また海底で発見 軽巡「ヘレナ」の武勲と黒歴史、軽巡洋艦なのになぜこんなに「でかかった」のか

また海底で発見 軽巡「ヘレナ」の武勲と黒歴史、軽巡洋艦なのになぜこんなに「でかかった」のか

  • ねとらぼ
  • 更新日:2018/04/17

ポール・アレンさんがまたやってくれました。先日紹介した米軽巡洋艦「ジュノー」(関連記事)に続いて、米海軍の軽巡洋艦「ヘレナ(CL-50)」を2018年3月末にソロモン諸島北部にあるニュージョージア島沖の水深860メートルの海底で発見しました。

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セントルイス級2番艦として1939年に就役したヘレナ。この写真は真珠湾攻撃で受けた損傷を修理した後の姿

アレン氏の調査チームは、調査船「R/V Petrel」の機材で撮影した57秒の動画と10枚の静止画を公開しています。この動画をじっくり見ると、船尾舷側に「50」の文字を確認できます(25秒付近)。ヘレナの艦番号は「CL-50」。米海軍50番目の軽巡洋艦を意味します。また公開された静止画では、ヘレナの主砲である「15.5センチ三連装砲塔」が砲身も含めてほぼ完全な姿で残っており、さらに後部射撃指揮装置の銘板や射撃方位盤の支柱(推測ながら、内部配置も見えているかも)、20ミリエリコン対空機銃、マストなどの装備も確認できます。

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ヘレナ後部射撃指揮装置の銘板

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後部射撃方位盤支柱

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右舷後部に設置された20ミリエリコン対空機銃

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マスト基部

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舷側に記した艦番号「50」を読み取れる

ヘレナは軽巡洋艦なのに、なぜ重巡洋艦クラスまで「でかかった」のか

日本で軽巡洋艦というと、煙突が3本または4本ある、見た目ちょっと古めの「5500トン型」をイメージするかもしれません。この5500トンとは船の重さを表します。正しくは「常備排水量」といいます。ところがヘレナは、重さ、正しくは基準排水量が1万トンもありました。日本でいうところの重巡洋艦クラスの重さ。まぁでかいということですね。でも、なぜ軽巡洋艦なのにこんなにでかかったのか。これには「ロンドン海軍軍縮条約」が関わっています。

ロンドン海軍軍縮条約とは、超ざっくりと説明すると「脇役の巡洋艦や駆逐艦、潜水艦の持てる“量”を、それぞれの国ごとに決めます!」という約束です。「隻数」ではなくて、「重さの総量」なのですね。ちなみに、主役の戦艦や空母についてはその前の「ワシントン海軍軍縮条約」(関連記事)で決めていました。

なお、ワシントン海軍軍縮条約では巡洋艦の重さについても「基準排水量で1万トン以内だよ!」と決まっておりました。ロンドン海軍軍縮条約ではさらに主砲の大きさも、「主砲が20センチ(8インチ)までならば重巡洋艦ね」「15.5センチ(6.1インチ)までならば軽巡洋艦ね」と定めた上で、それぞれで「国ごとに持てる重さの総量」が決められたのでした。

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後部の15.5センチ4番主砲と5番主砲。雷撃で沈んだので上部構造物は大きく損傷しておらず、三連装の砲身がきれいに残っていた

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前部主砲塔を背後から。こちらも砲塔測距儀カバーが残っていた

しかしその時点で米海軍と日本海軍は、既に持っていた重巡洋艦だけでロンドン海軍軍縮条約で定まった上限に達していました。これは困ります。そこで彼らは、しばらく新しい船を作る予定のない軽巡洋艦の枠に目を付けたのでした。「主砲が口径15.5センチまでならば、基準排水量1万トンあっても軽巡洋艦だよな。そうだよな」。そういう抜け穴探し的解釈で米海軍は1万トンの船体に15.2センチ主砲を15門“も”乗せたブルックリン級7隻と、準同型艦のセントルイス級2隻を建造します。ヘレナはセントルイス級の2番艦として1939年9月に就役しました。

同様に日本海軍で登場したのが「最上型(もがみがた)」の4隻です(関連記事)。こちらも基準排水量1万1200トンの船体に15.5センチ主砲を15門載せていました。ただ、最上型はロンドン海軍軍縮条約が無効になった時点で大きな20.3センチ主砲10門に交換しますが、ヘレナをはじめとするブルックリン級とセントルイス級の9隻は15.2センチ主砲のまま第二次世界大戦に突入します。

15.2センチ主砲は口径が小さいために、射程と装甲貫徹力は20センチクラス主砲の重巡洋艦に劣ります。しかし門数が多く、発射速度が速いことから、時間当たりの砲弾投射重量が多く、また備えている装甲が重巡より厚かったことから、実質は重巡並みの能力を持っていました。

蛇足ですが、太平洋戦争で起きた海戦を調べて米海軍の参加兵力に「重巡2、軽巡3」とあったとしても、実質的は「重巡5」に相当することになります。戦力比較では注意が必要ですね(ただしアトランタ級軽巡洋艦は別ですが)。

うっかり最新式のレーダーを搭載し、「頼れるやつ」として活躍

そんな実質は重巡洋艦だったヘレナは、同級の姉妹たちの中でも何気に目立つ存在でした。

まずは、一足先に戦争を始めていたドイツ海軍のポケット戦艦「アドミラル・グラフ・シュペー」(関連記事)に全世界が注目する中で、それが南米ウルグアイで沈んだときの姿をタイミング良く撮影して全世界に衝撃を与えます。「おいおい、お前そこにいたんか」。

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ヘレナが撮影した、自沈するアドミラル・グラフ・シュペーの写真と調査報告書

続いて、戦艦ペンシルバニアの泊地に係留していたら、真珠湾攻撃で戦艦と間違って雷撃されて魚雷を食らいます。でも、その修理をしたおかげで最新式のレーダーを搭載できました。

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真珠湾攻撃の3日前に撮影された航空写真。ヘレナは中央の戦艦用ドックに入渠している

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そのせいで戦艦と間違われて雷撃を受けてしまう

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修理中のヘレナ艦橋部分。背の高いレーダーが主砲射撃指揮用のMk-3(その下に主砲射撃指揮装置のMk-34が見える)でそれまでのレーダーよりも使用電波の波長が短くて探知精度が高い。その前方には対空射撃指揮用のMk-4レーダーとMk-37射撃指揮装置がある

この最新式のレーダーを搭載したことで、ヘレナは1942年の8月から始まったガダルカナルを巡る戦いや、その後の1943年におけるソロモン諸島で起きた日本海軍との激しい砲雷戦で「頼れるやつ」として活躍します。主な海戦だけでも10月11日の「サボ島沖海戦」、11月13日の第三次ソロモン海戦、そしてヘレナ自身が沈むことになるクラ湾に参加しています。

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ソロモン諸島海域を行動する米軽巡戦隊。左に見えるのがヘレナといわれている。この撮影の2週間後にヘレナはクラ湾海戦で沈没する

サボ島沖海戦と第三次ソロモン海戦でヘレナは、最新式レーダーを駆使して日本海軍をいち早く発見します。しかし奇遇にもどちらの海戦も重巡洋艦なのにヘレナより古くて、レーダーも旧式だった旗艦「サンフランシスコ」がモタモタしてたことから苦戦を強いられます。ヘレナのレーダーはわずかに浮上した日本の潜水艦も発見できる能力を見せつけ、駆逐艦を誘導して共同で撃沈することもありました(「伊18」と「伊172」の2隻)。また、米空母「ワスプ」が伊19の雷撃で沈没したときも、護衛していたヘレナは400人のワスプの乗員を救助しています。

ただし、そんな活躍の裏側で「黒歴史」もありました。米軽巡ジュノーが伊26の雷撃で轟沈されたときに護衛していたヘレナは、さらなる潜水艦の雷撃を警戒してジュノーの生存者を置き去りにして逃げてしまいました。ジュノーの生存者の多くは、サメにやられたり長時間の漂流で力尽きたりして、生き残ったのはわずか10人だけでした。以前、ジュノーの悲劇として紹介した「見捨てて逃げた僚艦」とはヘレナのことです。ヘレナの艦長はその責任を負われ解任されてしまいます。

続くクラ湾海戦で米海軍は、日本の駆逐艦「新月」を撃沈して第三水雷戦隊司令部を全滅させるなど、戦いを優勢に進めます。しかしふと見落としていた駆逐艦の雷撃を受けて、ヘレナに3本の魚雷が立て続けに命中します。1本当たれば、駆逐艦ならば轟沈、重巡洋艦でも大破してしまうという恐怖の「93式酸素魚雷」が3本も当たったのです。

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クラ湾海戦で砲撃するヘレナといわれている。この直後、魚雷が命中したヘレナはわずか20分で轟沈する

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戦斗詳報 駆遂艦谷風(昭和十八年七月クラ湾沖海戦)」に残っていたクラ湾沖海戦の行動図。集中砲火を浴びた新月に続航していた涼風と谷風が23時56分に魚雷を距離4000メートルで射出し、0時2分にヘレナに命中したとある

米海軍の公式報告書「U.S.S. Helena (CL50) Loss in Action Kula Gulf, Solomon Islands 6 July, 1943」によると、ヘレナには魚雷が3分間で3本命中し、3本目の魚雷が命中してからわずか20分後に沈没します。その破壊範囲は広範囲に及び、船首部分は切断寸前、船体中央は左舷側がほぼ喪失して、真ん中からV字型に折れて沈んだと記録されています。

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ヘレナに命中した魚雷によって受けたダメージを分析した報告書。魚雷1本でこんなに吹き飛ばされてしまうのですね

しかし、そこまで深刻な損害を受けて短時間で沈んでしまったのに、1188人の乗員で戦死したのは200人未満にとどまります。その多くは日本軍が占領していた島に流れ着き、大掛かりな脱出作戦を経て救出されます。その話だけで映画1本が作れそうなほどですが、船の話とは関係はありませんので、今回はここまでといたしましょう。

写真:Naval History and Heritage Command

長浜和也

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IT記者は仮の姿で本業は船長(自称)。小型帆船を三浦半島の先っちょに係留する“一人旅”セイラー。伊豆諸島を旅するため、学連経験やクルー修行をすっとばして、いきなり1級船舶免許を取得してヨットに乗りはじめて早20年。かつて船で使うデジタルガジェットを紹介する不定期連載も。

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