【最終回】都内で営業をしていた私が、いつの間にか茨城県で猟師になった件について

【最終回】都内で営業をしていた私が、いつの間にか茨城県で猟師になった件について

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  • 更新日:2020/10/16

■東京の会社を退職。終わりと、始まり

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皆さんこんにちは! 茨城県でヨガのインストラクターの傍ら、新人農家&猟師をしているNozomiです。早いもので猟師になって3年目に突入します。今回は、なんと最終回です。「都内で営業をしていた私が、いつの間にか茨城県で猟師になった件について」を振り返りながらお話させて頂ければと思います。
人生はたくさんの“分岐点”がありますよね。今回はそんな私の人生の“分岐点”について、そして“命”についてのお話です。私の拙い文章を通して少しでも“狩猟”に興味のある方、すでに“狩猟”に携わっている方、そして何より“いのち”と向き合っている方のお役に立てれば幸いです。

私は以前の“営業”という仕事に対して何か大きな不満を持っていた訳で無いです。むしろ、上司や同僚にも恵まれて人間関係でのストレスはほとんど無かったように思います。もともとシミュレーションゲームが好きで、目標を立てて数字を追いかけるのは嫌いじゃなかったし、数字を作る為の工夫もとても楽しかった。そして仕事を頑張れば頑張るほどお給料は上がっていきました。
同僚はお給料をつぎ込んで何とかっていうブランドの化粧品や靴や服を買ったり、時計やカバンを買ったりしていたけど、ブランド物に興味のなかった私にとって更衣室はちょっと辛かったなぁ……(笑)

とくに趣味も欲しいものもやりたい事もなかったから、残業や休日出勤などは快く引き受けて、おのずと自分の時間は無くなっていきました。時間と手間を考えると、自炊するよりコンビニや出前を取ったほうが良かったので、最終的に会社近くのコンビニの上にあるマンションに引っ越したけど、あんまり部屋でくつろいだ記憶は無かったなぁ。私の部屋の小さな冷蔵庫には、水と、栄養ドリンクとビールしか入っていない状態で……そんな生活を数年続けていたら、気が付いたら身体が言う事を聞かなくなっていました。正直なんだかふわふわしたバーチャルの世界を生きているようで、なんの為に仕事をして、お金を稼いでいるのか、何のために生きているのかよく分からなくなっていきました。

お金に対しての価値観って人によってさまざまで、色々あると思うけど、その時の私にとって“お金”を稼ぐことは、人生の大半を費やしてまで取り組むべき大切な事ではないということに気が付いたのだと思います。

■命と向き合う

茨城に移住した後は、自分の好きな事を仕事にしたいと思っていました。仕事をしながらヨガのインストラクターの資格を取得し、会社を辞めてインストラクターへ転身、都内のスタジオで修業を積んだ後、2018年に茨城へ移住しました。
おばぁちゃんと一緒に畑をしながらスタジオを開業して忙しい日々の始まりです。きれいな物語として語れば、会社を辞めて、茨城に移住、念願の畑を初めて、ヨガスタジオをオープンして、チャン、チャン♪ ハッピーエンド♪ でこの物語は終わり。

だけど、人生ってそんな、うまくいかない。

私の住んでる地域はイノシシ被害がとても多く、私たちの畑も例外ではありませんでした。収穫まで、あと数日……、あと、ほんの少しでした。初めて苗から育てた我が子たちがたった一晩でめちゃくちゃにされてしまいました。この時初めて私の脳裏に “狩猟免許”の文字が浮かびます。たくさん調べて、役所へ相談にも行きました。被害対策を模索して、失敗して、悩んで、そして、意を決して罠猟師になった1年目……。

イノシシは、全く獲れません。

基本的に罠猟では罠をかければ見回りを毎日するのですが、1年目、効率よく罠をかけよう、だなんて機転は全く働きませんでしたね。獲れないと、毎日険しい冬山を仕事の合間に走るだけの日々でした。その為、足腰がちょっと引いちゃうくらい逞しくなっていきました(笑)

でも、1年目、山に入るのは楽しかった。本当に楽しかった。振り返ってみると、罠猟師1年目での山での記憶は宝箱をひっくり返したみたいに煌めいています。あんなに獲れなかったのにね。山の空気はとても澄んでいて静かでした。
凍った水たまりを踏んで、パキパキ割るのが好きで、思いのほか深い水たまりの氷を踏んで割ったら、足が水に浸かってしまって、足が凍るかと思ったのを思い出します。

山ではたくさんの動物のフンを見つけました。当時そのフンを見てなんの動物か当てることはできなかったけれど“何か”がここに“存在”してフンをしたんだ! と思いワクワクしたり、山の中で方向感覚が分からなくなって、数時間迷って半べそかいたこともありました。
アニメみたいな木のツタがあったからターザンみたいに「アァア~」ってやってみたら、小さな池の向こう側にさえ辿り着かず、普通に落ちたことも……痛かったなぁ(笑)

地盤が緩んで倒れかけている大きな木を見つけた時、私よりも遥かに長い間、そこに居たその木は、静かに、終わりの時を待っているように見えました。近づくと、木の根元にはドングリが落ちていて、ドングリからは芽が出ていました。その時、きっと”命”は廻っているんだと思いました。

そして1年目、初めて私は能動的に獲物の“命”を終わらせる事になります。私の師匠は“1年目の弟子の私には絶対に止め刺し(動物にとどめを刺す事)をさせない”という考えでした。私の活動地域は主に銃猟禁止区域。私の罠に獲物がかかったら、師匠がナイフでとどめを刺してくれました。罠にかかった獲物にナイフでとどめを刺すのはとても危険で、師匠の知人は獲物の逆襲に遇い、指を3本噛まれて持ってかれてしまいました。そうなって欲しくないんだと何回も師匠は私に話してくれました。
「何にもしなくていいから、目をそらさないで、よく見ていろ」というのが師匠の口癖でした。こちらの都合で命を頂戴するのだから、痛くて、怖い時間はなるべく短く、とも。的確に心臓を狙った師匠のナイフに獲物は抗う術もなく、獲物の目から光が失うまでの時間は30秒もかからなかったです。

迎えた2年目、初めての獲物の止め刺しを、その業を私は一生忘れないです。
結論から言うとうまくできなかった。ためらって、無駄に長い時間をかけてしまった挙句、急所を外してしまいました……。親元から離れたばかりの10キロくらいのイノシシでした。予想を反する展開に、私はパニックに陥り「ゴメン、ゴメン」と泣きながら何度も繰り返しました。そんな言葉をかけても獲物が苦しみから解放される訳ではないし、私の業が軽くなるわけでもない。それでもきっと獲物に許して欲しくてとっさに出てしまった言葉なのだと思います。私は自分がとても勝手な生き物だと思います。とても痛かったと思うし、とても苦しかったと思います。ナイフを離した後も私の手は、ナイフを持つ手の形のまましばらく固まっていました。こんな事はもう二度とあってはならない……。
私はそう心に誓い、そしてこれから3年目の猟期を迎えます……。

【終わりに】
1年半、この連載を読んでくださった皆さん、データやお写真などを提供して下さった方々、監修に入って下さった方々、本当に本当にありがとうございました。この連載を通して「命と向き合う」なんて、とても最もらしくて、おおげさな言葉を掲げているけれど、実際、命と向き合っている時のわたしはすごくへっぴり腰で、震え、涙と鼻水でぐちゃぐちゃです。人間としての弱さを思い知って自分に落胆してばかりです。それが「命と向き合う」という事なんだろうか? 未熟な私には、まだ、分かりません……。

だけど“命のやり取り”をしている訳だから、それこそ“私の命”を差し出すこともありえるのだという事を肝に銘じていようと思います。私はこの数年で“命の終着点”が長い道のりのその先にあるわけでは無いことを嫌でも痛感しました。私の罠にかかった獲物が、罠にかからなければ今も美しい野山を駆け巡れたように。きっと誰もが例外では無いのだと思います。 人によって狩猟を始める理由はさまざまです。私は趣味で狩猟を始めたわけではないし、お肉を食べる為に始めたわけでは無いですが、山に入れば楽しいし、捕獲数を伸ばすための工夫も楽しいです。これからはある程度の捕獲数や効率を求めたいと考えています。

そして、可能な限り、頂いた“命“は食べていきたいです。 東京に住んでいる時に水と栄養ドリンク、ビールしか入っていなかった私の冷蔵庫……今は業務用の冷凍庫を買い足しても追いつかないほどに、獲物のお肉でパンパンになっています。料理を全くしなかった私だけど、畑でとれたお野菜や獲った獲物を食べる為に今は料理の勉強をはじめました。まさか、私が料理をするなんて、そして料理がこんなに楽しいとは思わなかったなぁ……。人生は本当に思いもよらない方向に転がります。きっと、転がったその先でもうまくいかない事はたくさんあるのでしょう。それでも私はやっぱりぺっぴり腰で時には涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、道のりを歩いていくのだと思います。

「命と向き合う」とはどういうことなのかを真剣に考えながら……。

Nozomi

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