煉獄杏寿郎よ、永遠に 『無限列車編』で煉獄が最後に見た“夢”が暗示していたもの

煉獄杏寿郎よ、永遠に 『無限列車編』で煉獄が最後に見た“夢”が暗示していたもの

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  • 更新日:2021/09/25
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炎柱・煉獄杏寿郎(画像はコミックス「鬼滅の刃」8巻のカバーより)

【※ネタバレ注意】以下の内容には、映画、今後放映予定のアニメ、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

25日、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が地上波で初放送された。映画公開直後から煉獄杏寿郎の雄姿には多くの人が涙したが、初めて『鬼滅の刃』を観た人たちの心にも感動をもたらしたにちがいない。クライマックスは猗窩座戦だが、実は魘夢戦で煉獄が見た“夢”をめぐる描写には謎も多く、鬼滅ファンの間でもさまざまな意見がある。今回は魘夢戦での煉獄杏寿郎の“夢”を中心に振り返り、彼が人生をかけて守りたかったもの、大切にしたかったものを考察する。

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■守るべき乗客は200人

「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」では、鬼の上位実力者である下弦の壱・魘夢(えんむ)と上弦の参・猗窩座(あかざ)が登場した。この鬼たちは、これまで主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が戦ってきた鬼と比べると、その実力をはるかに上回った。

無限列車編では、戦闘の舞台も過酷だった。高速で走る汽車、日輪刀が振りづらい狭い列車通路、戦力を分散させられる長い車両……悪条件のなかで、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)、炭治郎、伊之助(いのすけ)、善逸(ぜんいつ)と、鬼の禰豆子(ねずこ)は、8両の乗客すべてをたった5人で警護することになった。

無限列車の乗客はなんと200人。この大人数の一般市民を危険にさらしている鬼こそ、人間に“夢”を見せる鬼・魘夢だった。

■「夢を見せる鬼」魘夢

魘夢は慎重な性格で、鬼殺隊との直接的な対峙を避けようとする。まずは、敵である剣士に夢を見せて油断を誘い、その間に「精神の核」と呼ばれる、「人間の心の本体」を攻撃するのだ。「精神の核」を破壊された人間は、廃人のようになってしまう。

「精神の核」を攻撃するのは、魘夢の手先にされている“人間”だ。彼らは魘夢から「幸せな夢」を見せてもらう対価として、魘夢の言いなりになっていたのだ。

病苦から逃れたい人、亡くなった家族と再会したい人など、「苦悩からの逃げ場」として“夢”が描かれている。そして、煉獄たちもこの魘夢が見せる夢に翻弄された。現実世界で生きるのがつらい人であればあるほど、魘夢にとっては「戦いやすい敵」なのだ。

■魘夢が最初に見せた“夢”

魘夢との戦闘開始時に、煉獄たちは敵の襲撃に気づかないまま眠らされる。そして、夢の中で2体の鬼と戦った。

<その巨躯を!!隠していたのは血鬼術か 罪なき人に牙を剥こうものならば この煉獄の赫き(あかき)炎刀が お前を骨まで焼き尽くす!>(煉獄杏寿郎/7巻・第54話「こんばんは煉獄さん」)

ここで煉獄が斬ったのは、漫画の原作にも登場する、ツノがいくつも生えた巨大な鬼だ。その次に煉獄は、劇場版にだけ登場する、手足が異常に長い鬼を成敗した。しかし、劇場版の観客も、コミックスの読者も、この場面が現実なのか夢なのかで意見が分かれたことがあった。

■“夢”なのか“現実”なのか?

結論から言うと、この2体の鬼との戦闘シーンは「夢の中」の出来事である。煉獄だけが見た夢、あるいは煉獄、炭治郎、伊之助、善逸がそろって見た夢と解釈するのが正しいと思われる。その理由を2つ挙げる。

1つ目に、無限列車では、魘夢に操られた車掌が、切符を切るために乗客席を巡回している。魘夢の血鬼術は、切符を切った瞬間に発動するように仕掛けがしてあった。よって、切符が切られたその時から、煉獄たちは魘夢の術中に落ちたと考えるのが妥当である。

2つ目に、煉獄が鬼を倒した時には、煉獄が繰り出した「炎の呼吸」の技によって、周囲の乗客席が壊れている様子が描かれている。しかし、次のシーンで煉獄たちの座席に場面転換すると、彼らが眠っている周辺は何も破壊されておらず、床もきれいなままだった。夢の中の出来事だからだ。

さまざまな解釈が生まれるのも、現実に限りなく近い夢、という演出の妙が光っているからだろう。

■煉獄杏寿郎が見た夢

魘夢は「幸せな夢を見せた後で 悪夢を見せてやるのが好きなんだ」と言っているように、まずは「幸せな夢」を見せて敵の油断を誘う。したがって、煉獄や炭治郎たちに見せた夢は「幸せな夢」のはずだ。

しかし、煉獄杏寿郎が見た夢は、「幸せな夢」とは言いがたい。冒頭の鬼2体を倒し、後輩剣士たちに慕われる夢は、煉獄が日常的に体験していることだ。さらに、その後、煉獄が見たのは、炎柱就任という誉れ高い日に、父からそれを罵倒される場面、それを知った弟が涙する場面だった。

煉獄が見た夢は、過去に実際にあった出来事を元にした“現実”そのものであった。

■煉獄杏寿郎は幸せだったのか?

煉獄が父に炎柱就任を伝えに行った時、父は息子の顔すら見ようとせず、「柱になったから何だ くだらん…どうでもいい」と言い捨てた。煉獄は驚きと悲しさをにじませながら、自分の心を立て直すために「考えても仕方がないことは考えるな」と自分に言い聞かせていた。

そんな父の態度と兄の我慢を目の当たりにして、弟・千寿郎(せんじゅろう)は大粒の涙を落とす。煉獄は弟を優しく抱き寄せてこう語りかけた。

<頑張ろう! 頑張って生きて行こう! 寂しくとも!>(煉獄杏寿郎/7巻・第55話「無限夢列車」)

多くの人の命を救い、その身をか弱き人たちのためにささげた炎柱・煉獄杏寿郎は「寂しかった」。その寂しさ、悲しさを父に打ち明けられぬまま、煉獄は20歳という若さで、一般市民と後輩の盾となり、その命を落とした。

■“強い炎柱”が残したもの

煉獄杏寿郎は鬼殺隊「柱」として、その場にいたすべての人を守りきった。自分の命と引きかえに。煉獄は死の直前に、炭治郎たち後輩剣士にこんな言葉を残していた。

<柱ならば誰であっても同じことをする 若い芽は摘ませない><今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ 俺は信じる 君たちを信じる>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

鬼を連れ歩く炭治郎、泣き虫で自分に自信がない善逸、孤独に山奥で育った伊之助。彼らにとって、自分を信じて、認めてくれた煉獄のこの言葉は“大切な宝物”になった。しかし、炭治郎は深い悲しみから「煉獄さんみたいになれるのかなぁ…」と弱音を口にしてしまう。それを見た伊之助がこう叫んだ。

<信じると言われたなら それに応えること以外考えんじゃねぇ!!>(嘴平伊之助/8巻・第66話「黎明に散る」)

強く優しい炎柱はもういない。彼らはもっともっと強くならねばならなかった。煉獄との戦いを契機として、炭治郎、伊之助、善逸は以前よりもさらに任務に励むようになった。

■煉獄杏寿郎の生きざま

では、煉獄杏寿郎自身は幸せだったのか。煉獄の最期を見届けた人は、それぞれに思い浮かべた彼の姿があるはずだ。

煉獄は、鬼殺隊の剣士になれない弟に、鬼狩り以外の生き方を認めた。立ち直れない父の健康を心配し続けた。あの、一見すると日常の風景でしかない家族との思い出が、すれ違いの場面も含めて、煉獄には大切なものだったのだ。「その力を世のため人のために」使いなさいと、幼い煉獄にさとした亡き母が、「立派にできましたよ」と彼のことを褒めてくれた。

最期の場面で、煉獄は笑っていた。幸せだったのかどうかは、言うまでもないだろう。それが彼の「生きざま」の答えなのだ。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

植朗子

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