新橋~横浜間を50分で走破!明治維新後に誕生した日本最初の鉄道。その名も「陸蒸気」【その2】

新橋~横浜間を50分で走破!明治維新後に誕生した日本最初の鉄道。その名も「陸蒸気」【その2】

  • Japaaan
  • 更新日:2020/09/16
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近代化の象徴である鉄道が、新橋・横浜間で開通。当時は「陸蒸気」と呼ばれ、人々に親しまれつつも、中には「キリシタンの妖術」と怖がったり、「蒸気機関車から出る火の粉で火災が起こる」、「貨幣の元になる鉄でできたレールの上を走るとは、けしからん」と反対する人もいたそう。

当時の陸蒸気は非常に贅沢な乗り物だったのです!どのようなものだったのでしょうか。
明治維新後に誕生した日本初の鉄道については、【その1】もぜひご覧ください。

新橋~横浜間を50分で走破!明治維新後に誕生した日本最初の鉄道。その名も「陸蒸気」【その1】

陸蒸気はお金のかかる贅沢な乗り物だった!

現在において、鉄道は手軽な運賃の公共交通機関として親しまれています。では、開業当時の運賃は、いったいいくらくらいだったのでしょうか。

上等・中等・下等の3ランクに分かれていた客席

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黎明期の客車(撮影:TERUAKI.T)

当時、客車のランクは3つに分かれていました。上から上等、中等、下等の順で、それぞれの運賃は、1円12銭5厘、75銭、37銭5厘となっていました。

同じ交通機関の人力車が30銭、蒸気船が31銭ほどでしたので、陸蒸気のほうが贅沢な乗り物といってもいいかもしれません。

ちなみに、上等の1円12銭5厘は、現在の金額ではおおよそ1万5000円とされます。今なら1万5000円あれば、新幹線で東京から新大阪に行けます。

やはり、最新の乗り物だけあり、陸蒸気は高かったのですね。

陸蒸気の姿を生き生きと伝える錦絵

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高輪鉄道より汐留鉄道一覧の図(画:昇斎一景)

黎明期の鉄道について、その姿を生き生きと伝えてくれるのが当時描かれた錦絵です。そんな錦絵を見ると気付くことがあります。それは、陸蒸気が海の上を走っているということです。

「鉄道が海の上を?」と疑問に思われる方も多いでしょう。実は、鉄道建設にあたり用地買収に手間取ったため、新橋・横浜間の全ルートの3分の1が、海上に築かれた築堤の上を走っていたのです。

この風景は、当時の新たな風物になっていたようで、陸蒸気の後ろには東京湾や海岸線、富士山まで描かれています。

日本最初の機関車と当時の駅に会いに行こう

大宮の鉄道博物館

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150形機関車(撮影:TERUAKI.T)

1871(明治4)年に、イギリスから輸入された150形式蒸気機関車(1号機関車)は、大宮の鉄道博物館で見ることができます。

この機関車は、新橋・横浜間の客車牽引に活躍した後、明治末に九州の島原鉄道に譲渡されました。しかし、貴重な鉄道資料ということで、昭和になってから国鉄に返還され、鉄道車両としては初の国の重要文化財に指定されました。

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復元された新橋駅ホーム(撮影:TERUAKI.T)

150形式蒸気機関車は、創業期の客車(下等客車)を連結して、他の貴重な車両たちとともに静かな余生を送っています。

機関車のすぐ傍に復元された、新橋停車場のプラットホームにも注目!黎明期の新橋停車場にタイムスリップしたように、当時の雰囲気を色濃く伝えてくれます。

鉄道博物館 公式ホームページ

汐留の旧新橋停車場の駅舎と鉄道歴史展示室

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旧新橋停車場 鉄道歴史展示室(写真:wikipedia)

また、汐留には旧新橋停車場の駅舎が復元されています。内部は、無料の鉄道歴史展示室で、鉄道の発展とその歴史を知ることができるので、鉄道博物館とセットで訪ねてみるのもよいでしょう。

鉄道歴史展示室 公式ホームページ

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東京新橋煉化石鉄道蒸気車真景図(画:二代目歌川国輝)

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