【暗闘 ゴーン事件】(上)勾留失効直前...ドバイの証言

【暗闘 ゴーン事件】(上)勾留失効直前...ドバイの証言

  • 産経ニュース
  • 更新日:2019/01/12

世界一の高さを誇る超高層ビルや世界最大級のショッピングモールで知られる中東屈指の観光都市、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ。昨年12月20日、日産自動車の関係者は、子会社「中東日産」の幹部と向き合っていた。

関係者は、日産の前会長、カルロス・ゴーン(64)の不正を調査する社内の内偵チームから重要な密命を帯びていた。ゴーンの指示で平成21~24年、中東日産からある会社に支出された計1470万ドル(約12億8400万円、現在のレートで約16億円)の趣旨の「解明」だった。

支出先はゴーンの長年の知人でサウジアラビア有数の実業家であるハリド・ジュファリが経営する会社。名目は日産車の「販売促進費」などとなっていた。

幹部は、日産関係者に語り出した。「ジュファリの会社に販売促進などの活動実態はありません。あの1470万ドルは支払う必要のない金でした」

その頃、ドバイから約8千キロ離れた東京・霞が関の検察庁は激震に見舞われていた。東京地検特捜部が自身の役員報酬を過少に記載したとして金融商品取引法違反容疑で再逮捕したゴーンの勾留延長請求を東京地裁が却下したからだった。

テレビのニュースは、近く保釈される可能性があると速報した。身柄拘束を解かれれば、口裏合わせなど証拠隠滅の恐れがあるため、「保釈されれば捜査終結だった」(捜査関係者)。

特捜部は11月19日に金商法違反容疑でゴーンを逮捕して以降、「会社の私物化」を象徴する犯罪の立件を目指してきた。狙いを定めたのがジュファリを含めた中東の複数の知人側に流れた資金。だが時間が足りなかった。そこで10年前のリーマン・ショックで生じた私的投資の評価損約18億5千万円を日産に付け替えた容疑だけでの立件を検討。ただ10年前と古く、日産に実損も与えていなかった。このため「これだけでは国内外から批判されかねない」(捜査関係者)と検察上層部から「待った」がかかっていた。

約30億円を拠出し、損失の信用保証に協力したジュファリ側への支出を容疑に加えることが逮捕状請求の許可条件。そのためには中東日産幹部の決定的な証言が必要だった。

勾留の効力が失効する21日午前0時が刻一刻と迫っていた。特捜部長の森本宏(51)のもとに、ドバイから証言がもたらされたのは日が落ちた頃だった。証言を裏付ける書類などとともに調書の形に整え、会社法の特別背任容疑での逮捕状請求に至ったのは21日未明。薄氷を踏む捜査で事件の“第2幕”が上がった。

◇◇◇

世界的な経営のカリスマへの捜査は当初から困難を極めた。きっかけは日産の内偵チームのメンバーの一人が、ゴーンが22年にオランダに投資目的で設立させた子会社「ジーア」の資金操作に疑惑の目を向けたことだった。ジーアには日産から50億円超が出資され、タックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーを通じ、ブラジルやレバノンで高級住宅が購入され、ゴーンや家族が無償で利用していた。

昨年春頃、この投資資金の不正流用疑惑に関わった外国人執行役員が幹部らに実態を打ち明け、チームは調査を本格化させる。

ただゴーンは20年近くにわたり日産のトップに君臨し、社内にも「ゴーン派」が多数存在。「ゴーンに情報が抜ければ終わり」(関係者)のためチームはわずか4人で行動した。司法取引が導入された6月頃、特捜部に情報を持ち込んだ。司法取引は他人の犯罪を明かす見返りに刑事処分を軽くするもので、組織トップの犯罪を摘発することが期待された制度。ゴーンの訴追には打って付けだった。

外国人執行役員が「協議開始書」に特別背任容疑の「被疑者」として署名し、特捜検事の任意聴取には、弁護人として検事出身の「ヤメ検」が同席した。

特捜部が特別背任での立件を検討したジーアの疑惑は不動産の名義が日産のままで、帰属や資産評価など立証のハードルが高く見送られた。代わりに浮上したのが「報酬隠し」だった。株主らからの高額報酬との批判を恐れ、22年から8年にわたり総額90億円超も過少に記載していた。

これに深く関与していたのが、10年以上ゴーンに仕えた元秘書室長だった。捜査関係者が「ゴーンのあらゆる不正を把握するキーパーソンでゴーンそのもの」と表現するほど。捜査協力が必須だった。ただ対応を誤ればゴーンに情報が漏れ、事件が潰れる。このため特捜部が接触を図って説得し、司法取引に合意したのは逮捕前の捜査の終盤だった。

ゴーンの逮捕は、世界に衝撃を与えたが、捜査には思わぬ逆風が吹いた。有価証券報告書に虚偽の報酬額を記載したという容疑が「形式犯」だとの見方がなされたからだ。役員報酬の虚偽記載での適用事例はなく、構成要件の一つである「投資判断への影響」にも疑問が投げかけられた。

特捜部が、日産に実害を与えた「実質犯」の特別背任での立件にこだわったのは、こうした批判をかわす狙いもあったとみられる。「会社が食い物にされた」(幹部)とみる日産側も、会社が被害者になる特別背任での立件を強く求めていた。特捜部は日産の内偵チームと水面下で連携し、年末に向け「中東ルート」の捜査を加速させていった。

◇◇◇

「検察官はもう少し慎重に、よく証拠を見て捜査を進めてもらいたかった」

ゴーンの弁護人を務める元東京地検特捜部長の大鶴基成(63)は1月8日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で、多くの海外メディアを前に記者会見し、かつての後輩たちの捜査に苦言を呈した。

その日、ゴーンは勾留理由開示の手続きで東京地裁の法廷に立ち、「私は無実。不当に勾留されている」と初公判さながらに訴えた。大鶴はその補足説明として会見したのだが、最大の目的は海外メディアへの発信だった。

裁判所が容疑者の勾留理由を公開の法廷で説明する勾留理由開示は保釈に直結しないため請求率は1%にも満たない。大鶴も報酬過少記載事件での勾留の際は「意味がない」と否定的だったが、年明けになって方針転換した。その狙いを、ある検察幹部は「早期保釈に向け、裁判所に圧力をかけるため」と断言する。

特捜部が特別背任事件の捜査着手を前倒しせざるを得なくなった勾留延長の却下は「検察幹部が軒並み冷静さを失うほど衝撃的だった」(検察関係者)。翌日、地裁は却下理由の要旨をメディアに明らかにしたが、ある捜査関係者は「証拠関係を明らかにしており、発表自体が捜査妨害だ」とくさした。

「さすがに却下はないと思っていた。そこまで『外圧』に弱かったとは…」。多くの検察幹部は地裁の異例の判断の背景に、海外メディアの過熱報道があったとみる。日本の刑事司法制度について「長期勾留」「取り調べに弁護士が立ち会えない」などと批判が向けられてきたからだ。

勾留理由開示手続きや、その後の勾留取り消し請求と、立て続けになされた裁判所への働きかけは、大鶴を含めた弁護団も裁判所の「特性」を十分意識しているからだろう。

こうした弁護側の情報戦略に、ある検察幹部は「ゴーンの言っていることは嘘ばかり。マスコミは弁解を垂れ流すだけで利用されているのに気付いていない」といらだちを募らせる。

一方の大鶴も「検察のマスコミへのリークがひどい。本件の特別背任容疑と関係ないことばかり流す」と漏らし、検察を批判する。

前代未聞の事件は検察側、日産側、弁護側の思惑に、裁判所も巻き込みながら続いていく。=敬称・呼称略

ゴーン被告をめぐる一連の事件は11日、特別背任罪で起訴されたことで節目を迎えた。異例ずくめの捜査の舞台裏や日産内部で起きていた「暗闘」を探る。

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