5月11日、待ちに待った岐阜県岐阜市の長良川鵜飼と同県関市の小瀬鵜飼が、今季の「鵜飼開き」を迎えた。なかでも長良川鵜飼は、幼い頃からずっと見続けてきた、私にとっての大切な故郷の原風景の1つでもある。
私は、岐阜県を流れる三大河川のひとつである長良川流域のなかでも、「長良」と呼ばれる地域で生まれ育った。幼馴染の友人の兄が現在の長良川鵜飼の鵜匠頭(リーダー)を担っていたり、子どもの頃には気楽に鵜匠さんのお家に「遊びましょ」と言ってお邪魔していたりしていた。そうして長良川鵜飼を支えてきた人たちの暮らしをずっと身近に感じてきた。
もちろん、子どもの頃は、鵜飼が行われる夜の長良川にたやすく出かけられたわけではない。それでも大人たちが、毎夜、酔狂な船遊びをしている様子や、いまでこそ減ってしまったけれど、かつては長良川を埋め尽くすほど多数の鵜飼観覧船に取り付けられた提灯がゆらゆらと揺らめいて夜の川面に映る姿は記憶に残っている。
そして、なにより篝火(かがりび)のもと、鵜匠が鵜をはげます「ホウホウ」という掛け声や、鵜舟をトントンと叩きながら鵜との絶妙なコンビネーションで鮎を獲るという「音の記憶」は、いまも私のなかにしっかりと刻まれている。
ちなみに、川と当時の家との距離を考えると、子どもだった私の耳にその音が本当に聴こえていたのかは定かではない。でも、確かにその音をしっかりと思い出すことができるのだ。それもこれも、毎年、必ず目にし、耳にする長良川の鵜飼が、いまも変わらず、そこにあるからこそ鮮明に蘇ってくるのではないかと思う。

今年の長良川鵜飼は、コロナ禍以来、4年ぶりに観覧船の定員を通常に戻して開催された。右上には岐阜城も
この「いまも変わらない」というのが、1300年以上にわたり継承されている長良川鵜飼の最も大切なところだ。鵜匠が鵜をあやつり、魚を捕える古典漁法としての鵜飼は、その姿の雅さゆえに、歴史的にも時の権力者に保護され、この地の観光としての一端を担ってきた。そして鵜飼は川漁の1つではあるが、同時に伝統文化を伝える宗教的な行事でもあると言える。
そんな伝統漁法を限りなく当時のまま粛々といまも守り続けている、もしくは続けようとしている。だからこそ、長良川の鵜飼は、日本で唯一の皇室御用鵜飼であり、長良川の鵜匠だけに「宮内庁式部職鵜匠」という職名が与えられているのだ(ちなみに彼らの身分は国家公務員でもある)。
長良川の鵜匠は現在6人。代々世襲制であり、前述した私の幼馴染の兄である杉山雅彦鵜匠がその代表を務めている。45年ほど前、彼が急逝した父の跡を継いだのは弱冠18歳の大学生のときで、当時は「長良川に初の学士鵜匠の誕生」と、かなり話題になった。
こうして受け継がれてきた長良川の鵜飼は、まさにサステナブル(持続可能性)な地域資源であり、1300年続いている観光鵜飼は、日本の「サステナブルツーリズム」の代表事例の1つと言えるだろう。
すでに昨年1年間の乗船者数を突破
今年の鵜飼開きの日、岐阜市の柴橋正直市長は、その挨拶で「今季の観覧船乗船者の予約数が、今日の時点で昨年度の年間乗船者数の5万2889人を超えました。この調子で今年度の目標である8万5000人を達成し、まずはコロナ禍前の10万人台に戻していきましょう」と笑顔で語った。
過去の乗船者数のデータを振り返ると、1965年から1993年までは常に年間20万人を超えており、ピークは1973年の約33万7000人だった。なので、コロナ禍前の10万人台という数字目標が適切かどうかは、検討すべき点も多々あると思われる。何より最近の観光は、来場者数よりも、1人1人の観光消費額を上げることのほうが重要だといわれるからだ。
そもそも鵜飼とは、鵜匠が古来から伝わる装束を身に纏い、各自が保有する鵜舟に乗り、篝火をたいて自ら飼い慣らした鵜を操り、鮎などの川魚を獲る漁法であって、それ自体は、本来は「見せ物」ではない。
一方で観光鵜飼は、観光客が鵜飼観覧船という別の船に乗り、川上から川下にくだりながら鵜匠たちが行う鵜飼の様子を、お酒を飲んだり食事しながら眺めつつ楽しむというものだ。
しばしば「鵜飼観覧船には鵜匠が乗っていないの?」と訊かれるが、「鵜が鮎を捕らえる様子を遠くから見るものなのだ」と応えると、「そうだったの」と若干ガッカリした表情をされることも少なくない。

鵜飼が行われる長良川の夜景、川沿いには宿泊施設が建ち並ぶ
とはいえ、実際に鵜飼観覧船に乗り、普段の暮らしの目線からは一段も二段も下がった川面の流れに身を任せながら、星空のもと風を纏い、漆黒の闇のなか遠くから近づいてくる鵜船の篝火の炎の迫力や川面に揺れる美しさ、鵜匠の鵜を操る手捌きなどを間近に見ることは、まるで千古の昔にタイムスリップしたような幽玄の世界の味わいだ。これは体験したものでなければわからない醍醐味だと思う。
私が子どもの頃の高度成長期真っ盛りの頃は、観覧船の乗客たちは鵜飼を見るより、芸者さんとともに酔っ払って大宴会をしている印象が強かった。しかし最近は、そんな無作法な観光客も減った。
鵜舟が近づいてくると、漆黒の闇を演出するために、観覧船の明かりだけでなく、両岸にある観光ホテルの照明なども消されるようになり、それまで騒ぎ楽しんでいた観光客も静かに鵜舟の動きに注目し、岐阜長良川という場所ならではの景色を体感していただけるようになったのではないかと思う。
高度成長期の享楽的な観光がもてはやされた時代のなかでは、そもそも観光としての鵜飼がどうあるべきかという考え方が乏しく、次第に乗客数が低迷していったのは必然だった。
その反省を経て、再度、長良川の鵜飼が継承し続けてきたものをしっかりと見定め、本物の日本の美や自然を愛でる心、伝統と歴史が育んだ文化体験など、観光資源としての鵜飼のありようを見つめ直そうという動きが出てきたのがここ20年ほどのことなのだ。
「鵜匠の家訪問」プログラムの実施
そんな背景のなか、「鵜飼は一夜の鵜飼見物だけにあらず」というのが、このところのサステナブルツーリズムを推進する私たちの合言葉だ。
例えば、鵜匠家に代々伝承されている、飯と塩で鮎を発酵させた食品で酢を使用しない「なれずし」の一種である鮎鮓(あゆずし)の紹介や、船大工が高野槙でつくる伝統の鵜舟や長良川鵜飼観覧船の造船技術や船頭さんによる操船技術など、忘れ去られがちな匠の技の見学など、まさに鵜飼という伝統文化を支えるさまざまなものの見直しがされている。
そして、それらを「旅マエ」や「旅アト」の体験として公開し、鵜飼の周辺文化への理解を深める観光のコンテンツ化が重要になってきている。
また、鵜匠とともに鵜飼の重要な役割を果たしている「鵜」についてもしかりだ。以前は、あまり外部の人間には伝えられてはこなかったが、実は鵜匠の自宅では何十羽の鵜たちがまるで家族の一員のように大切に育てられている。その暮らしのなかで鵜と鵜匠の間の信頼関係が育まれ、鵜匠は、鵜の体調や性格などを読み取り、鵜飼当日に仕事をしてもらう鵜を選ぶ。

「旅マエ、旅アト」に人気だった鵜匠の家訪問プログラム
鵜飼を海外でプロモーションする際、欧州、なかでも英国では、鵜飼の話は禁物だと言われている。彼らには、鵜匠が鵜の飲み込んだ鮎を吐き出させる鵜飼漁が動物虐待だと見えるとのことだ。でも実際に、鵜匠の自宅で日々、愛情深く育てられている鵜たちの姿を見たら、その考えは変わるはずだと私たちは考えている。
そのためにも数年前から、日本人向けだけでなく、海外インバウンド向けにも、鵜飼の旅マエ体験としての「鵜匠の家訪問」というプログラムを実施するようになった。それにいち早く賛同し、協力してくれたのが、前述した杉山雅彦さんだった。次のように語る。
「365日鵜匠としての社会的責任を背負い、そのプライドを持ちながら事業者として生計を立てて継承していくのが僕らの仕事。鵜飼は見ているぶんには優雅に見えるかもしれないが、めまぐるしい作業のなか、鵜を操り、必死に魚を獲る激しい仕事です。伝統漁を見せるパフォーマーであるとともに、川漁師としての心意気も持ちながら、歴史を受け継ぎ後世に伝えていくことが僕らの使命です」
そのために鵜匠もできることはやろうというのが杉山さんの考えだ。もちろん第一優先は鵜飼だが、観光客への鵜飼への理解を深めるために、さまざまなニーズにもできるだけ応えようとしてくれている。
その一環である「鵜匠の家訪問プログラム」でも、風折烏帽子の鵜匠の装束に身を包みながら、それらの意味や鵜飼で使用する道具などの説明、そして鵜とのコミュニケーションなど、観光客に向けて時にユーモアなども交えながら、丁寧に説明をしてくれる。
そこですっかり「雅彦鵜匠ファン」になった人たちも多く、いままで「虐待だと思っていたけれど、すくなくとも私の考えは変わりました」と言ってくれた欧州人の言葉もあった。
今後、このかけがえのない日本の宝を世界の宝に、そして未来へと継承していくため、岐阜市は長良川鵜飼のユネスコ無形文化遺産登録を目指していくという。登録の是非はどうあれ、私は長良川の鵜飼は、正真正銘、岐阜県が誇る清流である長良川流域で続けられてきた「サステナブルツーリズム」として世界に誇るべきものだと思っている。
川漁としての自然環境の保護や配慮の部分と、観光としての発展には、時に相反する選択が求められることもあるかもしれないが、未来につながる文化遺産として「長良川とともにある鵜飼」をどのように、今後、継承していくかについて真摯に向き合うことが大切なのだ。
それは杉山さんたち鵜匠や岐阜市だけの課題ではなく、私たち自身もまた、それぞれの役割のなかで考えていくべきものではないだろうか。そのためにも、ぜひ一度、長良川の鵜飼を体験してほしい。その際は、鵜飼だけではなく、ゆっくり宿泊し、その旅マエや旅アトの体験もお忘れなく。
●「ぎふ長良川の鵜飼」5月11日~10月15日