熊本の公立校に伝わる「PLの遺伝子」。62歳の新監督が描く壮大な夢

熊本の公立校に伝わる「PLの遺伝子」。62歳の新監督が描く壮大な夢

  • Sportiva
  • 更新日:2017/11/24

熊本県立菊池高校――全国の高校野球ファンにとっては、まったく馴染みのない名に違いない。それもそのはずだ。甲子園出場は一度もなく、熊本県大会においても2007年以降は4回戦進出が一度あるのみ。出場する大会のほとんどが1、2回戦敗退の学校だった。

そんな無名の県立校に突然変異が起きた。今年、”夏の前哨戦”と目されているNHK旗大会で八代東、専大玉名、熊本国府といった県の実績上位校を次々と破る快進撃で準優勝を果たしたのだ。県大会決勝に進んだのは、じつに67年ぶりの快挙だった。

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渡邉監督の指導のもと、悲願の甲子園出場を目指す菊池高ナイン

甲子園出場をかけた夏の熊本大会もベスト8進出。3回戦では今年春のセンバツに出場し、150キロ右腕・山口翔(広島がドラフト2位で指名)を擁する優勝候補の熊本工に4-3で競り勝つなど、NHK旗大会が決してフロックでなかったことを証明した。

チーム躍進の陰には、2016年4月に野球部監督に就任した異能の指揮官・渡邉和雄の存在が大きい。

渡邉は熊本県菊池郡旭志(きょくし)村(現・菊池市)出身で、PL学園、青山学院大と進み、社会人のリッカー、三菱自動車水島でプレーしたバリバリの野球人だ。

高校時代に甲子園経験はないが、社会人野球の最高峰である都市対抗で大会通算1000号本塁打を放つなど活躍。現役引退後は三菱自動車水島で監督を務め、八木裕(元阪神)や入来智(元近鉄など)をはじめ、6人のプロ野球選手を育てた。

定年を機に地元に戻ると、不祥事で対外試合禁止期間中だった菊池高から監督の打診を受けた。「社会人を指導しながら、いつかは高校野球の監督をやりたいと思っていた」と渡邉はこれを快諾した。

「報告・連絡・相談の”ホウレソウ”といった社会人としての基盤を教えているだけですよ。ただ社会に出て、立派に振る舞うには体力は必要。野球の技術以前に人間としての基盤づくりに重きを置いて指導しています」

高校生を指導するにあたり、そう語る渡邉だが、日々の練習ではPL学園で仕込まれ、大学、社会人で磨かれた独自の野球理論が随所に見える。

「そもそも、野球を知らない子が多かった。ボールの直径は約7センチ。そしてホームベースの幅が約43.2センチです。ということは、6個のボールが載る。さらに、内外角の両端をかすめるボールが1個ずつ。つまり、ボール8個分がストライクゾーンとなるわけです。特に、この両端のゾーンをいかに芯でとらえるか。そう考えれば、打席のどの位置に立つのがいいのか、どういうフォームで打てばいいのか。そこを固めないといけません」

それまでの菊池高ナインにとってはあまりに難しい注文だが、身振り手振りを交えて実践する渡邉の指導を、「素直すぎる」(渡邉)という選手たちは忠実に再現しようとする。1キロの竹バットを使用してロングティーを行なうなどして、選手たちは振る力を身につけていった。

また、冬場の体力強化も一新した。外野後方にある170メートルの坂道ダッシュを5本から10倍の50本に増やし、ポール間走は制限タイムを設けて目標を明確にした。

試合前のシートノックでは、投手も加わり投内連係を入念に行なうようにした。これも「ほかのチームがやっていないことをして、驚かしてやろう」という渡邉のアイデアだ。

今年の夏を最後に秀岳館高校の監督を退任した鍛冶舎巧(かじしゃ・たくみ)とは、社会人野球で同時期に監督をしたこともあり、また全日本のスタッフとしては同じ釜のメシを食った仲だ。監督就任当初、菊池高は半年間の対外試合禁止処分を受けていたが、「ナベさん、(処分が)解けたらすぐにやろう」という鍛冶舎の誘いもあって、処分解禁の最初の試合は秀岳館と行なった。

鍛冶舎は次のような言葉で渡邉に太鼓判を押す。

「さすがに一流のプレーをつぶさに見てきた人物なので、基本に忠実といいますか、当たり前のことをやり通せる指導者ですね。公立校の難しさはあると思いますが、これからの熊本をリードする存在になってくれると期待しています」

鍛冶舎と入れ替わるような形で熊本に出現した62歳の新人監督は、かつて鍛冶舎が秀岳館の監督就任当初にぶち上げた「3年で日本一」に勝るとも劣らない壮大な野望を抱く。

「秀岳館と試合をしたとき、相手の選手たちが『菊池高校って県外のチーム?』と聞くわけですよ。同じ県にあっても、それほど無名の存在だったんです。そのときに強く思いました。甲子園に出て『熊本県に菊池あり』ということを知らしめたいと」

現在、部員は2年生が7人、1年生が25人。今の1年生は渡邉の誘いを受けて入部した地元の選手ばかりだ。さらに来年は、今年の実績もあり、30~40人ほど入部してくるのではないかと見込んでいる。渡邉自身、中学卒業後に地元を離れたひとりだが、「地元の人材を磨き、甲子園を目指す。それが何よりもの町おこしになる」と語る。

「今までは(菊池高を卒業後に)上で野球を続ける子がいなかったんですよ。でも、私には北海道から沖縄まで大学や社会人のコネクションがある。基準をクリアした選手には、そうした次のステージを紹介したい。そうした流れを5年以内につくることも使命だと思っています。これもひとつの地域貢献の形なので」

現在、渡邉の母校であるPL学園野球部は休部状態にあるが、その遺伝子は熊本の田園地帯で輝きを放ち始めた。

◆「PL学園のOB」だけで、プロ野球チームを組んでみたらスゴかった>>

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