金正恩、ここへきて北朝鮮の命運を握る「究極の選択」に苦悶するワケ

金正恩、ここへきて北朝鮮の命運を握る「究極の選択」に苦悶するワケ

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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朝鮮労働党創立75周年まであとわずか

米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」によると、9月初めから北朝鮮が首都平壌(ピョンヤン)で閲兵式(軍事パレード)の準備をしている模様である。

具体的内容としては、同サイトが商用衛星を分析したところ、平壌近郊の美林(ミリム)飛行場一帯に数千人の兵士、並びに、移動式の装備数百台が集まっており、朝鮮人民軍などが朝鮮労働党創立75周年の記念日(10月10日)に向けて、リハーサルを行っているというものである。

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北朝鮮は、朝鮮労働党の創立や朝鮮人民軍の創建記念日において、5年ごとの節目で軍事パレードを行うのが通例であり、今回も党創立75周年という節目にこれを企画したものと思われる。しかしながら、今次のパレード準備状況を見ると、例年とは少し様子が異なっているようである。

というのも、通常4~5か月ほど前から車両等の集結が始まり、遅くとも2~3か月前にはリハーサルの模様が確認されるものである(5年前の党創立70周年の際にはすでに5月の段階でリハーサルの兆候が確認されていた)が、今回は立ち上がりがかなり遅い。

同サイトによると、これは(防疫措置など)新型コロナウイルスに関わる影響や、7~8月の厳しい気象条件(梅雨前線の停滞や台風8号など)によるものと分析されている。

一方で、同サイトの6月22日付の記事を見ると、「この訓練場(美林飛行場)における道路や(弾道ミサイルを搭載する)車両格納庫など、各種施設の改修や新設工事を3ヵ月程で完成させた」とされていることから、この工事の影響で車両や人員の移動が前回よりも出遅れていたことに加えて、先に述べたような悪条件が重なったことで、このようにリハーサルの開始が遅くなってしまったものと考えられる。

新型コロナ感染下でも強行したい理由

自衛隊の観閲式を参考にすると、約1ヵ月前までには全ての行事を「概成」させ、1か月前からは本番と同様のスケジュールで「総合予行(リハーサル)」を数回実施し、あとは微調整のみというような流れになる。

北朝鮮の場合には、民間人(朝鮮労働党員)なども参加するので、規模もより大きく、総合リハーサルも2、3回では済まないだろう。これを考えると、今次の軍事パレードはかなりタイトなスケジュールになっているものと推察される。

これに加えて、9月になってから台風が2回にわたって襲来し、各地域に甚大な被害をもたらして党員や軍を導入する事態(細部は後述)となっている。これにより、党や軍の上層部は、大規模な災害派遣と閲兵式(軍事パレードの執行)の執行(準備を含む)という2つのオペレーションを同時にこなさなくてはならなくなってしまった。

そもそも、北朝鮮における新型コロナ拡散状況の実態は不明であるものの、金委員長の現地指導を受けている役人らがマスクをしていることからも、未だ感染のリスクがなくなっているわけではなく、今回の軍事パレードは中止にしても良かったはずである。

それでもなお、このパレードを強行するのは、「わが国に科せられた経済制裁や世界に拡散している新型コロナは、党や精強な朝鮮人民軍には何らの影響も及ぼしておらず、国防は万全で国家は盤石である」、ということを内外に誇示するのが目的であろう。

同時に、何よりも日米韓に対して、パレードのしんがりで新型の短距離弾道ミサイルや長距離弾道ミサイル(ICBM)を顕示して、核抑止力をアピールする狙いがあるものと思われる。場合によっては、開発中の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3号」を本パレードで公開するかも知れない。

兵士や市民に度量を示す余裕もない

一方で、逆の見方をすると、現在の北朝鮮においては、「新型コロナの感染拡大」や「準備不足によって生じる事故」などのリスクを押してまで、定例の軍事パレードを遂行しなければならないような国勢にある。

すなわち、金委員長の英断で、「兵士や一般市民の安全を優先して本年の軍事パレードは中止する」、というような度量を示す余裕がないということでもある。

ちなみに、現在の北朝鮮は、国連安保理に基づく経済制裁によって、長期間にわたり経済成長がマイナス状態にあるにもかかわらず、「社会主義のユートピア建設計画」などと称する(金委員長肝いりの)観光事業として、「(北朝鮮東部)の元山(ウォンサン)海岸地区」や「(中朝国境近くの)三池淵(サムジョン)山間部」などにおけるリゾート開発に多大な投資を行っている。

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これらの影響などから、北朝鮮はここ数年20億ドルもの貿易赤字を毎年計上しているような状況にある。

加えて、朝鮮労働党の外貨獲得機関である「39号室」に蓄えられる(金政権の基盤固めに必要な)外貨が、米国主導による(北朝鮮や同国と取引のある)企業や個人を対象とした金融制裁(資産凍結や取引停止)によって枯渇してきている。

韓国政府系のシンクタンク「統一研究院」の報告書によると、北朝鮮の2018年現在の外貨保有額は25~50億ドルと推定されているが、単純に計算しても現在はすでに10億ドルをはるかに下回っているものと思われる。

苦し紛れに、北朝鮮はハッキングや密輸などの非合法手段でドルをかき集めているようであるが、最近は監視の目も厳しく、とてもこれらを補うには程遠いような状態であろう。

“弱り目に祟り目”の北朝鮮

金政権にとって、「39号室」に蓄えられる外貨は、政権内部における「飴(あめ)と鞭(むち)」の「飴」に該当するアイテムでもあることから、今までこの恩恵を受けていた(政権中枢に近い)党や軍の高級幹部たちの間で次第に不満がうっ積し、これが金委員長の求心力を低下させる結果にも結びついているものと見られる。

本年7月27日の「(朝鮮戦争)戦勝記念日」には、金委員長が新たに銃身に自らの名前を刻み込んだ国産の自動拳銃「白頭山」を軍の高級幹部約30人に授与したことが報道されている。

従来であれば、このような記念日には、それなりの「外貨」ないしは「ぜいたく品」をお祝いにばらまくことで彼らの歓心を買っていたところ、「外貨」や「ぜいたく品」の不足によってこれが叶わなくなり、苦し紛れに金委員長が考案したものであろう。この拳銃を授与した時の集合写真を見ても、嬉しそうな表情をしているのは金委員長ただ一人である。

現状に不満を抱いているのは、党や軍の幹部だけではない。

経済制裁の影響で、様々な生活物資の調達に支障をきたしている中で、今年1月中旬には、唯一頼みの綱である中国との国境を、新型コロナの流入を阻止するためいち早く封鎖してしまった。

さらに、本年はインド洋や太平洋の海水温が異常に高く、この上層気流がインド洋に流れるというような影響で7~8月には太平洋高気圧が大きく西にせり出し、朝鮮半島に梅雨前線の停滞や台風の襲来をもたらした。この異常気象により、北朝鮮においては農作物だけではなく、鉛や亜鉛の主要産地である鉱山においてもこの生産基盤に甚大な被害をもたらした。

まさに、国民にとっては「踏んだり蹴ったり」であり、今や北朝鮮国内は被災地を中心に危機的な状態になりつつある。

これに対して金委員長は、国民の不安を払拭すべく活発な動きを見せている。

ついに「諸刃の剣」に手を染めた

9月5日には、金委員長自身が軍令(作戦指揮官)のトップである朴正天(パク・ジョンチョン)総参謀長や党の幹部を引き連れて台風9号の被災地域である(北東部の)咸鏡南道を訪れ、現地において列車内で「政務局会議を開催する」というパフォーマンスを行った。

ここで、(県知事に相当する)咸鏡南道党委員長を更迭して、後任に党のエースともいうべき(内閣官房副長官に相当する)党と組織指導部副部長を据えるという強引な人事を即決した。

また、金委員長は、首都平壌(ピョンヤン)で1万2千人の党員からなる「師団」を組織して現地に派遣するよう指示するとともに、「首都平壌の全党員同志!」と題する檄文を配布し、志願者を募った。3日後には、これら志願者の決起大会が行われ、彼らは現地へと派遣された。

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台風9号に続いて10号が再び北朝鮮東部に襲来した直後の8日には、急きょ党や軍の高級幹部らを党本部に招集し、中央軍事委員会の拡大会議を開催した。

この中で金委員長は、特に被害の甚大な(鉱山がある)検徳地区の災害復興に軍を投入することを決定し、被災者の(仮設)住宅や鉄道・道路などの復旧を10月10日までに完了させ、年末までには100%の状態に復帰させるよう指示した。

特に注目すべきは、これら災害に関わる情報を、かつてないような形(24時間の国営TV放送など)によってこれを国民に逐次流すとともに、被害の細部やこれに対する金委員長の言動も適時伝えていたことである。

この様な、被害に関わる情報の公開は、金政権にとっては「諸刃の剣」でもある。

今後、復旧が予定通りに進まず、食料不足や衛生環境の悪化などによって、被災地を中心に餓死者が出たり、疫病が蔓延するような事態になれば、国民の間で不安が高まって国内が不安定化し、金委員長の指導力不足が露呈して信頼を失墜させることに繋がるからである。

残された3つの選択肢、正解は…

現時点において、何よりも金委員長が直面している課題は、このような被害状況下でも、冒頭で触れた軍事パレードを遂行するか否かである。

このまま予定通り実行して支障なく終われば、それに越したことはない。しかし、このパレードには、少なからずリスクがあることはすでに述べたとおりである。

今後の可能行動とそれに伴う金政権の「利・不利」を以下に列挙してみる。

(1)パレードを予定通り、前回(2年前の軍創建記念日)と同等の規模で実施する

利:疫病や災害にも強い国家として、金委員長の威信を内外に誇示することができる。日米韓への「核抑止力のアピール」という目的が果たせる。

不利:事故など不測事態の発生や新型コロナ感染のリスクがあり、もし事故や大きなミスが発生すれば、その情報が北朝鮮と親交のある外国の報道機関(通常パレードには招かれている)から流出し、金委員長のメンツがつぶれ国家の威信が傷つく。災害対応兵士らや被災地住民だけでなく、困窮している一般市民の反感を買う。

(2)規模を縮小して実施する

利:1のリスクを抑え、最低限の目的は果たせる。

不利:パレードの見栄えがしない。残り少ない日数での計画変更により、拙い行事となる。事故や感染のリスクは残る。

(3)軍事パレードを中止する

利:パレード実行に伴うリスクがなくなり、災害対応などに専念できる。

不利:国家の脆弱性が露呈する。軍強硬派の反発や閲兵式典準備中の将兵らの士気低下を招き、金委員長の威信が低下する。

さて、金委員長はいかなる決断を下すであろう。筆者は、この決断が様々な意味で今後の「金委員長の行く末」を占うような気がしている。

ただ、どちらに転んでも北朝鮮の厳しい現実に変わりはないだろう。場合によっては、この成り行きが「金正恩政権の終わりの始まり」になるかも知れない。
暫し、この動向に注目したい。

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