『かもめ食堂』のイメージを払拭したい...荻上直子監督が“宗教”にのめり込む主婦を描く衝撃作『波紋』

『かもめ食堂』のイメージを払拭したい...荻上直子監督が“宗教”にのめり込む主婦を描く衝撃作『波紋』

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  • 更新日:2023/05/26
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荻上直子監督の最新作『波紋』。夫が失踪後、宗教にのめり込んだ主婦の生き方を描いた本作について、監督にインタビューしました。画像:(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

映画『波紋』は、10年以上失踪していた夫(光石研)が突然帰宅したことをきっかけに、新興宗教の熱心な信者として静かに暮らしてきた主人公・依子(筒井真理子)の人生に波紋が広がっていく様を描いた作品。

東日本大震災、新興宗教、熟年夫婦の危機、不治の病など、シリアスなテーマながら、荻上監督らしいユーモアも散りばめられた力作です。この映画に込めた思い、映画制作の裏側など、荻上監督に伺いました。

映画『波紋』の荻上直子監督にインタビュー

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

――映画『波紋』は、先が読めない展開で見入ってしまいました。まずはこの映画を作るきっかけと脚本について教えてください。

荻上直子監督(以下、荻上監督): 最初は夫や妻、子どもなど、家族それぞれの話を均等に描こうと思っていたんですが、脚本の筆が乗らなかったんです。とても悩んで時間がかかりましたが、依子の話にフォーカスしたら、だんだん物語がうまく転がっていきました。

――依子は夫が出ていってから宗教にのめり込んでいきますが、この設定にしたのはなぜですか?

荻上監督:もともと私の家の近所に宗教団体の施設があって、多くの人が出入りしているのを見て、「人が宗教をよりどころにするのはなぜだろう」と興味を抱いたのがきっかけです。

あと私が卒業した高校は、宗教関連ではないのですが道徳教育に熱心で、畳の上で切磋琢磨の文言を唱えたり、歌を歌ったりする学校だったんです。その時の体験や抱いた違和感も物語に生かしています。

――宗教団体や信者について、取材はされたのでしょうか?

荻上監督:映画のスタッフに宗教団体に潜入取材をしてもらったりはしましたが、特に信者の方を直接取材はしていません。フィクションの中で、先ほどの私の体験や見たものを膨らませて書きました。

ヒロインが宗教に依存している理由

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

――何かを信仰することは悪いことではないのですが、依子はかなり宗教にのめり込んでいるように見えました。監督は彼女が宗教に依存している理由をどう考えていますか?

荻上監督:依子の場合、もともと家族が宗教団体に入信していたわけではなく、彼女だけが入信します。これまで専業主婦として何の疑問も持たず、家事育児を懸命にこなし、義父の介護も当たり前のようにしてきた依子だけれど、その日常が夫の失踪で崩れてしまう。

おそらく夫がいなくなったあと、義父を介護施設に預けた時に宗教の勧誘を受けたんじゃないか。弱っている心につけ込まれたんじゃないかと考えました。

そして、依子は主婦業以外のことは何もしてこなかったので、夫が消えて、義父もいなくなり、息子も自立したあと、やることがなくなり時間を持て余していたんじゃないかと。そんな時だったので宗教が心のよりどころとなっていったんだと思います。

――自由な時間を持て余していたのですね。

荻上監督:近所の宗教団体の建物に入っていく方たちを見ていると、みなさんきれいなお洋服を着て、優しそうな微笑みをたたえていらっしゃる。でも、冷静に考えると平日の昼間に、そういう施設に日々通えるというのは、やっぱり時間があるんだろうと思ったんです。そんな風に私が抱いた印象も依子というキャラクターに投影しました。

依子は監督が全く共感できないキャラクター

――依子の夫の修は、突然出ていった身勝手な夫なのに、彼女は突然帰宅した彼を家に入れるので驚いたのですが、監督だったら入れますか?

荻上監督:私だったら絶対に入れないですね。だから依子は私にとって共感できないキャラクターなんです。

私も「なぜ依子は勝手に出ていった夫をまた家に入れたのか」と、すごく考えました。私には理解できない行動なので。でも依子は昭和世代の主婦で、家族に尽くし、世話をすることが当たり前の時代に生きてきた人なんです。

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

そういう風に家に縛られた主婦は現実に存在しますし、依子の夫のような人がいるのも事実です。この映画のスタッフの女性から「東日本大震災のあと、一家の主人が出ていって、女手ひとつで家庭を支えていたら、数年後、夫が病気になったと言って帰ってきたという知人がいます」という話を聞いた時は、本当に驚きました。

昭和世代の専業主婦は、家族に縛られている人が多いと思います。だから、勝手に出ていって音信不通だった夫でも、帰ってきたら「仕方がない」と家に入れちゃう。あと依子の場合、宗教的にも人に優しくしないといけないし、あの家は夫名義という考えもあって、追い出せなかったのでしょうね。

演出に自信がないから演技派の俳優をキャスティング

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『波紋』撮影中の荻上監督 (C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

――荻上監督の映画作りについてもお伺いします。監督の映画はいつもキャスティングが絶妙で、とにかく芝居が上手い人しか出演していないので安心して見ていられます。キャスティングはどういう考えで行なっていますか?

荻上監督:演出に自信がないので、芝居が上手い人でないと私の映画は成立しないんです。

――演出に自信がないというのが意外です……!

荻上監督:本当に自信がないんですよ。演技について、俳優さんにうまく説明ができないんです。だから絶対に上手な俳優さんじゃないとダメなんです。

じゃあ、なんで監督ができているかというと、自分が脚本を書いているオリジナル作品だからです。私から生まれた物語であり、キャラクターであるから、一番脚本を理解しているのは私なのです。それがあるから私は監督として映画作りをしていられるんです。

――じゃあ、他の方が書いた脚本を映画化することは?

荻上監督:無理ですね、できないと思います。

『かもめ食堂』は代表作だけど……

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

――キャリアについてもお伺いしたいのですが、荻上監督の『かもめ食堂』は今でも人気のある作品ですが、監督にとって『かもめ食堂』は、どういう存在でしょうか?

荻上監督:確かに私の代表作だと思いますし、大好きな作品です。今でもDVDが売れていますし、それはすごくうれしいことです。ただ、新作を発表するとき、資料などに『かもめ食堂』の荻上直子監督~と書かれると「いや、作品はそれだけじゃないし」と思ったりします。

私の方から『彼らが本気で編むときは、』も入れてくださいなど、他の作品も一緒にとリクエストすることもありました。ずっと『かもめ食堂』の世界に囚われ、ああいう世界を期待されても困りますから。

――『かもめ食堂』の影響で、荻上監督の映画は癒し系と言われていたこともありましたね。

荻上監督:そうですね。そう言われることへの反抗心が、その後の作品作りへの意欲になっています。

「ほっこり」とか「癒し系」とかもうやめて!と(笑)。私はもっと意地悪だし、しつこいし、好き嫌いがはっきりしているタイプなので。『波紋』は、そういう私の邪悪な部分を全部出して作り上げた映画と言ってもいいかもしれません。

日本の映画界の改善点

――現在、動画配信サービスのオリジナル作品も含めて日本映画がたくさん制作されていますが、そういう現状について監督はどう思われていますか?

荻上監督:映画作りができるのはとても良いことなのですが、やはり制作費がネックですね。予算が少ないと結局そのしわ寄せが撮影現場に来るんです。短期間で撮影しないといけなくなるので、必然的にスタッフも俳優たちも1日の労働時間が長くなります。

海外の撮影現場のように、1週間のうちに体を休める日がきちんと設けられていたり、1日の撮影時間が決められていたりというように、スタッフや俳優たちが万全の状態で撮影に臨めるようにしたい。そのためにも撮影現場の改善はまだまだ必要だと思います。

――なるほど。最近はNetflixやAmazon prime ビデオなど、動画配信サービスでも映画制作が行われています。

荻上監督もAmazon Originalの『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』(2022)で、エピソード4は監督と脚本、エピソード7は脚本を担当されましたよね(アニメーション作品『彼が奏でるふたりの調べ』山田尚子監督作)。そういった動画配信サービスの作品を監督することなども視野に入れていますか?

荻上監督:オファーがあればやりたいですが、でもやっぱり私は映画館で観る映画が好きですね。自宅でどれだけプロジェクターやスクリーンに凝って準備したとしても、やはり映画館にはかなわないです。

自分も映画は映画館で見ますし、私の映画も映画館で見ていただきたいと思って作っています。やっぱり私は大きなスクリーンで見る映画が大好きなんです。

荻上監督が影響を受けた監督は?

――それだけ映画好きになったのは、いつからですか? 子どもの頃から映画好きだったのでしょうか?

荻上監督:父がすごく映画が好きで、よく映画館に連れて行ってもらいました。大学時代は写真について学んでいたのですが、写真はうまい人がたくさんいるし、映画を勉強してみようとアメリカの大学で映画製作を学んだんです。

――影響を受けた監督はいますか?

荻上監督:たくさんいますが、好きな監督は、フィンランドのアキ・カウリスマキ、アメリカのジム・ジャームッシュ。ジャームッシュ監督の『パターソン』(2016)という作品はとても良かったです。そうそう、デヴィッド・リンチ、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟も好きですね。

――なるほど。荻上監督の作風と近い感じがします。

荻上監督:それはうれしいです。脚本に取りかかる時、イメージに近い作品をいろいろ見ることにしているんです。『波紋』は最初、『アメリカン・ビューティー』(1999)みたいな物語をイメージしていたので見直しました。あとプロデューサーにおすすめを聞いたりして、いろいろな映画を何度も繰り返して見たりします。

――仕事抜きでプライベートでもよく映画を観に行ったりしますか?

荻上監督:よく行きますよ、サービスデーなどを利用して(笑)。1日3本ハシゴすることもあります。

最近ではヴァルディミール・ヨハンソン監督の『LAMB/ラム』(2021)が面白かったです。羊飼いの夫婦が羊の出産に立ち会うと羊ではない何かが生まれてくるという物語。「よくこんなアイデアを思いついたな」と。とにかくいい意味で変な映画でした。

あと『逆転のトライアングル』(2022)も良かった。リューベン・オストルンド監督のこれまでの作品もいいですね。

巷の評判がいまひとつでも、映画の良し悪しは自分が決めるものなので、自分の感性を信じて選んでいます。『LAMB/ラム』など周りの評価はそれほど高くはありませんが、私にとっては星5つ満点です!

――最後に、映画『波紋』を楽しみにしている読者に向けてメッセージをいただきたいです。個人的には主婦の皆さんにおすすめしたい映画だと思っているんですが……。

荻上監督:昭和世代の専業主婦の方の中には、夫の給料で家庭を回していくのが普通のことで、共働きなんて恥ずかしいという感覚の方がいらっしゃると思います。でも今の若い世代は、共働きは恥ずかしいなんて思っていない人も多い。私は仕事をしてお金を稼ぐことは、自分のアイデンティティを保つために必要だと思うんです。

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

どの世代の方が見ても響く映画になっていると思いますが、特に子育てが終わり、やりたいことが見つからない、何をしていいのかわからないという主婦の方は、ぜひ見ていただきたいですね。家族から解放されて自立するとはどういうことか。依子の生き方は反面教師として、興味を持っていただけるのではないかと思います。

取材・文/斎藤 香

荻上直子(おぎがみ・なおこ)監督のプロフィール

千葉県出身。2003年に長編映画『バーバー吉野』で監督デビューし、ベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞。2006年『かもめ食堂』が大ヒット。翌年にリリースした『めがね』も高評価。海外の映画祭に出品され、ベルリン国際映画祭パノラマ部門マンフレート・ザルツゲーバー賞を受賞した。

もたいまさこ以外は海外のキャストを起用して制作された『トイレット』(2010)では芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。そのほかの監督作として『彼らが本気で編むときは、』(2017)『川っぺりムコリッタ』(2022)がある。

『波紋』(2023年5月26日公開)

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(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

須藤依子(筒井真理子)は、美しい庭を毎日丁寧に手入れしながら、自身が入信している新興宗教の勉強会に向かう日々を送る。息子の拓哉(磯村勇斗)が自立して家を出てからは、ひとり穏やかに過ごしていました。

ところがある日、10年前に失踪した夫の修(光石研)が突然帰宅します。がんになったから治療費を支援してほしいと言うのです。加えて、息子の拓哉も帰省しますが、彼は障害のある恋人を伴っていました。依子は心に湧き上がる黒い感情を信仰心で押さえつけようとするのですが……。

監督・脚本:荻上直子
出演:筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、津田絵理奈、花王おさむ、柄本明、木野花、キムラ緑子
(文:斎藤 香(映画ガイド))

斎藤 香(映画ガイド)

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