほど心配してくれて、俺だって頑張ったのに! ああ、腹立たしい。不謹慎にもほどがある!

あ、俺は子宮だ、無事摘出されたぞ。夢子にも話した通り、俺たちは摘出されたから「はい、さようなら」って宿主の体から消えるわけじゃないんだ。幻肢って聞いたことあるだろ? 事故などで体の一部を失った人が、そこにはないのに、腕や足に痛みやかゆみを感じる現象だ。本人は存在しない手でコーヒーカップを”持つ”こともできるらしい。痛みなどの感覚はリアルなものだ。それと同じさ。まだしばらくは夢子のボディに留まっている。

暴れ太鼓のような痛み

(今回、綺麗に死ぬチャンスを逃してしまった。やっぱり私は誰にも知られずに野たれ死ぬ運命なのかしら)

生きる意味とは結局なんなんだ……と、甘えたことをぶつくさ考える夢子だった。

先ほどまで気づいていなかったが、点滴や心電図、カテーテルなどたくさんの管が自分の体に刺さり、ベッド脇のさまざまな医療機器に繋がっている。看護師がこまめに各機器をチェックするために病床を訪れる。彼女はさまざまなペンやタブレットを手にしていた。各用途に応じたペンを使って何やら記入したり、端末に入力している看護師はかっこよかった。暗い中で正確さを求められる仕事ができてすごいな。

目を覚ました瞬間不満に思ったせいで、きっとバチが当たったんだな。意識がはっきりしてくると、夢子の全身は暴れ太鼓のような痛みに覆われ始めた。

腹も腰も痛い。腰痛を緩和するために仰向けから横向きになろうとしてもできなかった。少し動こうとすると、腹部がまるで鬼おろしでおろされているかのように痛む。弱々しい夢子の筋肉には寝返りすら打つ力が残っていなかった。夢子はもはや、おろされた大根のような無力な存在である。

そのことに、夢子は混乱し、驚いた。

(ええっ、なんで痛いの? 内視鏡なら痛みはないんじゃなかったの?)

たしかに、体の表面上に痛みはない。ただ、体の中が痛い。お腹の中が出血し、発熱している感覚がある。全身がほてって、パジャマが汗びっしょりになっている。背中が燃えるように熱い。まるで火がついているようだ。息も上がってぜいぜいする。

私、このまま死ぬんだ!

輸血もしていた。点滴の他に、黒い血でいっぱいの袋からも液体が流れ込んでいる。それを見た時、急に怖くなった。断っておくが、夢子は重症ではない。手術の予後は大変良好で、今ヤツが経験している出血や炎症は、いたって普通のことだ。だが本人がそれを知る由はなかった。

(こんなに痛い。寝返りすらできない。輸血も必要だし、カテーテルも入ってる。きっと思っていたより重症なんだ、一生治らないんだ。私はきっとアパートに帰ってもトイレに歩いて行けず、おむつで生活しなければいけないんだ。そういえば大人用のおむつはどこで売ってるの? Amazon? 買い置きしておけばよかった? 退院したらAmazonプライムに入会するべき?)

夢子は、痛みと不安があるとAmazon検索に没頭して、それをまぎらわそうとする癖がある。ヤツの脳は「大人用おむつ」に完全に支配されていた。だが、残念なことに今、人間型大根である夢子はAmazon検索ができない。つまり、不安をまぎらわす術がないということである。

夢子は確信した。

(あっ、私、このまま死ぬんだ! うん、痛すぎるし、怖い。ていうか死なせて! ハイハーイ死にます! もう、これから死ぬんで!)

自分が今から死ぬということは、これ以上ないほどの真実として、夢子の思考に燦然と輝いている。太陽が東から登って西に沈むのと同じで、それは1mmの疑いの余地すらないことだった。あとは方法論、どうやれば死ぬかだ……と考えた次の瞬間、こう思い至った。

(私、今、パニック発作が起きてますね?)

夢子には幼少期の体験に由来するPTSDがあり、不安になるとパニック発作が出ることがある。そのため現在も精神科で治療・服薬している。入院する際、その旨を女性科の担当医に伝えた。

「そのことについては、精神科のドクターにも話しておいてください」

ということになり、面会時間を設定してもらったのだった。そこで精神科の医師、精神科の看護師、女性科の看護師、それぞれに自身の精神科の既往歴を説明してあった。

さきほど数値をチェックしていた看護師に、事前にヒアリングされた。

「どういうときにパニック発作が出るんですか?」

「眠りから覚めた時に起こることが多いです。ちなみに外見からは絶対わからないと思います。パニック発作が起きている時の私はものすごく静かで、一切身動きしないんです。手術で体調が悪いだけなのか、パニック発作が起きてるか判断するのは自分でも難しいです。ただ体調不良との決定的な違いは、『自分は絶対死ぬ』という確信や希死念慮があることです」

「希死念慮」とは?

希死念慮とは、「なんかよくわかんないけど死にたい」という思いに囚われることだ。誰しも「もう死んじゃいたい」と思うことはあるが、希死念慮ではやがてその思いに支配され、実行に移してしまうこともあるので注意が必要だ。夢子の場合、希死念慮がぽっと出てきた段階では具体的に自殺を計画しているわけではない。

内臓のひとつとしての、俺の勝手な視点だが、希死念慮は混乱した内臓たちから体の処理能力を超えた化学物質が大量に出て、キャパを超えてしまった時に起きているように見える。体というコンピュータがバグを起こしているような感覚だ。壊れているわけではない、一時的にちょっと不具合が起こる。

希死念慮は実体のないふわふわした感情などではなく、物理的、フィジカルな要因に引き起こされていると実感する。つまり精神論や気の持ちようでなんとかなる現象ではない。実際夢子の場合、希死念慮を起こしている物質を薬で叩けば、それは収まる。

「別に悲しくないのにこれから死ぬんだ、死ぬべきだって淡々と信じてる時は、だいたいパニック発作が起きてるみたいです」

看護師にそう説明する自分の声が、暗い病室で蘇る。眠りから覚めたばかりで死ぬと確信している。夢子は思い当たった。

(ああ、こりゃパニック発作だわ)

深夜のナースコールで救われる

精神科の医師と看護師からはこう説明されていた。

「手術後、お薬は飲めません。代わりに点滴の中に不安を抑える薬を入れたものを用意しておきます。もしパニック発作が起きちゃったら、すぐに言ってくださいね~、それ出しますんで!」

忙しそうに働いている看護師を自分のことで呼び出すのはたいへん申し訳ないが、夢子はこれまでの経験から知っていた。パニック発作を甘くみてはいけない。放置するとパニック発作は心身をとんでもなく蝕む。そうなると体調も悪化するし、スタッフにかえって迷惑をかけるだろう。夢子はナースコールのボタンを押した。

「希死念慮が出ちゃいまして。精神科のお薬が入った点滴を用意してくださっていると聞いたのですが、お願いできますか?」

「はいわかりました」

看護師は迅速に点滴の袋を取り換えてくれた。

夢子は思った。

(「希死念慮」という言葉を知っていたおかげですぐに話が通じた。知識があってよかったなあ)

結局、その夜は精神の薬が入った点滴袋をナースコール2回分使用した。夜が明けるころには夢子は身も心もよれよれになっていた。40歳は老け込んだ気分である。

心はもう、絶望的に満ちた老婆のそれであった。ほどなく看護助手の女性が体の清拭をしにやってきた。タオルはあったかくて気持ちよく、その女性は大変優しかった。貴重な若い人材の時間と労力を使って体を拭いてもらうなんて、自分はそんな価値のある人間じゃないのに。夢子は恐縮するばかりだ。

(私は一生このまま間抜けで、無力で、無能な存在として周りの手を煩わせないと生きていけないに違いない)

という自分に対する嘲笑と、若い医療スタッフに対する、

(ありがたいねぇ、こんなことさせて申し訳ないねぇ)

という気持ちが綯い交ぜになり、ますます頭の中が混乱する。看護助手さんに体を拭かれ、泣きながら彼女を拝みたいような気持になる夢子だった。

その日の午後、「さっそく立ってみましょう!」と言われた。身も心も介護老人になりきっていた夢子の心は抗議の声をあげた。

(わしにはそんな高度なこと、無理じゃわい……無理無理、絶対無理)

しかし、やってみたら立てた。これでカテーテルが無事抜けた。80㎝程度の高さからしばらく世界と対峙していた夢子だったが、立ったことで急に視点が変化した。それは夢子を戸惑わせた。

夢子の生命が、再生した。

朝、体を清拭してくれた看護助手が「わー、立ってるぅ♡」と夢子を見上げている。

さっきは若くて強くてたのもしく見えた彼女が、急に物理的に小さくて可愛らしい存在に思えた。そして自分が急に若返った気がした。

姿勢が悪い者は、よい者に比べて自信や自己肯定感に乏しいという調査結果があるらしい。視点の高さ、立つということが自分に与える自信は、夢子の想像を凌駕していた。

(やったー自分でシャワーが浴びれる! 体を拭いてもらわなくていい!)

点滴はまだついていたが、袋がぶら下がった棒をガラガラと押しながら自力でトイレにも行けるのだ。さきほどまでの弱気はどこへやら、鼻歌でも歌いたい気分だ。

ようやく立ったばかりの幼児が嬉しさを滲ませてどんどん歩いてゆく心持ちがわかる気がした。

(けど私は幼児じゃない。まぬけで無力で無能でもない。『希死念慮』って言葉も知ってて、自分の状態を看護師さんに伝えられたんだから!)

生命は破壊と再生を繰り返して持続していくものだという。夢子も手術と寝たきりいう破壊のプロセスを経て、今また立ち上がった。こいつの生命は今、再生したのかもしれない。

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